大久保新との対面

 リリス・ガーデン歌舞伎町。

 歌舞伎町の外れにある、レンガ造りのやや古びた三階建てのこのアパートが、遊間たちの次の目的地であった。

 その三階。三〇四号室。

 廊下の突き当りに位置するその一室が、大久保新の住居である。

 原木はその部屋のインターホンをそっと押下する。

「警察? はぁ……まぁ、この後仕事があるんで、三〇分だけだったら」

 インターホン越しに聞こえてきたのは、生気を感じさせないような、低く抑揚のない男性の声。

「では失礼するぞ」

 遊間は大久保が姿を現すのを待たずに魔術を使って勝手に玄関の扉を開けると、室内に押し入った。

 室内にいた黒髪の若く痩身の男が、慌てた様子で遊間の侵入を阻止しようと狭い廊下の真ん中に立ちふさがる。

「ちょ、あんた、何なんだよ。何勝手に入ってきてんだよ」

「三〇分しか時間がないのだろう? なら、さっさと済ませようじゃないか」

 男の手を振り払い、遊間は室内にあった唯一の椅子――安っぽい作りのゲーミングチェアに腰掛ける。

「座り心地は最悪だが……まぁ、致し方あるまい」

 その様子を唖然として見ていた男に、三上が後ろから声をかける。

「すまないね、新くん。今朝に引き続き、迷惑をかけるよ」

 男――大久保新は三上の顔を見ると、観念したようにおとなしくなった。

「あんたは今朝の……まさか、またも連れてきているのか?」

 予想外の質問に、三上は思わず吹き出してしまう。

「いや、天目は来ていないよ。ただ、あいつもあいつで天目と同じくらいの変人だけどな」

 その言葉に、大久保は大きく顔を引き攣らせる。

 大久保が再び遊間の方に目をやると、遊間はにやりと不敵な笑みを浮かべて言った。

「初めまして、大久保新くん。僕は悪魔探偵の遊間大。オカルト事件専門のコンサルタント探偵だ」

「あ、悪魔探偵……?」

 大久保がごくりと唾を飲みこむ。

「そして、こちらは左から順に警視庁の原木くん、M**県警の三上、咲良くん。最後のぼけーっと突っ立っている頭の悪そうな女が僕の助手の魔門だ」

「誰が頭の悪そうな女ですか!」

 遊間は魔門の抗議を無視して続ける。

「今日は、先日発生した高輪門道殺人事件について、追加の捜査をおこなうためにここへ来た。早速だが、貴様にはいくつか質問に答えてもらう」

「追加の捜査だと?」

 遊間の目的を知るや否や、大久保の顔に警戒の色が浮かぶ。

「なに、そう身構えるな。初めから貴様が犯人だと決めてかかるわけではない。答えたくない質問があれば、答えなくても良い」

 そう言った後で、遊間は一言付け加える。

「ただ、答えなかったことによって、貴様への疑いが深まることはあるかもしれないがな」

「ちっ」

 遊間は大久保の舌打ちを承諾のサインだと受け取ると、その後の返答を待たずに尋問を開始する。

「そうだな……まずは貴様と高輪、二人の関係について、洗いざらい話してもらおうか?」

「俺と門道さんの関係? 別に、俺はあの人が経営していたカフェの運営を任せてもらっていただけで……言わば、オーナーと雇われ店長の関係というか……ただ、それだけだ」

 大久保はぶっきらぼうに答えた。

「本当にそれだけか?」

 遊間が睨みつけると、大久保はすっと視線を逸らす。そのまま無言を貫く大久保に対し、痺れを切らした原木が横から口を挟む。

「お前が高輪から多額の金を借り入れていたこと、その借金がきっかけで、高輪とお前が主従関係にあったことなどはとっくに割れているんだ。観念してさっさと白状しろ」

 原木の剣幕に怖気づいた大久保は、渋々口を開く。

「そこの刑事の言う通り、オーナーと雇われ店長ってのは表向きの関係で、実際のところ、俺は門道さんが中心となって活動していた高輪連合の末端構成員の一人――要するに門道さんの使いっ走りだ。カフェの店長という肩書きポジションも、そこで門道さんから与えられた役割の一つに過ぎない」

