人の弱みに付け込む悪魔 その二
倭文が四つ目の遊間の秘密を暴露し終えると、銀座の路地裏に一瞬の静寂が訪れた。
魔術――「
「あと一歩、届きませんでしたね」
物陰からはみ出た遊間の杖を見下ろしながら、倭文は勝ち誇った声で遊間に声を掛けた。
遊間はその呼びかけを無視するかのように、無言のまま地面に突っ伏している。
「ははっ、声も出せないとは。完全に心が折れてしまったようですね」
倭文は嘲笑しながら、遊間の横っ腹を思い切り蹴飛ばした。
「がっ……ふっ……」
肺から空気が押し出されるような呻き声を漏らしながら、遊間は仰向けに転がった。
「さて、あなたが誰の指示で我々教団のことを調査していたのか、洗いざらい吐いてもらいますよ。自称、悪魔探偵さん」
「……僕は教団のことを調査していたわけではない」
遊間は血の混じった唾を吐きだしながら答える。
「白々しい嘘を吐かないでください」
倭文はさらに遊間の横っ腹へ蹴りを入れる。
「さぁ、白状なさい」
「……だった」
遊間が弱々しい声で答える。
「え、何ですか? 聞こえませんよ」
倭文は耳に手をかざし、遊間の口元へと顔を近づける。
「僕は子供の頃、運動会が大嫌いだった。かけっこでいつもビリになるからだ」
「……貴様!」
瞬間、遊間の右腕の拘束が解かれ、彼が持っていた杖の先から青い魔弾が倭文目掛けて発射される。
倭文は間一髪のところでそれを躱すと、遊間と距離を取るように後退した。
「ま、まさか……」
倭文の動揺を無視して、遊間は続ける。
「僕は球技が大の苦手だ。これまで、一度もボールをまともに投げられた試しがない」
遊間の左腕が自由になる。
「僕はピーマンだけでなく、野菜全般が食べられない」
遊間の右足が自由になる。
そして、と遊間は続ける。
「遊間大は偽名である」
遊間は倭文の魔術から完全に解放される。
「遊間ぁ、貴様、いつから気付いていた?!」
「いつからって、おかしなことを聞くものだな。貴様が自らヒントをくれたんじゃあないか」
「私が……だと?」
遊間からの思いがけない返答に、倭文は困惑を隠せず、顔を歪ませる。
「ああ、貴様は確かに言ったぞ。私の正体が魔術師であるとあなた方に明かした時点で、既に勝敗は決していた、とな」
「ああ……ああ!」
自らの過ちに気付き、倭文は思わず頭を抱える。
「そうだ、倭文。貴様が隠していたもう一つの力。
それは、自分が知っている秘密を誰かに一つ明かすたび、その相手の秘密を一つ奪うことが出来る魔術。
即ち、秘密の等価交換だ!」
そして、と遊間は続ける。
「その秘密が等価交換によって奪われたものなら……自ら別の秘密を明かすことで、その奪われた秘密を取り戻すことができる」
遊間はそう言うと、杖先を倭文に向ける。
「今ここに、貴様の魔術の
遊間が呪文を唱えると、杖の先から紐状に連なる赤い粒子が解き放たれ、それらが一瞬のうちに倭文を縛り上げた。と、同時に、魔門にかけられていた支配の術式が解除される。
「やられました。完敗です。煮るなり焼くなり、お好きにしてください」
倭文が力のない笑みを浮かべる。
「なら、まずは警視庁まで同行してもらうぞ。貴様のせいで冤罪をかけられて、捜査にも参加出来ず迷惑しているんだ」
***
倭文との戦闘後、遊間と魔門は三上たちと合流し、翌日、倭文を連れて浅瀬のもとへと向かった。
「つまり、そこにいる倭文という男が魔術師で、その男が魔術を使ってうちの警察官から秘密を盗み取っていたのが、情報漏洩の原因であると……」
目の前で縛り上げられている男をじろじろと眺めながら、浅瀬は言った。
「ええ。ちなみに、その被害にあっていた警察官というのは、あなたのお隣にいるお嬢さんですよ」
遊間は銀座の路地裏で撮影した写真を浅瀬に見せながら、彼の傍らに立つワンレングスボブの女性警官を指さした。
