悪役令嬢、転生先は令和でした。この現代日本で、気高く生きていきますわ!
柚子
第1話 気高き悪役令嬢、庶民に転生す
「ん……っ」
重たいまぶたを開けた瞬間、わたくしの五感は、違和感に満ちた現実を突きつけてきた。
まず、視界に飛び込んできたのは、見覚えのない天井。
白くて四角くて、何の装飾もない……質素すぎますわ!
「……な、なんですのこの天井はっ!?」
跳ね起きて、あたりを見回す。
どこまでも無機質な空間。絹のカーテンもなければ、重厚な調度品もない。
床は冷たい板張り。家具は直線ばかり。香油の香りすらしない。
「し、信じられませんわ……こんな、こんな庶民的な部屋……!」
ベッドも固くて安っぽいし、毛布の肌触りなんてまるで雑巾。
いつも寝ていた天蓋付きのシルクの寝台とは、天と地ほどの差がある。
「夢……ではありませんの……ね?」
そう。
思い出した。
王城の広間、民衆の前で断罪されたあの日のことを。
「……わたくしは、リヴィア・グランフォード。
王国の公爵令嬢にして、“悪役令嬢”の定めを背負い、そして——断罪された者」
ロールしたブロンドヘアー。涼やかな紫の瞳。公爵令嬢として生を受け、生まれながらに王子の婚約者だった。気高く誇り高く。将来の王配として、最上級の教育を受けて育ってきた。
歯車が狂ったのは、そう、『彼女』が現れてから。絹のような黒髪を、肩の上で切りそろえた彼女は、見たこともない色の瞳でふわりと笑った。
異世界から『転生』してきたという彼女、ルリカは、王国民にはない容姿で、王国にはない文化を話し、気がついたら、当たり前のように王子の隣にいた。
王子を愛していて、そんな自分に誇りを持っているリヴィアにしてみれば、度し難いことだった。
嫉妬からの嫌がらせ。その結果、王子とルリカから断罪され——最後に見たのはまばゆい光だった。
気づけばこの見知らぬ部屋。つまりこれは——
「転生……ですの……?」
しばし呆然としたあと、わたくしはふと気づく。
着ている衣服が……ぺらぺらで、地味で、上下でつながっている!?
「い、衣装が……布袋!? これ、なんですの!?」
庶民の夜着とでも言おうものを身につけている。いつも着ていたシルクとは比べようもない肌触り。
ルリカの逆で、庶民として異世界へ転生した。そう考えれば、自らの格好にひとまず納得——いや、納得などできませんけども。
そのとき。
ガチャ。
「おーい、莉愛? 起きてるか?」
突如としてドアが開かれ、茶髪の少年が入ってきた。
わたくしは即座に布団をつかんで身を隠す。
「だ、だれですのあなたはっ!? 勝手にレディの部屋に入ってくるなど、無礼にも程がありますわ!」
「は? なに言ってんだ、莉愛……寝ぼけてる?」
彼はわたくしのことを“莉愛(りあ)”と呼んだ。
「リア……それがわたくしの名前ですの……?」
「記憶喪失ごっこ? ガチ大丈夫か?」
「あなたはどなたですの?」
彼は三嶋悠馬(ユウマ)と名乗った。どうやらこの体……莉愛の幼馴染らしい。
そして、妙に庶民的で、妙に優しい。
「朝ごはん、お袋さんが作ってくれてたよ。トーストだけど。……って、なんだその顔」
「と、とうすと……? 」
「……うん。やっぱ寝ぼけてるな。トーストだよ。焼いたパン」
「ところで……今は、王歴何年ですの?」
「王歴ってなんだよ。皇歴な。2685年な」
「に、にせんろっぴゃく!?」
「令和7年だよ」
「れいわ……?」
「やっぱ寝ぼけてんな。無理すんなよー、体調悪かったら休んだ方がいいぞ」
そう言って部屋を出て行った悠馬の背中を、わたくしはぼーっと見つめた。
——そのとき。
机の上の“光る板”が、突然ピコン、と鳴った。
手に取ると、画面に文字と絵が浮かび上がった。
> 【通知】
> 悠馬「無理すんなよ」
かわいい猫の絵。横に縁取りされた文字で「ファイト」って書いてある。
これは……悠馬が送ってくれたらしい。
