〜猫と神隠し〜ACT5
マンションの管理人をしている森下亮二は、線の細い男だった。背は高い方だが、体全体が細く長いという印象だ。
見た目からは、四十歳の後半くらいの年齢に見える。おそらく、大きく間違ってはいないだろう。
「あの部屋の調査ですか?」
そう言って、面倒くさそうにマスターキーを持って、オレ達を神隠しのあった部屋に案内した。
「こんばんは」
途中、マンションの住人とすれ違った。管理人は何時もの事のように挨拶をする。
「今の方は、あの部屋の隣に住んでいる方ですよ」
その男がエレベーターに乗り込んだ時に、管理人の森下亮二が教えてくれた。名前は、丸山貴史というらしい。
背は低いが金髪にした髪が印象的だった。金髪が印象的だったのは、年齢に不釣り合いだったからだ。見た感じでは、この男も四十歳はこえているだろうと感じた。
「ここが、あの神隠しの部屋なんですねー」
あの部屋の前まで来た時、内山莉乃が不安そうに言った。
「そんなに怖がらなくても、大丈夫ですよ」
「本当に大丈夫でしょうか?祟られたりしないですかね」
オレの言葉に、内山莉乃が不動産屋らしからぬ事を口に出す。
「あ、すいません」
それに気付いたのか、反省しているような表情でそう言っていた。オレ達は、管理人の森下亮二に玄関を開けてもらい、中に入っていった。
「荷物はもう引き払われているんですね」
オレが、そう言うと
「あ、本当だ」
内山莉乃が同意していた。
「家族の方が連絡してきまして、部屋の中の物は全て回収したみたいですね」
森下がそう付け加えた。
「そうなんですか」
内山莉乃が、何もない部屋を見渡しながら言う。どうやら、部屋の状況などを把握してから来ているわけではないらしい。
「部屋の中に特別おかしなところはなさそうですね」
オレは、部屋の中を一通り見回った後に、内山莉乃にそう声をかけた。
「やっぱり、夜中になると幽霊とかが出てくるんでしょうか?」
内山莉乃は、自分の体を抱くようにして、少し震えながら言っていた。
「幽霊ですか?」
「ええ、この部屋に入った人間を、あの世に引きずり込むとか」
よくある怪談話のような事を言う。オレは不動産屋として、今の発言は大丈夫なのか、と心配になった。
「じゃあ、オレ達もヤバいかもしれないですね」
オレは、笑いながらそう言ってみた。
「ウソですよね、大丈夫ですよね」
内山莉乃は、更に怯えた声を出す。からかいがいがある人だな、と思ってしまう。
「まあ、大丈夫でしょう」
オレは軽く言いながら部屋の入口に向かった。
その後、オレ達は管理人の森下にお礼を言って部屋を出た。森下と別れた後、オレ達は、マンションの入口のエントランスまで来ている。オートロックの外側のスペースだ。
「本当に大丈夫でしょうか」
内山莉乃は、不安そうに何度目かの確認をしている。
「大丈夫ですって、それに本当に幽霊とかが人を行方不明にしたんでしょうか?」
オレは簡単に内山莉乃をなだめた後、ここに来る前から考えていた事を口に出してみた。
「どういう事ですか?」
「初めの女性は自殺しているのに、あとの二人は行方不明になってますよね?」
尋ねるように話しながら、オレは自分の考えをまとめていた。
「ええ、それが何か関係があるんですか?」
「いや、同じ幽霊の仕業なら全員行方不明にするんじゃないですか?神隠しマンションって呼ばれてますしね」
このマンションの同じ部屋の人間が事件にあっている。
でも、全員が同じ内容ではない。最初の女性は自殺で、残りの二人は行方不明だ。同じ事件の内容でなければならない訳ではないが、オレは引っ掛かっていた。
「確かにそうですね」
「たぶん、事件にあわれた人達は…」
同意する内山莉乃に対して、オレは自分の考えを話そうとしていた。
「なんだ!オマエは!」
その時であった。遠くから男の声が聞こえてきたのは。
「何でしょう?今の声」
「行ってみましょう」
内山莉乃の言葉に、オレはそう提案して声の方に走り出した。
マンションの外に出てみると、すでに辺りは暗くなっていた。オレ達は、街灯に照らされた道を使い、声の方に向かう。何か叫ぶような男の声が続いていた。
「この先には何がありますか?」
「確か、駐車場があるはずですけど」
オレは、走りながら内山莉乃に尋ねていた。声がするのはマンションの裏にある駐車場からだった。オレが駆けつけると、駐車場の真中で男がうずくまっていた。
「あの人って」
遅れて到着した内山莉乃が声を漏らした。オレは、うずくまっている男を見て理解した。確か、例の部屋の隣に住んでいる金髪の男だ。丸山貴史という名前だったはずだ。
「なっ!」
オレは、丸山に近づこうとした時、今まで車の影になって見えなかった物を目にした。丸山は、これを見て叫んでいたのだ。
「どうかしたんですか?」
近くに内山莉乃が来る。だが、オレはそれよりも目の前の状況から、目が離せなかった。丸山の前には黒い猫がいた。
オレが驚愕したのは、その猫の隣に大人の人間程の大きさの猫が立っていた事であった。それは、猫というより黒いヒョウのようであった。
