〜猫とお化けトンネル~ACT11
私は、駐車場の車止めとして使っている、コンクリートのブロックの上でくつろいでいた。ここは、健吾が普段働いているコンビニの駐車場である。
健吾は、いつものように私の横に立ち、赤いラベルの朝用と書かれた缶コーヒーを飲んでいる。どうやら健吾はこの缶コーヒーが気に入っているようである。朝用とラベルに書かれているが、朝に飲むきまりはないみたいだ。
現在、夕方の5時過ぎである。この時間になっても、今の時期は周りが明るい。昼のシフトを終えた健吾は、このコンビニの駐車場で少し休んでから帰宅する事が多い。ただ、今日に限っては待ち合わせをしているのもあって、いつもより長い時間この駐車場に居座っている。
「すいません、遅くなってしまって」
そう言いながら近づいてきたのは、立花凛子である。私達は、この女とここで会う約束をしていた。
凛子は、前に遭遇したバラバラ殺人の時に知り合った。ライターとかいう雑誌などに記事を書く仕事をしているらしい。職場がそれ程遠くないためか、ちょくちょく顔を出しにくる。
凛子がここに来る時は、私が気に入っているチュルルというオヤツを持ってくるので、私は悪い気はしていない。今日も私が好きなマグロ味のチュルルを持参してきていた。このマグロ味のチュルルは、ホタテの風味もあり絶品である。
「いえ、こちらこそ俺の時間に合わせていただいて、すいません」
そう言いながら健吾は、凛子に軽く会釈をしていた。凛子がここに顔を出す事が多い事から、今回もこのコンビニの駐車場で会う事になったようである。
そういえば、前回のバラバラ殺人の時の事後報告の時も、この駐車場で二人は会っていたはずである。凛子からチュルルをもらった後、更にくつろぎ始めた私の横で、健吾と凛子は、神妙な面持ちで話しはじめた。
、凛子がここに来たのは、浅井陽一について話すためであった。あのお化けトンネルの事件から数週間が過ぎていた。まだ、テレビやネットでは、この事件について騒いでいる状態である。
これ程長く話題になっている理由の一つが、今回の被害者が現役のアイドルだったからであろう。また、浅井やその一族についても、その特異な生い立ちが話題になっていた。
私達がトンネルから離れる時に、健吾は気を失っていた浅井をワゴン車に放り込みながら乗り込んでいた。ワゴン車は、トンネルから離れ警察署に直行した。浅井は、秋山佳奈美達スタッフの証言で、その場で逮捕されて今に至っている。
「電話でも少し話しましたが」
そんな事を思い出していた私の横で、凛子は浅井陽一とその一族について話しはじめていた。
「元々あのトンネルがある山やその麓は、堂上家という一族が治めていたみたいです」
「堂上家?」
健吾が凛子の話しに聞き返す。
「浅井家は、堂上家の分家のような関係で、戦後に堂上家が没落してからは、こちらが主家になったみたいですね」
「なるほど」
健吾が凛子の話しに相槌を打つのを、私は欠伸をしながら眺めていた。
「堂上家が没落する際に、多くの土地を手放す事になったそうです」
元々、あのトンネルがあった山も、堂上家とかいう一族の土地だったらしい。
「戦後、主家となった浅井家も広い土地を所有していたという訳でもないみたいです」
凛子は、自分でまとめてきたのであろうノートを見ながら話している。
「浅井家は、一応あの辺りの有力な一族だったためか、役場などに勤める事が多かったみたいです」
「だから浅井陽一も役場に勤めていたのですね」
健吾が、凛子の説明に答える。
「はい、彼等は代々トンネルなど山の地域の担当になっています」
「じゃあ、それを利用して今回のような事を続けてきたという事ですね」
健吾が言ったように、浅井家の人間は代々トンネル付近にきた人間を、今回のように拐ってきたようである。
「はい、ただ誘拐自体は堂上家の時代から行われてきていたみたいなんです」
首を起こして見つめたのに気付いたのか、凛子は私を抱きかかえながら話しを続ける。
「調べてみると、あのトンネル付近では、昔から神隠し事件が多発していました」
「昔から堂上家の人間が誘拐を続けていた」
健吾は呟くように凛子の言葉を繋ぐ。
「はい、彼等は誘拐した人間を儀式と称して…」
「儀式?彼等は何故そんな事を?」
健吾が疑問を口にする。
「浅井陽一が言うには、堂上家は元々神職の一族だったと言っています」
「神職?」
「はい、浅井の一族はあの土地にあった祠の神主だとか、陰陽師の末裔だとか言っているみたいですね」
現在は、あの地域にそのような神社や祠は存在していないらしい。地域によっては、土地を護り浄化するために、そのような祠などが存在する場合がある。もちろん、それを管理する人間も同時に存在する事が多い。
「ただ、私の方でも調べてみたのですが、どこを探してもそのような事実を見つけられなかったんです」
凛子も独自に調査したようであるが、そのような資料などは残っていなかったようである。この場合、資料が残っておらず紛失している可能性と、浅井の証言に誤りがある可能性が考えられる。しかし、私にはわかっていた。
「あの男は、そんな一族ではないだろう」