「与えられた役割の一つ……となると、カフェの運営以外にも何か仕事を?」

「ああ、俺は門道さんに信用されていたからな。他にも色々な仕事を任せてもらっていた……と言っても、どれも一つ一つは大した仕事じゃない。門道さんの仕事に必要な資材を購入してきたり、SNSに投稿する動画の編集を手伝ったりとか、そういう小さな雑用だ」

 大久保は喋り過ぎたと思ったのか、慌てて口を濁した。

「ふむ、その雑用とやらの詳細は気になるが……今はそれを深堀りしている時間はないな。次の質問へ移ろう」

 遊間はそう言うと、再び大久保の目をじっと見つめて、続けた。

「単刀直入に聞くぞ。貴様が高輪から借金していた金額はいくらだ?」

「それは……大した額じゃない」

 大久保は言い淀んだ。

 しかし、遊間は追及の手を緩めない。

「具体的な数字を言え」

「……一千万だ」

 その額の大きさに、魔門と咲良がごくりと息を呑む。

「一千万。これまたずいぶんと高額だな。高輪からはこの借金を口実に雑用を押し付けられていたんだな?」

「まぁ、そういうところだ」

「ちなみに、どうしてこんなにも多額の借金を高輪に?」

 遊間は質問を続ける。

 大久保はまたも口ごもる。

「……昔、妹が大怪我を負ったことがあって、その治療費を門道さんに肩代わりしてもらったんだ」

「その大怪我というのは?」

「それは……言いたくない」

 大久保は奥歯をギリリと噛み締めた。

「どうしてもか?」

「どうしてもだ」

 遊間は原木に目配せするも、原木は両目を閉じ首を横に振る。

 遊間は小さくため息を吐くと、気を取り直して口を開いた。

「では、次の質問へ移ろう」

「まだ続けるのかよ」

 大久保が小声で悪態を吐いた。

 しかし、遊間はその態度に怯むことなく質問を続ける。

「高輪が殺害された八月三〇日。その日、貴様は何をしていた?」

「何をしていたって……別にいつもと同じだよ」

 大久保は投げやりに答えた。

「いつもと同じ、で分かるはずがないだろう。僕は貴様の保護者じゃないんだぞ。もっと具体的に話せ」

「はぁ? ……別に、朝起きて、仕事に行って、帰りに少し門道さんのところへ寄って……後は家に帰って寝た。それだけだ」

「その仕事というのは、カフェの運営で間違いないか?」

「ああ、そうだよ。それ以外に何があるってんだよ」

 大久保は苛々した様子で髪をかきむしる。

「貴様が他にも仕事を任されていたと言っていたから、念のため聞いたまでなのだが……まぁいい。原木くん」

 遊間の呼びかけに、原木は「はい」と返事をすると、手元のタブレットを確認する。

「八月三〇日の午前一〇時から午後六時までの間、彼が高輪の経営するコンセプトカフェで店長としての業務をおこなっていたことは、当日シフトに入っていたその店のスタッフたちからも証言が取れています」

「なるほど。午後六時までの行動については、第三者からも証言が取れているということか。その後のアリバイは?」

「ありません」

 原木はそう言うと、首を横に振る。

 遊間は「そうか」とだけ答えると、再び大久保の方へ向き直る。

「帰りに高輪のアパートへ寄った目的は何だ?」

「別に何だって良いだろ」

 大久保は喧嘩腰で答える。

「証言したくないのなら、しなくても良い。ただ最初に言った通り、貴様への疑念が深まるだけだ」

 遊間はそう言うと、冷やかな視線を大久保に向ける。

 遊間のその挑発的な態度に、大久保は憎らしそうに舌打ちすると、おもむろに口を開いた。

「門道さんのところに寄ったのは、今月分の店舗の売り上げを報告するためだ」

「なるほど。店を出てから高輪のアパートまでは直接向かったのか?」

「……ああ、特に寄り道はしていない」

 大久保のその証言に、遊間は首をかしげる。

「確か、コンセプトカフェから高輪のアパートまでの距離は約一キロメートル。徒歩で計算すると移動には約一五分かかる。貴様が店を出たのは六時頃だから、そこに到着したのは六時一五分頃……で間違いないか?」