特徴的なのは、尻尾が複数あるところだ。確か、猫又とか化け猫の類は、尻尾が複数あったはずだ。だが、目の前にいる猫は巨大だった。
「どうしたんですか?」
内山莉乃がオレの横まで進んできた。
「あれ?黒猫!」
彼女は驚きもせずに黒猫だけを見ている。
「アレが見えないんですか?」
オレは、思わず彼女に問いかけていた。
「アレって?」
内山莉乃は、不思議そうな顔をしている。どうやら、彼女には見えないらしい。
オレは、更に一歩踏み出した。この状況でオレが前に出れたのは、あの巨大な黒猫がどういう物なのかが推測できたからだ。
「フドウと同じなのか?」
オレは、内山莉乃をほったらかしにしたまま、独り言のように呟いた。オレに気付いたのか、黒猫はオレの方に向き返り、分身を一歩前に踏み立たせた。
「くるのか?」
オレが、また独り言を呟く。
その言葉に呼応したのか、巨大な猫は複数ある尻尾の内の一つに炎をまとわせた。そして、尻尾を大きく振り回す勢いに合わせて、尻尾にまとわせた炎をオレに飛ばしてきた。
「ガキン」
金属がぶつかり合うような音が響きわたった。オレは、巨大な猫の放った炎を自らの分身で受け止めていた。
このオレの分身の名前はフドウ。フドウは、全身黒く、さらに黒いコートを着ているような姿をしている。足先とスネの部分に甲冑の鉄板のようなものが見える、両手にも手甲のような金属のような物がついている。
また、肩のあたりにも金属のような部分がある。顔には仮面のような物をかぶっており、仮面の真中に梵字のような模様がある。そして、一番目立つのは、両腕についている炎だろう。
右手首には炎の塊がついており、左腕には、縄のように長く伸びた炎が巻き付いている。オレは、このフドウを、悪霊と戦うために呼び出す。
一般的に幽霊と呼ばれる存在と同種のものだからだ。物理的な肉体では、触れる事ができない幽霊を、直接攻撃する事ができる唯一の存在だからだ。
「ハアー!」
オレは、息を吐き出すような、そして気合を入れるような声を出していた。巨大な猫の炎はフドウの炎で相殺したが、両腕が痺れている。
それを隠し、自らを奮い立たせるために声を出したのだ。そして、オレはフドウを戦闘態勢にする。別に格闘技のように構えをとったりしている訳ではないが、左肩を前に出した半身の態勢にする。目の前にいる黒猫は、自らの分身をさらに前に出させた。
「邪魔をするなら、容赦はしないぞ!!」
オレは、その言葉を聞いて、驚いて一瞬固まってしまった。
「オマエ、喋れるのか?」
オレは、何も考えずに咄嗟にそう話しかけていた。そう言った後、オレは驚きで緩んだ精神を集中させた。
すでに、どんな攻撃にも対応できる態勢となっている。オレは準備が整ったところで、目の前の黒猫に話しかける。
「オマエがこのマンションの悪霊か!」
「オマエがこのマンションの悪霊か!」
オレは、また驚きを隠せないでいた。目の前の黒猫がオレと同じ事を言ったからだ。黒猫も困惑しているらしい。いや、相手は猫なので、たぶんだが。
「オマエがこのマンションで神隠しをしてるんじゃないのか?」
オレは、もう一度黒猫に聞きかえした。
「何を言っている?オマエが犯人ではないのか?」
黒猫が警戒した状態のまま答えた。
「ちょっと待て」
「なんだ?」
オレは、黒猫に掌を向け、動きを制止させながら言った。それに対して黒猫は、訝しげに答えた。
「つまり、オレ達とは別に、神隠し事件をおこしているヤツがいるって事か?」
どうやらオレは思い違いをしているかもしれない。
「オマエではないのか?」
まだ、疑った状態の黒猫がそう言うのに対して、オレが答えた。
「ああ、まあ証明しようもないがな」
「なるほど、では誰だ?コイツでもなさそうだしな」
そう言って猫は、怯えて固まっている丸山の方を見た。
「悪霊っぽいのは憑いてるみたいだが、たいして強いヤツではないみたいだな」
そう言って、オレはフドウの炎で丸山に憑いていた弱っちい悪霊もどきを焼いた。
「あの!さっきから何をしてるんですか?」
置いてきぼりになっている内山莉乃が、やっとオレに声をかけてきた。まあ、当然だろう。彼女には、黒猫やオレの分身が見えない。
おそらく黒猫がしゃべっているのも聞き取れないだろう。そんな人間から見れば、オレは一人突っ立って独り言を言っているだけなのだから。
「後で説明します。それよりも、コイツから話を聞こうと思います」
オレは、呆然としている丸山に視線を移しながら内山莉乃に提案した。
「コイツが何か知っているのか?」
オレが敵ではないと判断した黒猫が、オレに問いかけてきた。
「たぶん、多少は参考になる話が聞けると思うぞ」
オレはそう言って、丸山に近づいていった。丸山は怯えながらオレを見上げていた。
たぶん、これがこの神隠し事件を解き明かす糸口となるだろう。オレには、そんな確信が確かにあった。
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