レム・ヴァフアー

空木弓

プロローグ ~ 第1話 傭兵 ボウイ・サザビア


 

  〈プロローグ〉



 ラルスバラン系アルデバ歴二百八十四年、惑星フォウ・アルデバのブラビス出身である歴史研究家兼探検家パーテルは、惑星ラシル・ファシスの古代遺跡、タルメアの地下に荒廃した地下都市を発見した。

 そこは地上の遺跡とは全く異なっていた。

 すべてパーテルが見たことのないものばかりだった。細々とした事物はもちろんのこと、道を舗装している物質も、建物を作っている物質も、窓の透明な物質も、パーテルの知るものと異なっていたのだ。

 どれくらい古いかもわからなかった。パーテルの手持ちの機械では測定不能だった。

 パーテルはその地下都市の遺跡を素直に第二のタルメア、ディ・タルメアと名付けた。

 パーテルはその遺跡について千ページにもおよぶ報告書を書いたが、その報告書はラルスバランの他の星へ公表されることはなかった。ラルスバラン上層部の誰かが封じてしまったらしい。

 ディ・タルメアへの入り口もまた封鎖された。

 そして、発見者のパーテルは報告書を出した半年後に行方不明になった。


 ディ・タルメアへの入り口が封鎖されてまもなく、アルデバで密かにあるプロジェクトが動き始めた。アルデバ上層部の、そのまたごく一部の人だけが知るプロジェクトだ。

 そのプロジェクトが動き始めた頃のラルスバラン系は、大きな戦争の真っ只中だった。ラルスバランは、アルデバ、ナザフ、ラシル・ファシス、コウリプの四つの星人が混在する連合星系だが、戦争はその中でも最大の勢力を誇るアルデバ人同士の勢力争い、仲間割れだ。アルデバ星系の第三惑星フォウ・アルデバを拠点とするアルデバ軍対同星系第七惑星ニオ・アルデバを拠点とするニオ・アルデバ軍の戦いなのだ。

 戦争開始から三十年後、ディ・タルメアが発見されてから二十年後、膠着状態に陥り、実質休戦に近い状態になった。

 このタイミングでアルデバ上層部は新たなプロジェクトを立ち上げた。プロジェクト名はリオペー。指揮官が任命されたが、彼はプロジェクトの本当の目的を知らされてはいなかった。彼は命じられるまま、ラルスバランの優秀なパイロットを集めた。






 第1話 傭兵 ボウイ・サザビア



「ボウイ・サザビア」

 名を呼ばれた。採用だ。しかし、単純に、両手を上げて喜ぶことはできなかった。給金が良過ぎるからだ。傭兵募集で給金が良いとは、すなわち危険な仕事ということである。

 どんな仕事か、募集内容からはよくわからなかった。

 アルデバ軍の猛将、ラルテイン将軍のもと、タワパ空域へ向かうのが第一の行程で、タワパ空域から惑星ミロドサを経てトゥルヤ空域へ向かうという。行程が決まっているということは、運ぶものがあるのだろうとボウイは考えていた。

 タワパとミロドサは今もアルデバ軍対ニオ・アルデバ軍の戦闘が続いている空域だが、トゥルヤはとうに休戦区域になっている。タワパとミロドサでの戦いを生き抜いて何かのブツを運べば、一息つけるということなのかもしれない。しかし、一息つけると見せかけて殺されることもあり得るとボウイは思っていた。傭兵を使うのはいざという時に口を封じやすい、殺しやすいからではないかと。

 何事も、いつなんどきでも油断は禁物である。それがこれまでこの乱世を生き延びてきたボウイの信条だ。


 ラルテイン将軍の宇宙空母、タミアに向かう輸送船には二十人が乗っていた。皆、一癖も二癖もありそうな顔をしている。五人、女のように見える者がいたが、おそらく本当の、あるいはただの女ではない。

