第15話 ロジェの変化
ふわふわとした気持ちのまま朝のミーティングを終えて、私たちは今日も早速S級ダンジョンへと入った。
ダンジョンはセーブ用の魔道具で記録と移動ができるため、いつも前回の続き階から開始できる。
自分自身のレベルもアップして、段々と深い階層に降りてきているということもあり、採取できる鉱石の質もどんどん上がっていくから楽しい。
みんなが辺りの探索をしているうちに採掘をしようと、張り切ってハンマーを抱えながらキョロキョロしていると、急に強い力で引き寄せられた。
「わっ!」
なにやら固いものにぶつかり驚いて見上げると、すぐ頭上にロジェの顔があった。
?!?!
気づけばロジェが私の肩に片手を回し、抱きしめられるような体勢になっている。
女性的なその美貌とは裏腹に、逞しい胸板やがっしりとした腕の感触が伝わってきて、私は胸がドキッと跳ねた。
な、ななななんで?!
私が内心パニックを起こしていると、ロジェは冷や汗をかいたような表情で私を見下ろす。
「おい、ちゃんと足元見ろよ……」
そう言ったロジェの視線の先を辿ると、小さな水溜まりがあった。
ああ、水溜まりを踏んじゃいそうだったから庇ってくれたんだ。
最近、ロジェとよく話すようになって、私は彼の人となりをなんとなく掴み始めていた。
彼は冷たい物言いではあるものの、周囲をよく観察して、誰かが困っている時はさりげなく助けてあげている。
その不器用な優しさに気づくのに、それほど時間はかからなかった。
今もその優しさに感動していると、ロジェはさらに冷や汗をかいたような表情を深めて教えてくれた。
「あのな、これは泉だ」
「え?」
「お前みたいな呪い状態だと引き込まれちまう」
あっ!そういえば、この前エリーが教えてくれたよね。
「泉って、もっと大きいものかと思ってた……」
「ああ、大きいものもあるし、これくらいの小さなものまでサイズは多岐に渡る」
「そうなんだ――」
それなら気をつけないと……。
しかし、こんなに小さな水溜まりみたいなのに、泉なんだね。不思議だなあ……。
そう思って泉をまじまじと見つめていると、水面がゆらりと動いた。
ん?
気を取られた瞬間、ザバッという音と共に水から黒い塊が出てきた。
同時に、まるで磁石のように強い力で引っ張られそうになる。
「きゃあっ!!」
焦った私は抱き寄せてくれたロジェにしがみつく。
ロジェは私を片手で抱えたまま、すぐに黒い塊を魔法で燃やして消し去ってくれた。
あっという間に、水面は穏やかになり辺りが静まる。
ふう、びっくりした……。
「ロジェ、ありが、」
ロジェを見上げながらお礼を言いかけると、すぐ上にその美しい顔があって胸がドキンと跳ねた。
わわっ!近い!
しかも私ロジェに抱きついてる!
気づけば私はロジェの逞しい胸にがっちりとしがみついていた。
「あっ! ごめんなさい」
そう言って慌てて離れようとする私の腰に手をかけて、ロジェはグッと引き寄せた。
「?!」
「ごめんじゃなくて、お礼は?」
「……!!!」
驚く私の顔を見て、ロジェはからかうような笑みを浮かべる。
綺麗すぎる……!
近距離で見るロジェの美しい微笑みと抱きしめられている心地よさで、私はどんどん頬に熱が集まっていく。
そんな私を愉快そうに見つめるロジェは、腰に当てた反対の手で私の顎を掬い顔を上向かせた。
「言わないのか?」
「あ、ありがとう」
私がやっとのことで言うと、ロジェは満足そうな微笑を浮かべる。
でも、一向に私を離そうとしてくれない。
ちょっと、この体勢どうしたらいいの……!
そう心の中で叫んでいると、辺りの探索を終えたらしきみんながやってきた。
「何してるんだ」
シリルがそう言いながら私たちの傍にやってきて、私をロジェの胸の中から解放してくれた。
うう、助かった。
「泉があったから気をつけるように言っただけだ」
ロジェは不敵な感じのする笑みを浮かべて言う。
「そんなこと、いちいち抱きしめなくても言えるだろう?」
シリルは咎めるような視線を向ける。
そんなシリルを気にする風もなく、ロジェは機嫌良さそうに向こうへと行ってしまった。
ああ、びっくりした。
でも、本当にダンジョン内の泉には気をつけなくちゃ。
私はミカエル様が神妙な顔つきでこちらを見つめることも、ソニアが険しい形相でこちらを見つめることも気づかずに、自分にそう戒めていた。
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