第6話

 昨夜、フランソワさんから呼び出しを受けたイマリは、そのまま部屋を出て行ったきり、朝を迎えた今も、部屋には帰っていないみたいだった。

 

 起きたての意識はイマリの姿がない事に、ここが夢か現実なのかさえ、未だあやふやにさせていた。


 茫然と朝を迎えていたのも束の間で、いつもの大袈裟な鐘の音は、容赦なく私を叩き起こす。だらっとベットから身を起こしていくと、冬を引きずった風が私の身に纏わり付いた。


 ぶるっと体を振るわせ、開けっぱなしだった窓を静かに閉じた。

 冷気が遮断され、密閉された部屋に少し暖かさを感じた頃、私はようやく身支度を開始する。


 いちばん最後に、ブーツの紐を締め上げ、壁に掛けられた軍服まがいの上着を手に取り、一呼吸置いて自室を出て行った。



 私の自室はこの建物の三階にあって、二階にある講堂とは真逆の場所に設けられていた。建物自体が大きく造られている事もあって、とにかくその距離が長い。


 階段も講堂から真逆にある一箇所しかなく、まずは長い廊下を足早に進んで行く。


 廊下の窓が一箇所開いているのか、隙間風の音が鳴り、吸い込まれるようにして窓の向こう側に目がいった。


 訓練所内に設けられたグラウンドに、数人の訓練生が立っている。


 グラウンドは、訓練生なら誰もが利用できる場所だったけれど、寂れていて実際に使われているところなんて見たことがない。それが余計に目を惹く光景だった。


 そこには三人の訓練生と、それに対峙するように向かい合う訓練生が一人。

 その一人はローブを頭から被っていて、顔も見えず素性が知れない。ただ訓練生であることは、うっすら見える暗緑色の制服がそれを確かにさせていた。


 ちょうど私が目にしているのは、三人の訓練生のうちの一人が、召喚獣を呼び出しているところだった。

 その訓練生の掛け声に、見慣れない文字で構成された金色の輪がふたつ浮かび上がる。訓練生の足下にひとつ、もうひとつはその前に……。

 

 召喚の儀を見るのは初めてではないけれど、昔、私の記憶のそれより、規模が小さいような気がした。


 訓練生の前に浮かび上がった輪からゲート(二つの世界を結ぶ穴)が開かれて、召喚獣が姿を現した——。


 姿を現したのはワームの種。下位階級の召喚獣とされていて、とびきりの才能がない限り、初めての召喚はワーム種になることがほとんどらしい。

 

 見た目は……大人が余裕で三人ほど入ってしまうサイズの芋虫って感じだ。

 開かれっぱなしの丸い口に、剣山のような牙が無数に生えている。

 視覚を司るはずの目は見当たらず、お世辞にも可愛いとは言えない。ワームは、三階のここまで聞こえるほどの雄叫びを上げていた。

 

 対峙するローブを被った訓練生の周辺に、召喚獣の姿は無い。ただ、両手には漆黒の禍々しい魔力を纏わせて、早く打ってこいと言わんばかりに、手先で相手を挑発している。


 私はこの魔力に見覚えがあった。

 課外講義で襲撃に遭った時、私たちを守るように覆った漆黒の盾と同じものを感じる。そして、鳴り響くワームの雄叫びに合わせて、ローブの訓練生が気怠い感じに構えだした。

 

 ——ここからが本番。という時に、時間に迫られる私は、見届けきれないグラウンドに後ろ髪を引かれる思いで、そのまま小走りに講堂へと向かって行った。



 講堂に着くと、先生が立っていて、室内はすでに静まりかえっていた。私は身を低くして、空けられていたミリヤの隣に素早く着席する。


「……では、皆さんが揃ったところで、本日から訓練所の先生となる方をご紹介します」


 ニヒト先生がそう言うと、私がさっき入って来た入り口から、ニヒト先生も着用している深い赤銅色の軍服を、いつものラフな服の上に肩から羽織ったフランソワさんが入ってきた。着崩した感じがフランソワさんの美男な雰囲気を高めているのか、周囲の女子が目を輝かせ、騒ついている。


 フランソワさんは訓練生達をぐるっと見回して、教壇に綺麗な指をつき口を開いた。


「……はい、皆さんこんにちは。ご紹介に与りました、名をフランソワと申します。この時点で皆さんお気付きかもしれませんが、私は男でも女でもなく、フランソワです。これから皆さんが戦場で死なないように、ビシバシ鍛えていこうと思いますので、どうぞよろしくねっ」


 周囲は更に騒ついた——。

 ミリヤですら口を開いたまま、何度も瞬きをして目をぱちくりとさせている。

 

 フランソワさんの語尾を跳ねさせるあたりが、イマリと過ごした時間の長さを思わせた。そういえば、あの二人の関係が仕事仲間と言うには物足りない気がする。家族って感じもないけれど、私は二人に何か特別な間柄を感じた。


「フランソワ先生の言う通り、死なない事が第一です。これから先、何が起きてもおかしくありません。……講義中の襲撃がそれを示しています。ですので、新しいカリキュラムとして、皆さんにはこれから、課外講義で実践に必須となるものを体験してもらうことになります……」


 ニヒト先生は座学担当。フランソワ先生は実践担当。という振り分けになった。

 ただフランソワ先生は、政府からの要請もあり兼業となるので、毎日実践講義が続くことはないらしい。ただ何故か、そんな忙しい中でも私との特別訓練は、ほぼ毎日行われることになっていて、それについての変更点はなさそうだった。


 一日の講義を終えた私は、食堂で軽く食事を済ませ自室に戻り、フランソワ先生に言われた特別訓練の時間まで待つことにした。指定された集合時間は、午後の九時で場所はグラウンドだった。


 フランソワ先生がこの時間、この場所を指定したのは、人目を避けるためだったのかもしれない。そわそわしてしまう私は、それを紛らわせるように、ニヒト先生の座学で習った、魔力の練り上げ方を復習し続けた。


 


 

 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る