 隣に座っている男が声をかけてきた。

「俺の名はクードゥル・アシュー。よろしくな」

 髪と目の色はボウイと同じようなダークブラウンをしていたが、顔も身体も四角い印象を受ける男だった。背丈は決して小柄ではないボウイより十カンチ(センチメートル)は高そうだ。

「俺はボウイ・サザビアだ。あんたはアルデバ人じゃないのか?」

 体格からの推測だ。

 ラルスバランに君臨するアルデバ人の傭兵は珍しい。傭兵はほとんどがラルスバラン星系のアルデバ人以外、マイノリティの星人達である。

 ボウイはクードゥルの素性が気になった。

「アルデバ人とナザフ人のクォーターだ。この御時世に純血に拘るなんざ、バカらしくて仕方ないが、父方のクォーターということで、俺の扱いはアルデバ人じゃなくてナザフ人だよ」

 そこでクードゥル・アシューは声をひそめた。

「そういうあんたはラシル・ファシスじゃないのかね?」

「……ラシル・ファシスの血が入っていることは入っている」

「やっぱりな。ラシル・ファシス人は肌の艶が違うよ。皮膚が薄いし」

「気持ちの悪いことを言わないでくれ」

 クードゥルがくすりと笑った。

「安心しろ。俺が口説くのは女だけだ。残念ながら、この中に俺が相手にしたくなるような女はいない……」



 輸送船は予定どおりに宇宙空母タミアへ着船した。

 タミアはアルデバ軍の平均的な空母だった。輸送用ではない。

 二十人の傭兵は輸送船から降りると、五人の正規兵にその足で食堂と思われる広い部屋に引率され、その一角に二列横列で待つよう指示された。


 生きるために応募したラルテイン隊だったが、ボウイにラルテイン将軍に全く興味がなかったわけではない。


 ラルテイン将軍は二十代半ばという若さで七人のパイロットを率いる小隊長として頭角を表した。初めて一人のパイロットが二機の攻撃用子機、サボを使いこなしたのがラルテインの七人の部下だったのだ。七人で十四人分の攻撃力を見せるラルテイン隊は連戦連勝、その名をラルスバラン星系に轟かせた。

 それから二十年近く経つ。

 今やラルテインは将軍となり、膠着状態になる直前の戦いでは百人以上の将校を率いていた。

 そのラルテイン将軍が何故この休戦状態に近い状況下で傭兵を募集するのか。募集要綱に記された内容からは輸送隊のように思え、いくら膠着状態とはいえ、歴戦を勝ち抜いてきたラルテイン将軍にふさわしいとはとても思えない。

 また、一体どんな隊長としてのふるまいを見せるのか。ボウイは己の目で確かめたかった。


 とはいえ、傭兵に直接指示を出すのはあくまでも将校で、ラルテイン将軍は遠くから見るだけだと思っていた。だがラルテインは三人の将校と共に二十人の傭兵の目の前に現れた。

 初めて見たラルテイン将軍は、噂から想像していたとおり、冷酷そうな男だった。アルデバ人らしく、体格は大柄で厚みもある。あまりに軍人過ぎて、軍服以外を着ている姿が想像できない。

 ラルテインは二十人の傭兵の顔を一人一人見ていった。

 ボウイの辺りで少し視線が止まった。ボウイはこういうときの倣いで、将軍を見ないようにしていた。

 何かの訓示を垂れるのかと思ったが、ラルテインは一言、言葉を発しただけで消えた。

「これからタワパ空域へ向かう」という一言だ。


 ボウイ達、二十人の傭兵はあてがわれた居室コンパートメントに荷物を置いただけで、すぐに将校の一人に戦闘機コクピットの格納庫へ連れて行かれた。

 格納庫は二段に別れていて、下段に十機のディタイプのコクピット、上段に十機のトリタイプのコクピットが並んでいた。

 ディタイプは一機から二機のサボ、トリタイプは三機から最大五機のサボをコントロールできるコクピットだ。


 このラルスバラン星系における戦争では、パイロットが乗る戦闘機は、もちろん単体で飛ぶことができるのだが、専ら空母の中からサボと呼ばれる攻撃するための子機のコントローラーになっていた。両陣営がサボを飛ばして相手の空母を破壊する、あるいは相手のサボを撃ち落として空母を守る宇宙戦が主流だ。

