第18話 噂話はほどほどに

「あ、いたいた」

 後ろから聞こえてきたその声に振り返ると、エリーが笑顔でこちらに歩いてくるところだった。


「こんなところにいたんですね、ルーチェ」


 ぼろぼろ流れる涙を慌てて拭って、私はエリーに向き合った。

「うん、ごめんね。飛び出したりして」


「さっきのは、ロジェ様が悪いんです」

 そう言ってエリーはぷうっと頬を膨らませた。


 その様子があまりにも可愛くて、私は思わず笑ってしまった。

「ふふ」


「えへへ。さあ、行きますよ」

 そう言ってエリーは私に手を差し出した。


「え? どこに?」

「どこにって、ダンジョンに決まってるじゃないですか」

「でも、もうきっと私は仲間に入れてもらえないよ……」

「何訳の分からないこと言ってるんですかルーチェ、ほらほら行きますよ」


 そう言って、私の手を取りエリーはずんずん歩き出す。

 私は引っ立てられるようにしてエリーの後を追う。


 え?!

 でもあんな話聞いた後じゃ、みんなもう私の顔なんて見たくないんじゃ……。


 思いの外、強い力のエリーに為す術もなく、悶々と考えているうちにあっという間に教室へと戻ってきてしまった。


 そこには沈んだ表情のロジェと、無表情のミカエル様とシリル、そして笑顔でその3人に擦り寄るソニアがいた。


 私の姿を見てソニアはギョッとした表情になる。


 そんなソニアに構うことなく、エリーは堂々とみんなに話しかける。

「さあ、じゃあ今日も探索頑張りましょう!」


「そうだな」

「ああ、それでは行こうか」


 ミカエル様とシリルが、私の顔を見つめて穏やかな表情でそう答えて歩き出した。


「でも……」

 私がそう言い淀んでもじもじしていると、ミカエル様が目の前にやってきて、私の顔を覗き込むように腰を曲げた。


「何を気にしているのだ?」

「だって、あんな噂が……」


 私が最後まで言えずに俯くと、ミカエル様の声が響いてきた。

「俺はそなたの言葉を思い出したんだ」


 その優しい声音にハッと顔を上げて聞いた。

「私の言葉、ですか?」


「ああ、前に言ってたろ、『噂ほど当てにならないものはない』と」

「あ……」

「あれからそなたの言う通り、人の見る目を養うことにしたのだ。人の上に立つ者としてな」


 ミカエル様は私にくすっと笑いそう言ってから、ロジェを見据えて続けた。


「噂でその人物を計り知ることなどできない。本来、人と人は言葉を重ねお互いの心の深くを知っていくものだからな」


 ロジェは一瞬たじろぐ。


「それに、我々のような立場の者はあることないこと噂で騒ぎ立てられるものだ。その浅はかさを何よりも知っているというのに、己の観たもの感じたことを信じられないのは愚かというものだ」


 ミカエル様のその言葉にロジェはハッとしたように表情を変えた。


 すると、シリルが静かに私の傍にやってきて言う。

「ここ最近の君の言動には一貫性と思いやりがある。……だから、僕は君が信用できる」

 ほんの少しぶっきらぼうな言い方だけど、よくよく見るとシリルのその頬はうっすらと赤く染まっている。



「だから、心無い言葉になど惑わされたりしない。そなたもそんな言葉に耳を貸すな。自分の信念に堂々としていろ」

 そう言って、ミカエル様は優しく私の頭をポンと撫でて教室を出ていく。


 エリーもシリルも私に微笑んでからミカエル様に続いた。

 そんなシリルの後を追うように、ソニアも焦った様子で教室を出る。

 ロジェと2人になってしまい、気まずい沈黙が流れる。


 きっと、ロジェは私のことなんて信じられるわけないよね。

 先ほどの様子を思い出し、私は悲しくなる。


 とりあえず、ここから出よう。

 そう思い、歩いて扉へ向かった。


 ロジェとすれ違う瞬間、パッと手首を掴まれる。


 ?!

 ふと横を見上げれば、悲しそうな表情で私を見つめるロジェと目が合う。



「ごめん……」

「?!?!」

「さっきは取り乱した」


 そう言って、気まずそうに続けた。


「俺だってそういう噂話で散々嫌な思いをしてきたのに……お前自身ときちんと向き合わずに決めつけてごめん」

「ロジェ……」

 私は思わず目を見張った。



「自分でも思った以上に、お前のこと好きになってたんだな……」

 ロジェはぼそっと何かを呟いたけれど、小さすぎてよく聞こえなかった。


「え? 今何て、」


 キョトンとした顔の私を見て、ロジェはくすっと笑って私の腰に手を回し引き寄せた。


「ちょっ……!」

 私は驚いて抗議するようにロジェの顔を見上げた。


「なんだよ?」

「だって、ち、近いから」


 そう言って顔を赤くする私をみて、ロジェはいたずらっ子のような可愛い笑顔を浮かべる。


「お前って最初から俺のこと男として扱ってるよな」

「? だって男性よね?」

「……変な女」


 ?!

 なんでそうなるの?!

 ロジェは男の子じゃない……!


 あれ、もしかして女性として扱った方が良かったのかな。


「お前また変なこと考えてるだろ」

 そう言ってロジェは私を鋭く見下ろす。


 う、視線が冷たい……けど美しい。

 冷たくされて喜ぶなんて、私ったら……。


 なんだか変な趣味に目覚めてしまいそうになるほど、ロジェの冷ややかな視線はとても艶やかで格好良い。

 私は少し萎縮しながらも、そんな不謹慎なことを思った。


「俺さ……こんな容姿で子供の頃なんてもっと女っぽかったから、よく馬鹿にされてたんだ」

「え……?」

「だから、お前が俺のこと、最初から男として扱ってくれたこと嬉しかった」

「あ、うん」

「それに、人のこと庇って頬叩かれたり、何の関係もない料理人のプライド守って頭下げたりして、お前って……すごい変だ」

「っな……!」

 ちょっと、さっきから変、変て、人を変人呼ばわりして……!


 その瞬間、ロジェはくすっと笑って、私の頬に軽く手を当てて言う。


「ほら、そうやってすぐに表情に出て分かりやすいお前って変だし……一緒にいると楽だ」


 !!!!

 笑ってそう言ったロジェからほのかな色香が漂って私は胸がドキッと跳ねた。


 どうしよう、なんだかドキドキが止まらない。

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