呆気に取られたその瞬間、わたくしの魂がざわめいた。
なぜか、胸の奥が……ほんの少し、温かい。
(でも……いけませんわ。こういう感情に流されて、わたくしは前世で……)
ふいに、あの少女の姿が脳裏に浮かんだ。
乙女ゲームのヒロイン。
リヴィアを断罪に追い込んだ“まっすぐで正しい”あの少女——
(……ルリカ)
目を閉じる。
誇り高くあれ。気高さを忘れるな。過去の過ちを、繰り返してはならない。
「転生できたというのなら……今度こそ、失敗はいたしませんわ」
そうつぶやいてから、布団を払い、わたくしは立ち上がった。
そう、この世界で、わたくしは生き直す。
貴族ではなく、名も身分もない、ただの“庶民の少女”として。
「この令和とやらの世界でも、わたくしは……気高く、生きてみせますわ!」
* * *
「……っ、これは、なんの冗談ですの……?」
洗面所に立ち尽くすわたくしの顔は、血の気が引いていた。
目の前の鏡に映っているのは、わたくしの記憶の中にあるリヴィア・グランフォードの顔ではなかった。
気高き金髪でも、涼やかな紫の瞳でもない。
黒くてまっすぐな髪。どこか冴えない表情。肌はやや色白で、化粧っ気はゼロ。
制服を着ていても、華がない。まるで量産型女子高生。
「……これが、莉愛……」
悠馬という少年が呼んだ名前。
そして、部屋の中にあった学生証や書類に記されていたこの身体の持ち主。
つまりわたくしは、神崎莉愛という少女の肉体に転生してしまったということ。
「うふふ……うふふふふふふ……」
笑うしかなかった。けれど、笑えば笑うほど目元が潤んでしまう。
「でも……気高さは、外見ではありませんわよね……!」
鏡に向かって深呼吸。何度かまばたきをして、表情を整える。
リヴィアとしてではなく、莉愛として、誇り高く生きる——それが、今のわたくしの使命。
制服のリボンをつけ直し、髪をとかし、そして小さな声でつぶやいた。
「気高く、参りますわ……」
* * *
一階のダイニングに行くと、熟年のおばさまがカウンターキッチンに立って、焼きたてのトーストと、目玉焼き、サラダを並べている。
「おはよう。早くしなさい。悠馬くんを待たせてるんだから」
「は、はい……おはようございます、お母様」
「おかあさま!?」
莉愛のお母様らしきおばさまは、目を白黒させていた。
* * *
食事を終えたあと、登校の時間がやってきた。
通学路の景色は、見たことのない建物と信号ばかり。
けれど、悠馬と歩いていると、不思議と恐怖はなかった。
「なあ莉愛。ホントに大丈夫か?」
「え?」
「いや、なんか変わったっていうか。なんか“別人”みたいでさ。頭でも打ったか?」
「……っ」
心臓が跳ねた。
もちろん、彼に本当のことは言えない。
わたくしが“リヴィア”であることも、この世界が私にとって異世界であることも。
きっと、言ったところで、頭がおかしくなったと思われてしまうに違いない。
「……申し訳ありません。少し、考え事をしていたもので……悠馬さまに心配をおかけするなんて」
「そっか。ま、元気ならいいけどな。というか、なんで敬語なんだよ。悠馬さまってなんだよ。怒ってんのか。こわいぞ」
「……ええっと。怒ってはおり……怒ってないわ、よ、悠馬さん?」
「だから、さんじゃなくて、いつも通り『君』でいいぞ。乙女ゲー好きだからってやりすぎじゃね」
「え、ええ、悠馬……くん。かしこまりましたわ」
「ほら、また乙女ゲー口調になってる。ってか、かしこまりましたとかリアルで言うやつ初めて見たわ」
悠馬は声を上げて笑った。
わたくしも、つられて笑ってしまった。
ああ、なんだろうこの気持ち。
この世界に来てから、初めて「悪くない」と思えた瞬間だった。
✿⋆。˚✩˚。⋆。˚✩˚。⋆✿
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