第9話
私達は白いブラウスに制服のワンピースを着て、顔を洗いに行く。
既に訓練生の女子達が洗面台を占領していて、ちょっとした列まで出来上がっていた。
私達も最後尾でその列に並んでいると、その後にも次々と人が並んで、背後から小声の会話が聞こえてきた。立ち聞きする趣味なんてないんだけど、その内容は勝手に耳に入ってきてしまった。
「新しい訓練生かな……?」
「見かけない子だもんね。っていうかスタイル良すぎ……」
「可愛いし、ちょっとかっこいい感じもあるよね……」
「あ、それ分かる……」
「ブラウス着崩してるのもなんか良い……」
……小声のわりに全部筒抜けだ。
分かってはいたけど、いざこの人気ぶりを見せ付けられると何だか居た堪れない。娯楽の少ない訓練所内なら『イマリファンの集い』とかすぐに設立されてもおかしくない。個人的な一抹の不安としては、私がイマリの召喚士なんてことがファンの皆さんに知れたら……間違いなく嫉妬の嵐に巻き込まれるということだ。
……もし本当にそんな事になったら、靴とか制服とか隠されたり、講義中に紙屑とか投げられたり……挙げ句の果てには、正々堂々と文句を言われちゃったりするのかもしれない……。
と、私の妄想癖は止まることを知らず、無限に広がろうとしていた。
——……?
突然、イマリが私の背後から抱き付いてきたものだから、変な汗がじわりと全身に滲んできた気がする……。妄想の世界はきっとこのまま、現実の世界に食い込んでくるんだと覚悟した。
「……え、あの二人仲良いの?」
「知らない。でもスクナさんにはミリヤさんがいるでしょ」
「確かに。じゃあ新しく乗り換えたってこと?」
「そうかもよ。なんか二人お似合いだし」
「うん。ちょっとミステリアスなスクナさんとカッコ可愛いスレンダー美女」
「「……尊いっ!」」
もう全然小声でもないし、全部丸聞こえだった。
乗り換えたとか、お似合いだとか、尊いだとか……
色々気になるけど、私ってミステリアスに見えていたのか。
ボロが出ないように極力話さないようにしてるだけなんだけど。
……とりあえず、嫉妬の嵐からは逃れられたように思う。多分。
他の人から見るイマリは、カッコ可愛いスレンダー美女。確かに、その通りだと思うし異論もない。ただ、私が思うイマリの印象は、かっこよさよりもさっき見せ付けられた妖艶さのほうが多く割合を占めていた。
あの姿は刺激的過ぎて、ちょっと他に人には見せないほうが良い気がするけど。
抱き付いたままのイマリは私に何か伝えたいのか、私の耳元に顔を寄せる。その瞬間、後ろの四方八方で黄色い声がちらほら聞こえた。
「わたしとスクナってお似合いなんだーっ 何がとおといんだろー?」
「この場合の尊いってなんだろうね……ちょっと私も分かんないや」
そうこうしているうちに、やっと順番が回ってきて私達は顔を洗う。イマリの様子をこっそり見ていると、なかなかワイルドだった。
蛇口から出る水に頭からかぶって、髪の水気を片手でしっかり搾り取り、髪全体を手ぐしで後ろに流した。ただそれだけの事が確かに……かっこいい。
さらに際立つ黄色い声から非難するように、私達は一度自室へと戻っていった。
*
「訓練所のみんなってさわがしーねっ 訓練相手してるときも男子がしつこかったんだーっ」
「男子もしつこい? 男女からモテちゃうイマリは大変そうだね」
「モテる……? あ、そーいうことかっ ふーんっ」
素っ気ない言葉のわりにイマリの笑顔は崩れない。それに、自分の事を他人事のように感じている気もする。単に、この手の会話に興味が無いだけなのかもしれないけれど。
今日のイマリは訓練生達の特訓相手になる予定も無く、私と一緒に座学を受けることになった。この訓練所は新しい訓練生を迎えても、特にみんなの前で紹介するようなこともないので、気兼ねない。
鐘の音が鳴り、少し早いけどそれぞれ上着に袖を通し、講堂へと向かった。
「イマリ、ワンピースの丈ちょっと短い? 階段とかで中が見えちゃう気がする。上着の袖も短くしてもらったの?」
小姑みたく私がそう聞くと、イマリは両手を前に伸ばして、袖の短さをアピールした。
「うんっ これで手首いいかんじっ ワンピースも短いほうが動きやすいよーっ それとねーっ……」
私の二歩ぐらい先を歩いていたイマリは、私のほうを覗き込むように振り返り、短くなったワンピースの裾を指で摘んで持ち上げた。
「ほらっ これで見えてもへーきだよーっ」
私は咄嗟に、イマリの持ち上げられたワンピースを両手で押さえ付けた。確かにショートパンツを履いてはいたけれど、見る人によっては下着に見えなくもない。
「スクナ、顔あかーいっ」
イマリに指摘されて初めて気付いた『照れ』に、それを隠そうとしどろもどろになる。
「え、い、いやちょっと、びっくりしただけ」
「えーっ そっかそっか」
楽しそうに先を歩くイマリを、追いかける形で私は少し小走りになる。後ろから見るイマリは手脚が長いからか、優雅さすら感じる……。
「お似合い……私なんかじゃ見た目にも釣り合わないんだけどな……」
得意の独り言が口から溢れ、それに気付いたイマリがまた振り返って首を傾げている。イマリにとってはいつも通りの表情だったんだろうけど、この時見たイマリの笑顔は、なんというか自然な感じで、新鮮味を感じた。
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