第20話 矛盾の解決策と闇の中の光


 940D Left


 求む。矛盾を突破する方法。


 僕は胴と頭を力のかぎり絞って考えている。

 僕の頭は柔軟なので、どれだけ捻っても肩が凝ったりはしないのが有り難い。

 考え事をすると頭が空くのが欠点だけれど、蛸壺は考え事をするのに最適な環境だ。

 この狭い暗闇にギュッと手足と頭の軟体を詰め込んでいると安心するんだよね。


 昔、自分はどう考えたのだったかな。

 遠い記憶によれば、矛盾という言葉を知ったときに、思考実験としてどのようにすれば打破できるか考えたことはある。

 みんなも考えたことあるよね?


 そのときの僕の答えは「矛か盾をたくさん揃えたほうが勝つ」だった。

 無敵の矛を100本揃えた軍隊と、無敵の盾を500枚揃えた軍隊が戦えば後者が勝つ。

 つまり工業力と資本力を揃えて蓄えて効果的に運用できた方が勝つ。

 戦争だもの。


 ここから導かれる答えは「矛盾を解決する必要なんかない」ってことだ。

 矛盾の周辺から攻めるんだ。

 つまり解決できない問題は放置して周辺の解決できる問題を解決する。

 勝てばよかろうなのだ。


 さて。解決の論理を整理してみよう。


 解決できない矛盾とはなにか?

 それは頭足類は人間から見て可愛くないこと、奴隷なので口座が持てないことである。

 これは一旦放置して周辺の解決できる問題に手をつける。


 僕にとって解決できる問題とはなにか?

 それはイルカ=ウィリー問題である。


 イルカ問題を解決する鍵とはなにか?

 それは海老である。


 つまり海老がキーなのだ。


 これが論理的に導かれた帰結である。


 …ほんとにぃ?


 うーん…理屈はついたので、ちょっと肉付けしてみようか。

 戦略を実行プロセスに落とすという作業だね。

 作戦名は「イルカのウィリーを海老で言いなりにしよう」

 高度な柔軟性と…それはもういいか。


 今度こそはうまくいく気がする。

 今までの作戦は全然成功していないじゃないかって?

 そんなことないよ。理屈の上では常に成功率100%だから!

 ただちょっと現実のほうが歩み寄ってくれないケースがあるだけでね。


 多くの人が勘違いすることだけれど、戦略というのは成功するかしないかの50:50を決めるものじゃない。

 どちらの選択肢のほうがベターか確率で判断するものだからね。


 突き詰めて考えると、今の僕には選択肢は2つあるんだ。

 その一。再びイルカ接待にお呼ばれして、人間が慈悲深くも醜い頭足類に気まぐれの慈悲をかけてくださる確率に賭ける。

 その二。イルカのウィリーを説得するために天然海老か同等の土産を用意する。


 これらのどちらの選択肢のほうが確率が高いのか?という話だよね。

 僕の勘では、その一が成功する確率は0.1%以下。その二が成功する確率は3%ぐらい。つまりその二の方が30倍ぐらい見込みがあるだけマシなのである。


 ほらね?僕の選択肢の賢さが証明できたでしょ?

 ね?

 そうだよね?そう思うでしょ?


 ぐぅぐぅぐぅ。


 僕の高度に建設的な思考は、空頭で中断された。

 考え事をすると、とにかく頭が空くんだよね。

 今日の労働は嫌だなあ。カスタネット飯でいいから3つぐらいくれたらいいのに。


 どんなに頭が空いていても奴隷労働は始まる。

 奴隷に寧日なし。ノーワークノーフードノーライフだ。

 その日の朝もタコ・シェルを着込んでから深々度カプセルに張りつき2時間ほどかけて深海21000メートルの職場までダイブする。


 そうして数時間の虚無の水泳が始まる…はずだったのだけれど。

 その日の様子は少し違っていた。


 僕がいつものように探査箱を抱えて泳ぎ始めると、なんと暗黒の深海で光信を受けたんだ!


『こちらに来るな』


『!?』


 僕は思わずその場で硬直したよ。

 人間で声帯を持っていたら、間違いなく喉が張り裂ける大声で叫んでいただろう。

 誰もいない、と思い込んでいた場所で声をかけられたんだから驚いて当然でしょう?

 だから思わず少し口から墨が漏れたのも仕方ないよね?

 ちなみに墨は直ぐにタコ・シェルに吸水浄化されて潜水可能時間が少しだけ減った。

 暗闇で、またチカチカと何かが光った。 


『見えているか?こちらに来るな』


 見間違いではなく、それは光信だった。

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