 従って死者は少ない……と言いたいところだが、優秀なパイロットは攻撃を潜り抜けてサボを相手の空母にまでたどり着かせる。攻撃に特化しているサボから発射される光線の破壊力は大きく、一機のサボでも効率よく攻めれば空母を破壊できる。

 その代わり、問題はサボをコクピットから遠隔操作で操れる優秀なパイロットの確保だ。

 ほとんどのパイロットは一機のサボのコントロールしかできない。トレーニングではできても、実戦で二機のサボをコントロールできるのは三割程度、三機のサボをコントロールできるのは一割に満たない。四機のサボをコントロールできたパイロットはこれまでのところ、僅かに三人だとボウイは聞いていた。

 なのに、軍は五機のサボをコントロールさせるコクピットを作ったのだ。いずれはサボ五機をコントロールできるパイロットが出てくると考えているのだろう。


 実は、ボウイは最大四つのサボを実戦でコントロールしてみせた三人のうちの一人である。五サボのコントロールには挑戦したことがない。できるかもしれないが、ボウイの感覚からすれば、三機以上に増やす必要も意味もない。アルデバ軍は無駄なことをしていると思っていた。


 ラルテイン隊の募集要綱の要件の高い方は三サボ以上をコントロールできるパイロットというものだった。だからこそ、ボウイは応募したのだが、四サボまでコントロールできることは申告しなかった。必要以上に目立つ必要はない。

 申告した戦績と三サボをバーチャルでコントロールしたテストの結果、ボウイは採用された。


 ヴィンザーと名乗った将校は「三時間後にはタワパ空域に入る。その時点でコクピットに待機しているように」と命じ、格納庫から去っていった。

 残された傭兵の大半はさっそく自分が操るサボとコクピットの選別にかかった。一機ごとに操作感が微妙に違うのだ。

 ボウイはそんな傭兵仲間の様子を一人格納庫へ降りるデッキから眺めていた。どんなコクピットであれ、操作感であれ、ボウイには慣れればどうということはないからだ。

 他の十九人が選び終えたところで、ボウイは無人のままのトリタイプにゆっくりと向かった。

 コクピットに座り、操縦桿スロットルの可動域やスクリーン切り替えの方法、反応をざっと確認する。以前にも使ったことのあるタイプだ。この機特有の操作感は、パイロットに合わせての調整と実際にサボを飛ばしてみないとわからない。

 ボウイはシートを最大限に倒してコクピット内をしばらく眺めた。それから目を瞑った。

 調整作業を含めて十五分ほどコクピットにいただけで、ボウイはコンパートメントへ戻った。一眠りするつもりだ。

 相部屋を覚悟していたボウイだったが、トリタイプのパイロットは狭いながらも全員個室だった。その分ディタイプのパイロットは四人部屋らしい。

 ボウイはコンパートメントに戻ると、まずは一通り中を調べた。盗聴機や隠しカメラがないかの確認だ。

 家具は備え付けのベッドとキャビネット付きの机、クローゼットしかない部屋だが、油断はできない。傭兵暮らしで身についた習慣だ。

 予想どおりカメラはあったが、入り口の辺りを写すだけだった。通路にはもちろん各所に監視カメラがある。

 ――これならば、ぐっすり眠れる。


 タワパ空域は今も戦闘が続く空域である。

 指示どおり、その空域に入るまでに傭兵の二十人は全員コクピットにいた。

 サボをいつ放出するのか。

 ボウイの右隣のコクピットにいる男はイライラしているようだった。

 反対側の左隣にはクードゥルがいた。こちらはのんびり構えている。


 傭兵にはクードゥル以外にもアルデバと他の星人との混血が何人かいると思われた。今では純血のアルデバ人は数少ないらしい。そもそも、他の三星人と比べると、アルデバ人同士ではなかなか子ができないのだ。そして、アルデバでは母系重視だ。クードゥルが母方のクォーターだったなら、アルデバ人の扱いだったろう。子供は父親からは遺伝子だけを受け継ぎ、その他の組織はすべて母親から受け継ぐのだから、生物学的には父系重視より妥当といえるルールではある。