浅瀬は驚いたような表情を浮かべ、写真に写った女性の顔と女性警官の顔を交互に見比べると、やがて全身をわなわなと震わせ始めた。
「わ、私はただ、食事に誘われたから付いて行っただけで……」
女性警官は顔を青ざめさせながら、必死に弁明する。
しかし、浅瀬の怒りは収まらない。
「ええい、これ以上、私に恥をかかせるな! 二人とも取り調べ室へ連れていけ!」
浅瀬は女性警官を一喝すると、その場にいた他の部下たちに命じて、倭文と彼女を部屋の外へ追い出した。
浅瀬は暫くの間、興奮した様子で息を荒げていたが、やがてばつの悪そうな顔をしながら、遊間たちの方へ向き直った。
「情報漏洩の件で君たちを疑ってしまったことに関しては謝罪する。すまなかった」
浅瀬は遊間たちに頭を下げた。
「では、私たちの捜査復帰を認めてくださるんですね」
三上が嬉しそうに笑顔でそう言うと、浅瀬は気まずそうに口を開いた。
「いや、それが……その必要はもうないのだよ。何故なら、事件はすべて解決してしまったからね」
***
「事件はすべて解決したですって?!」
三上、魔門、咲良の三人は驚きの声を上げる。
しかし、遊間だけはまるで初めからそうなることを予期していたかのように、平然とした態度で事の成り行きを見守っていた。
浅瀬は続ける。
「ああ、目白で起こった第四の事件があるだろう? あの時、三上くんが現場で発見したポールハンガーから、被害者の血痕と第一発見者である日暮里美の指紋が検出されてね」
浅瀬は机の上に散らばっていた資料を一か所にまとめると、そのうちの一枚を遊間たちに手渡した。
資料には、ポールハンガーから検出された指紋の画像と日暮里美の指紋の画像が載せられており、二つの指紋が一致していることが示されていた。
「それで、彼女の過去を調べたところ、彼女が被害者の亡き夫である
浅瀬はそこまで言うと、少し気まずそうな顔をして、続く言葉を濁した。
「まぁ、そういうわけで証拠も動機も十分。
さらに、他の事件が発生したときの日暮里美の行動についても、これといったアリバイは確認されず。
あれ以来、予告状も届いていないし、彼女が『山手線の悪魔』とみて、まず間違いないだろう。
本人は否定しているがね」
浅瀬はそう言うと、肩を竦めてみせた。
「というわけで……」
浅瀬は結論する。
「『山手線沿い連続殺人事件』は、これにて一件落着。
情報漏洩の犯人を捕らえてきてくれたことには感謝するが、君たちの助けはもう必要ないんだ」
「果たして、本当にそうだろうか?」
それまで、ただ黙って浅瀬の話を聞いていた遊間が唐突に口を開いた。
遊間の言葉に、浅瀬が険しい表情を浮かべる。
「それはどういう意味かね?」
遊間は答える。
「僕は初めに言ったはずだ。何故、犯人は差出人が特定されるリスクを冒してまで、警視庁宛てに予告状を送ってきたのか、と。そして、その目的は架空のシリアルキラーを創り出し、一連の事件を無差別の連続殺人事件に見せかけて、自らの罪を赤の他人に被せることだ、とも」
「しかし、貴様の推理は外れて……」
浅瀬が反論しようとすると、遊間がそれを手で遮った。
「確かに僕は推理を誤った。それは認めよう。だが、僕が間違えていたのは一連の事件を連続殺人事件に見せかける方法についてであって、その目的についての推理は間違えていなかったんだ」
「つまり、真犯人は別にいると?」
「ああ、その通りだ」
遊間は力強く頷いた。
「あと二日……いや一日でも良い。
僕たちに猶予をくれれば、必ずや『山手線の悪魔』を生み出した犯人と手段を突き止めて、その証拠を手に入れてみせよう。
オカルト事件専門の捜査コンサルタント――悪魔探偵、遊間大の名に懸けて」
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