1-11『クエスト受注』

 ていうか泣いていた。


「ひっ……。な、なに……? 急に大きな声出さないでよ……!」


 なんなら泣かせたのは俺だった。

 慌てて俺は頭を下げる。


「あ、ご、ごめん。悪かったよ。ちょっと驚いちゃって」

「驚いたのはボクだよ……まったくもうっ!」


 急に現れたその少年は、唇を尖らせてぷりぷりと怒る。

 その姿を見て、隣に立っているモノシロが目を輝かせながら言った。


「うっわ、美形ショタだ!」

「びけいしょた?」


 モノシロの妄言に、その少年がきょとんと首を傾げる。

 ロクでもない言葉を教えるんじゃないよ、子どもに――NPCだとしても。


「……《鬼》か」


 と。聞こえない程度の声で小さく呟く。

 隣にいるモノシロには、それでも聞こえたかもしれないが。


 しかしまあ、ここまで来て《鬼》系統のNPCが出てくるのだから、やはり何かしらスプリゲイトに関連する場所なのだろう。

 新しいイベントなりクエストなりが期待できるが……問題は、おそらくだが適正レベルにまったく見合っていないこと。


 ともあれ俺は妄言を吐くモノシロに代わって、鬼の子に声をかけた。


「こんにちは。君はここの住人かな?」

「うん? うん、そうだよ、おにいさん。ボクはここに住んでるんだ。名前はスレイだよ!」


 鬼の子――スレイが名乗った瞬間、頭の上に名前が表示される。


「緑文字はNPCっす」


 小声で耳打ちするようにモノシロが教えてくれた。

 だとは思ったが、気の利く子だ。俺が初心者だとわかっているから、気を遣ってくれている。


「ありがとう。気が利くね」

「でしょう? 気に入ってくれてもいいんすよ」

「どういう売り込み?」


 などと小声を交わしつつ、目線では正面の鬼の子――スレイを見続ける。


 スレイは、確かにモノシロが言う通りかなりの美少年だ。

 鬼だと判別できたのは額のツノだけで、それ以外は基本的に人間――プレイヤーと外見的特徴に大差がない。

 まあ旅術師プレイヤーの外見は若くても十代中盤以降に見えることがほとんどだから、それよりさらに幼そうなスレイは年齢的にはプレイヤーっぽくないが。


 ともあれ俺はスレイに向けて。


「俺はフギン。こっちのお姉さんはモノシロだ」

「うい。どーもですー、スレイくん!」


 手を挙げて朗らかに挨拶する隣のモノシロ。

 対するスレイも、子どもらしい晴れやかな笑顔でこちらに答えた。


「フギンおにいさんと、それからモノシロだね! よろしくっ!」

「――――――――」


 モノシロは横を向いて、まじまじと俺の顔を見つめた。

 その顔が『あれ? なんかあたしだけ呼び捨てなんですけど? なんで?』という意思をありありと伝えてきている。

 し、知らんがな……。そんな目で訊いてこないでくれ……。


「あ、あたしのことも《モノシロおねえちゃん》って呼んでもいいんだよ!?」


 どこか焦った様子でモノシロは言った。

 そんな彼女に、スレイはきょとんとした様子で彼女を見上げて。


「なんで?」


 痛恨の一撃ってのはこういうだと思われるスレイのひと言。


「――――――――――――――――」

「モノシロ、その顔でこっち見んのやめてもらえる……?」


 またしても無言で、さっきよりドロドロした目でこちらを見るモノシロあった。

 やめろて。知らんて俺を見られても。その目なんか心にくるて。


 正直、なんでスレイがモノシロに若干厳しいのかという件について、俺としてはあまり深掘りしたくなかったのだが。

 横のモノシロがドロドロしたプレッシャーを放ち続けてくるため、仕方なく俺は、もう義務感で訊いてみる。


「スレイ。なんで俺だけ《おにいさん》なんだ?」

「え? だって、フギンおにいさんは、ボクらの仲間でしょう?」

「仲間……」


 一瞬だけ首を傾げて、もしや、と俺は悟る。

 彼はモノシロに厳しいのではなく、フギンおれに優しいのではないかと。


 現にスレイはこう答えた。


「そうだよ。だっておにいさんからはボクらと同じ匂いがするから」


 その言葉と同時、隣のモノシロがすんすんと俺を嗅ぎ始めた。


「ちょ、やめてもらえる? なんか抵抗ある、それ」

「それはすみません。どんな匂いがするのかと気になっちゃって」

「VRじゃ匂いはしないだろ……」


 五感の中で唯一VR上で再現されないのが嗅覚だ。

 視覚と聴覚、そして触覚は、今では現実リアルVRヴァーチャルもほとんど差がなくなっている。

 味覚に関しては多少は再現されているが、こちらは嗅覚とも密接に結びついているためか、まだまだ再現度が甘い。もちろん腹も膨れないため、VR内での食事は味気ないというのはよく言われることだった。

 まあほかの感覚も、技術的にはかなりの再現度があるというだけで、実際のゲーム内ではある程度の制限がされている。余計なショックを与えないための規制だ。


「まあいいや。スレイ、ほかの人間……ほかの鬼たちはここにはいないのか?」


 話を元に戻すように俺は訊ねた。

 するとスレイは、どこか悲しそうな表情でこう答える。


「いないよ。――みんな逃げちゃった」

「逃げちゃった……?」

「そう。あの怖い怖い魔術師が来たから……みんな逃げちゃったんだよ」


 何かを思い出したように、スレイは自分の肩を抱えてカタカタと震え出した。

 誰が見たって怯えているとわかる様子だ。VRゲームのNPCであることなんて頭から抜け落ちて、咄嗟に心配で駆け寄ってしまいそうになるほどだ。

 けれど震えていたのも一瞬。

 目を閉じたスレイはぶるぶると首を振って、恐怖を追い払うようにしてからこちらを見上げた。


「だから、仲間に会うのは久し振りなんだ。……ねえ、おにいさん」


 その言葉と同時、目の前に仮想のウィンドウが広がった。



【クエスト『隠れ里の鬼しるべ』】

【推奨攻略レベル:1】

【受注しますか?】



 鬼の子――スレイは、透き通るような目でこちらを見つけて。


「いなくなったほかの仲間が、どこにいるのか知らないかな?」

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