第12話

「……はぁ。これだから戦闘狂って嫌いなのよ」


 ミリヤが呆れた顔をして、血みどろになって倒れるイマリに言い放った。


 マーボはとことこと、イマリに向かって歩いていき首を傾げながら怒っている。


「ちったないネ ちったナイっ あのネっマーボはネっ 真っ白がすっきヨ」


「マーボ、汚いとか言って自分から近付いてるじゃない。アンタそれ以上近付いたら、汚れてご自慢の白い毛も真っ赤になるわよ」


「いーやヨっ」


 二人はそう言ってイマリから離れていく。


 治らない吐き気をなんとか耐えながら、私はイマリへと目を向けた。


 起き上がろうとするイマリの体を、漆黒の魔力が包んで再生させていく——。

 ふらつきながらもその場に立ったイマリは、頭に刺さったままの光矢を、顔面のほうから躊躇なく引き抜いた。飛び散る血を防ぐようにして魔力が包んでいく。


「ふぅー……っ ミリヤってやっぱすんごく強いねーっ マーボはほんとあぶないっ」


 イマリ全体を覆っていた漆黒さが薄まっていき、見慣れたイマリの笑顔が現れた。風穴が開いた顔も、千切れていた制服も全て元通りになっていた。


 ミリヤの言った通り、イマリはきっと『戦闘狂』だ。今も臆することなく、また二人に挑もうとしている。

 

「え? まだやんの? 今のアンタに私達が降参するなんてことあり得ないわよ? アンタはまず基本がなってないんだもん」


 何を言われているのか理解できないイマリに、ミリヤは私のほうをちらっと見て、面倒そうに説明していった。


「再生だかなんだか知らないけど、いつかアンタより魔力量の多い奴が現れて、それはいとも簡単にねじ伏せられる。アンタは自分の力を過信し過ぎ、というより、自分の命を粗末にし過ぎなのよ。そりゃアンタひとりだけなら、どうなったって構わないけど。でもこれからアンタの後ろには、スクナが立つようになる。スクナがどんな気持ちで今のアンタを見ていたと思う? もし今後スクナの身に何かあれば、私が全力でお前を殺してやるわ」


 ミリヤはマーボを抱いて、イマリを険しく睨み付けている。イマリの口元は口角を上げたまま、目線は伏せられてミリヤの言葉に珍しく考え込んでいた。


「んー……じゃあ降参っ」


 暫く考え込んだイマリが口に出したのは、あまりにあっけない一言。戦闘狂のイマリがここで降参するなんて、思ってもみなかった。


「では、勝負ありということで。私はミリヤさんに部屋を案内してきますので、負けたスクナさんとイマリさんはこの施設の清掃をしてください。私もまた後ほど戻ってきます」


 先生はバケツとモップを私達に渡して、ミリヤ達と一緒に出ていった。残された私達は未だ生々しい血潮を前に立ちすくむ……。


「ぅえーっ こんなのきれいにするってすっごい時間かかっちゃうよねーっ」


「……うん。そうだイマリ、貧血にはなってない? 痛くない?」


「ん? 全然へーきだよっ! でも……スクナは大丈夫じゃなかったよねっ? うずくまってたし」


「それは……うん。イマリの体がすごい事になっちゃって。その……」


 言葉を続けようとした私を、イマリが遮るように抱きしめてきた。


「わたしもね、みんなの言ってることばの意味はわかるんだっ けど何を思ってるのかはよくわかんないっ だからさっきはごめんねっ わたしスクナにいやな気持ちさせたよねっ」


 耳元で小さく話すイマリの声色は、陽気で明るいままだけど……その言葉には何か事情が含まれている気がした。イマリは恐らく、人の気持ちが分からないんだ。


 抱きしめられたままの私は、イマリの腕の中で考えをまとめていく。


 普段ずっと笑顔のままなのも、嬉しいと言ってもそこに感情が乗っていないのも……全部これが原因なんじゃないかと感じた。ただ、それを今聞こうとするのはちょっと違う気がした。イマリが抱えている事情はきっと、そんな単純な話じゃないだろうから。


 私は自分の両腕をイマリの背中にまわす……。高身長とはいえ、両腕が余るほどに細身のイマリ。初めて人を抱きしめた私は、不思議な感覚に包まれた。それを一言でいうなら……『春』といった感じ。


「そういえば、前にイマリも言ってたっけ……」


 口から溢れる独り言に、イマリが反応する。


「わたしがなんて言ってたのっ……?」


「……えっと、前にイマリが私の事を『春』みたいって言ったんだ。でね、今私もイマリの事『春』みたいだなって思ったの」


 私は照れ隠しにはにかんだ。その瞬間私の体を引き剥がしたイマリは、私の肩を両手で掴んで「スクナとわたしは同じなんだねっ」と、嘘みたいな満面の笑みを見せてくれた。


 その笑顔と同じものをイマリに返したくて、普段動くことのなかった表情筋を思いっきり使って満面の笑みをつくって見せた——。



「せっかく再生したのにーっ制服どろどろだーっ」


「あはは……私もどろどろ」


 血溜まりになったバケツを運んでいる時に、転びそうになった反動で、私はバケツから返り血を浴びていた。イマリは拭いたモップの勢いで制服を汚したみたいだった。


 どろどろになりながらも私とイマリは、そこらじゅうに飛び散った血を、モップで拭いては絞って拭いては絞ってを繰り返し……やっと施設を元の姿へと取り戻すことができた。


「終わっていましたか……」


 ちょうどのタイミングで、ニヒト先生がこの施設へと戻ってきた。


「せんせーっ 制服あたらしーのほしいなーっ 再生してもいーけど、もう暑いよこの制服ーっ」


「はい。そろそろ夏制服の新調のための採寸が始まりますのでご心配なく。今日は再生で元に戻してください」


「はーいっ スクナ、魔力練り上げてみてっ」


 イマリに言われ、昨日のようにやってみる。すると私もイマリの魔力に包まれ、制服は元通りの綺麗な状態になった。


「この輪っかがでてるときは再生がつかえるよっ だけど、スクナが再生をつかうときはね、スクナの魔力もへっちゃうから気をつけてねーっ」


 そういう事は、先に教えてほしい。再生するには結構な魔力を消費するのか、綺麗な制服と引き換えに、私は体は一気に疲弊した。


「ちなみにですが、こちらの学舎に移った訓練生達は、実践がほとんどとなりますので、動きやすいように個人に合わせた制服を調整することが可能です。イマリさんの袖が短いのもそういう事になります」


 動きやすさ……。

 私はさっきの模擬戦を思い返す——。


 私はともかく、ミリヤが動いたりする様子はなかったけれど、他の召喚士達はどんなスタイルで戦っているんだろう。本当に私は知らない事ばかりで、もう少し真剣に召喚士の事を学んでおくべきだったと後悔した。


 

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