第28話 紛いの偶像

「どうぞ。こっちだよ」


 二階に上がった廊下の前で、ふすまをガラッと開ける伊佐谷。

 玄関からして既に昭和っぽい雰囲気があったから、もしかしたらと思ったんだけど。


「うわー、マジで和モノじゃん」


 伊佐谷の部屋も、やっぱり昭和にタイムスリップしたような和室だった。某のび太くん家みたい。

 ちょっと押入れとか、引き出しの中覗いてもいい?


「今どき畳敷きの部屋って珍しくね? うちにも一応あるけどさ、生け花とか飾る和風コーナーみたいなチョイ役のノリでつくってあるだけっぽいから」

「この建物自体は結構昔からあるらしいよ。親父が店をやるってときに、この居抜き物件を見つけて、ところどころ使いやすいようにリフォームしただけだから、昔っぽい感じはだいぶ残ってる」


 なるほど、お店もずいぶん年季の入ってると思ったらそういうことか。


「でもほら、あれのせいでせっかくのレトロ感が台無しになってんじゃん……」


 ポスターやらTシャツやらタオルやら、とにかくグッズで埋め尽くされているせいで、情緒あるレトロを十分に感じるのは無理そうだった。


「まあ、伊佐谷らしいといえばらしいけど」

「ぼくの部屋なんだから、TARKÜSタルカスで埋め尽くすに決まってるでしょ」


 伊佐谷は誇らしげだった。

 目に止まったポスターには、伊佐谷がやってるバンドであるNI≒KELLそっくりのメンバーが映っている。


 いや、NI≒KELLはトリビュートバンドだから、時系列で言えば逆なんだけど。


「これでなんで実家バレ嫌がってたの? 伊佐谷らしくていい部屋じゃん」

「君はぼくに憧れてるみたいだったから」

「は?」

「……君にとって王子様みたいな子が、こんな庶民的な家に住んでると知られたら、君を幻滅させてしまうと思ったんだよ」


 自己評価高すぎじゃね? 何勘違いしてんの?


 なんてハッキリ言えたらよかったんだけど。

 完全に間違いってわけでもないのが、厄介なんだよね……。


「そもそもV系バンドのボーカルがラーメン屋の二階に住んでるなんてイメージに全然合わないだろ?」

「伊佐谷、そんなこと気にしてたの?」

「君は聖クライズ女学園のお嬢様だし、重大なことでしょ。……ぼくは君みたいな金持ちとは違うんだよ」


 ん?

 ああ、そっか。


 伊佐谷にはまだ話してなかったんだっけ……。


 伊佐谷にとってはセンシティブな問題らしかった、実家のことをこうして教えてくれたんだから、あたしも秘密のままってわけにはいかないよね。


「伊佐谷、今まで黙っててごめん」

「え? まさかぼく以外に女が……?」

「違うってば。なんかガチっぽく動揺するフリするのやめてくれない?」


 伊佐谷なら相手に困ることなんてないはずだし。


「実は、あたしって別にお嬢様でもなんでもないんだよ。この前送ってもらったときに見たあたしの家は、ママの再婚相手の家なの」

「……じゃあ、元々鞠栖川でもなかったの?」

「旧姓は飯田です……」

「え、そうなの?」

「そうなんだよ。だからさー、あたしはギャルのコスプレしてるお嬢様じゃなくて、お嬢様のコスプレしてる一般市民ギャルなわけで。伊佐谷が思ってたのとは、逆だったんだよ」

「そうだったんだ。ふふっ」

「なんで笑ったし」

「いや、蓮奈ちゃんとぼくの共通点を見つけて嬉しくなったんだよ」

「……別になくね?」


 聖クライズ女学園に通う一般庶民ってとこくらい?


「ぼくがメイクしてNI≒KELLのボーカルのホルスとしてステージに向かうように、君はお嬢様に成り切って学園に向かっていたわけだからさ。普段と違うキャラクターを演じてたわけだろ? だから君は君で、V系なのかもね」

「褒めてくれてるっぽいのはありがたいけど、あたしは伊佐谷と違って、お嬢様になりたかったからって理由でお嬢様やってるわけじゃないんだよ」

「じゃあどうして?」

「うーん、使命感?」


 あたしは、梨々華くらいにしかまともに教えていない事情を、伊佐谷にも明かした。


 別に、実家の部屋に招いてくれたお礼ってわけじゃないけどさ。


「――つまり、ママには幸せになってもらいたくてさ。どうにか鞠栖川の人として恥ずかしくない自分にならないとって思ったわけ」

「そうなんだ。君も苦労してるんだね」

「どうなんだろうね。あたしが多くを求めすぎなのかも。別に向こうの父娘とはヤバいくらい揉めてるってわけじゃないし、お金持ちと再婚して経済的な不安もなくなったし。ママだって、好きで結婚してるわけだしさ。むしろいい事の方が多いはずなんだけど」

「本当のお父さんに思い入れがあるからじゃないの?」

「うーん、リアルパパのことはよく知らないんだわ」

「あっ、なんかごめん」

「いいよ、そんな気にしてるわけじゃないし。そもそもあたしにとっては謎が多い人だから」


 あたしのリアルパパは、マジで謎だらけ。


 ママからほとんど話を聞いたことないし、写真だって見せてもらったことがない。

 まあ、ママの言動にはリアルパパと同じ性別の人に対するヘイトっぽいものは感じないから、少なくともDV系じゃなさそうなところは安心なんだけど。


 今までママとの二人暮らしに何の不満もなかったから、そもそもあたしがリアルパパに興味を持ってなかったって説もある。


「あたしのことなんかより、このツッコミどころだらけの部屋のこともっと説明してよ」

「そっか、君もTARKÜSに興味が湧いてきたんだね」


 喜び勇んだ伊佐谷は、スマホを取り出してこっちに見せてきた。


 話題を変えたいって気持ちは確かにあったんだけど。


 伊佐谷がここまで偏愛するようになった理由を知れるとなったとき、静かにだけどはっきりテンション上がっちゃってるのはなんで……?

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