私は凛子に抱かれた状態で答えた。もちろんいつも通り、普通の人間には私の声は猫の鳴き声にしか聞こえない。
「どういう事だ?」
健吾が、凛子に私の言う事を通訳しつつ聞いてきた。
「どういうキッカケかは知らんが、あの男の一族は勝手に神職を自称し、人を拐っていたのだ」
私の言葉に二人は合点がいったのか、頷き合う。
「じゃあ、浅井の妄想か?」
「先祖代々受け継がれてきた妄想だな」
健吾の疑問に私が答える。その間も、健吾が凛子に私の言葉を通訳していた。
「じゃあ、彼等の妄想で多くの人が犠牲になってきたって事?」
凛子が私の顔を覗き込みながら言う。
「そうだ」
私は短く答えた。
「浅井に憑いていた悪霊は、複数の顔を持っていた」
健吾が探るように話し出した。
「もしかして、あの顔は浅井の一族か?」
「そうだ、悪霊化して代々子孫に取り憑いてきていたのだろう」
「死んだ後に悪霊になってまで誘拐をしたかったのか」
「奴らにとっては崇高な儀式だったのだろう」
私達のやり取りを通訳されながら聞いていた凛子の腕は、少し震えていた。理不尽に対する怒りからなのか、恐怖からなのかは微妙なところである。
「そう言えば、あの時浅井が儀式がどうとか言ってたな」
健吾が思い出したように言う。
「浅井にとっては、正義の行動だったんだろう」
「そんな妄想が誘拐や殺人の動機って事か」
健吾は、そう言ってため息をついた。
「なんか、納得いかないな」
そう言った健吾の言葉に凛子も大きく頷く。もっとも、納得のいく犯罪などこの世にはないのだろうが。
「浅井はともかく、あのトンネルは何だったんだ」
健吾が私に尋ねてきた。
「俗に言う心霊スポットというヤツだろう」
「ただの心霊スポットってレベルじゃなかったぞ」
「霊的な力が集まる場所という意味だ」
健吾が納得したように頷く。凛子はまだピンときていないようだが、私は続けた。
「元々そういう土地なのか、トンネルを掘った事でそうなったのかは知らんが」
そう言っている私の顔を覗き込んでいる凛子は、目が離せないようである。もっとも、凛子には猫がニャーニャー鳴いているだけにしか聞こえていないだろうが。
「あのトンネルの場所は、霊やその類の力が集まりやすい状態になっているようだ」
「じゃあ、はじめ霊的な力を感じなかったのはなぜだ?」
健吾が疑問を口にする。
「私達が浅井をどうにかするのを待っていたのだろう」
「トンネルに集まっていた霊達も、浅井の事を疎ましく思っていたって事か?」
「だから、私達をトンネルに呼んだのだろう」
「体よく利用された訳か」
健吾は、またため息を吐いた。
「どうでもいいが、霊に遠くの誰かを呼び寄せるとかってできるのか?」
そうである。幽霊には、生きている人間に実際的に何かをする事は出来ないはずだった。しかし、今回は私達を呼び寄せるという芸当をやってのけたのだ。
「あれだけ巨大な霊達の塊だからな、それぐらいの事はできるのかもしれん」
私は、先だけが白い右手を舐めながら言った。
「人を殺すとか物理的な事はできないと思っていたけど、こういう場合もあるって事か」
「例外があるという事だろう」
私は、凛子の腕の中でモゾモゾと体勢を変えながら、さらに続けて答えた。
「もっとも、今回も私達を呼び寄せただけで、直接なにかをしたわけではないがな」
「呼び寄せるだけで、十分脅威的な力だろう」
健吾は、あの巨大な力を思い出しているのか、力なく言った。
「もしかしたら、浅井の結末も見抜いていたのかもしれんな」
「今までの俺達の常識からは考えられないな」
確かに、今まで私達は、霊には実際的に人間を動かす事はできないと考えていた。私達が見てきた事件の殆んどは、実際に人間が事件をおこしてきていた。取り憑いている悪霊が人間に影響を与える事はあっても、悪霊が人間を操ったり、直接手を下す事はなかった。
むしろ、取り憑いた霊を悪霊化させているのは、生きている人間の方であった。悪霊を肥大化させ、自らに悪影響を与える事で事件をおこす事が殆んどだったと言える。
「最初から最後まで、トンネルに集まっていた霊達の手のひらの上だったみたいだな」
健吾が、何度目かのため息を吐きながら呟いた。
「ああ、そのようだな」
私はそう言いながら凛子の腕から地面に飛び降りた。
「お疲れ様です、大貫さん」
少し離れたところから声がした。声の主は、佐伯雪菜であった。そういえば、今回私達がお化けトンネルに関わるキッカケを作ったのはこの雪菜であった。確か前回のバラバラ殺人もそうだ。
「お疲れ様」
健吾が雪菜に気付いて声をかける。どうやら、雪菜は凛子の事が気になっているようで、チラチラ見ていた。
「そちらの方は?」
我慢できなくなったのだろう、雪菜が健吾に尋ねる。
「ああ、立花凛子さん。今回のトンネルの事件を手伝ってもらったんだ」
訝しげな顔をしている雪菜に、何かを感じとったのだろう、少しバツの悪そうな顔をしている凛子が自己紹介をしていた。
今回の事件は、色々な意味でもう少し尾を引きそうな気配がしていた。私は、次は雪菜に抱かれながら、雪菜が持ってきたチュルルを食べはじめた。
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