 大柄で腕力も脚力も強いアルデバ人は個々の肉弾戦では圧勝する。感覚も鋭く、道具や機械の扱いも上手い。一言で言ってしまうと、戦いに向いた星人だ。そのせいか、アルデバの歴史は戦争の歴史になっている。また戦争のために古い記録が失われ、二百年以前のことはよくわからなくなっていた。

 そのアルデバ人同士ではなかなか子孫を残せないというのは、宇宙の摂理の気がするボウイである。


 タワパ空域に入った途端にサイレンが鳴った。戦闘開始、サボの放出だ。

 五十ものサボが次々にタミアから出ていく。

 飛行中のサボは基本的には三角形の流線型をしている。そのため、集団で飛んでいく様子は、いつもボウイにラシル・ファシスの空を季節の変わり目に飛んでいた渡り鳥の群れを連想させた。

 ボウイの操る三機のサボはゆっくりとタミアを出た。外へ出たところでわずかの時間差をつけ、一つずつ加速させる。先頭集団に追い付くまでにサボ、個々の癖をおおよそ掴む。ボウイが戦闘開始にいつも行うルーチンだ。

 ボウイはコクピットの三百六十度フルスクリーンを上と下の二分割にしていた。上がモノサボのカメラ、下がディサボ、三つ目のトリサボのカメラはスクリーンの一角にだけ出している。トリサボは他のサボのカメラでも追えるからだ。これがボウイの基本的なスクリーンの状態だ。もちろんスクリーンに大きく映し出すカメラはサボの位置により随時、適宜切り替える。


 サボを動かすのは基本的には脳波である。装着するヘルメットが微細な動かそうとする脳波をキャッチし、サボへつなぐ。

 しかし時として脳波では反応が遅いことやエラーの起こることがある。その補助として使うのがスロットルだ。トリタイプのコクピットには通常三本のスロットルが備えつけられている。

 初めて実戦に挑むパイロットの多くは、ゲームをしている感覚になるらしいが、その勘違いはかなりの確率で命取りになる。そんな軽い気分でいると、あっという間に操るサボは破壊され、コクピットが格納されている空母は相手方のサボに囲まれることになるのだ。

 コクピットから複数のサボを操る感覚は独特だ。まずは一機のサボから始めるのが正しい進め方だ。ボウイも一機のサボから始めた。一つずつ増やしていくことで、四つまでコントロールできるようになったのだ。

 しかし、最近は軍もパイロット自身も急ぎたがる。その結果の戦況の膠着状態だとボウイには思える。両陣営とも、実戦で使えるパイロットが少なくなっているのだ。


 ボウイは三機のサボの癖を見ながら、左のスロットルの脇に備えられているレーダースクリーンで敵の動きを見ていた。サボは小さく速いので、一機で動かしていては見逃しかねない。そこが難しいところだ。

 ボウイは敵の展開の様子に、三機のサボを仲間のサボから少し離すことにした。モノサボを先頭に一列に並べる。ディサボのカメラを写している下部のスクリーンにはモノサボの後部が真正面に見える。トリサボのカメラを映している小さなスクリーンにはディサボの後部が映っている。

 敵のサボの第一陣が迫る。数は五十機くらいに見えるが、タミア側よりも広く展開していた。そして、その機種はボウイが初めて見る機種だった。

 ――ニオ・アルデバの新兵器か?


 攻撃を始めたのは、タミア側のサボだった。

 タミア側のサボが発射したビームを敵方の先頭にいたサボ三機は軽く避けた。その動きにボウイはこれまでにない緊張が走った。

 ――違う。何かが違う。


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