「多分、それくらいの時間だろうな」

 大久保は曖昧な返事をする。

「アパートに着いたとき、高輪は部屋にいたのか?」

「まぁ、事前に会う約束はしていたからな」

「その時、何か変わった様子は?」

「別に、いつもの門道さんだったよ」

 遊間の質問に、大久保は淡々と答えていく。

「高輪の部屋には何分くらい滞在したんだ?」

「さぁ? 五分くらいじゃないか?」

「つまり、六時二〇分頃には高輪のアパートを出て、自宅へ向かっていたと?」

「ああ、そうなるな」

 大久保のその返答に、遊間は不敵な笑みを浮かべる。

「ふむ。しかし、それは妙だな」

「妙って、何がだよ」

 遊間の探るような視線に、大久保の声が微かに震える。

「その日の六時半頃に高輪のアパートの周辺でバットを持ってうろついている貴様の姿が近隣の住民によって目撃されているのだが、これはどう説明する?」

「は? それが本当に俺だっていう証拠はあるのかよ。そいつの見間違いじゃないのか?」

 大久保の額に大粒の汗が浮かび始める。

「では、このバットにも見覚えがないのだな」

 遊間はそう言うと、原木に目で合図を送る。

 原木はその合図を予見していたかのように、タブレットから凶器の画像を手早く探し出すと、それを大久保に突き付けた。

「知らねえよ」

 大久保は画像から視線を逸らす。

「ほう。あくまで白を切るつもりか?」

 遊間はそう呟くと、紅潮する大久保の顔をじっくりと観察する。

「俺が嘘を吐いているとでも?」

 遊間の視線に耐えられず、大久保は思わず声を荒げる。

 そんな大久保の様子を見て、遊間はふっと小さく笑う。

「まぁ、今は見間違いということにしておいてやろう。

 さて、そろそろ時間だ。仕事へ行く邪魔をして、悪かったな」

 遊間はそう言うと立ち上がり、魔門たちに付いて来るよう手招きすると、部屋を後にした。


   ***


「借金の理由が妹の治療費の肩代わり……となると、高輪は大久保にとっての恩人。

 さらに目撃証言も見間違いだったとなると、やっぱり大久保は犯人ではなさそうですね……」

 移動する車の中で、魔門は手帳を見返しながら呟いた。

 その稚拙な推理に、遊間が呆れ声を上げる。

「何を言っているんだ、貴様は。その間の抜けた顔についている二つの目は節穴か?」

「へ?」

 魔門は目をぱちくりさせる。

「発言の、視線の揺らぎ、発汗量の変化。それらを注意深く観察していれば、あれらの証言が嘘だということはすぐに見破ることができる」

「ええ! あれ、嘘だったんですか?」

 素っ頓狂な声を上げる魔門を後目しりめに、遊間は肩を竦めた。

「十中八九、嘘に決まっているだろう。問題は何処までが嘘で、何処までが本当かということだが……」

 遊間はそう言うと、車の天井に視線を移す。

 そのまま数一〇秒間、遊間が思考にふけっていると、隣の運転席から原木が口を挟んだ。

「大久保に妹がいる、というのは初耳でしたね」

「そうなのか?」

 と、遊間は尋ね返す。

「ええ。そもそも戸籍上、大久保に妹は存在しないはずです。

 ですが、母親の再婚相手からの虐待が原因で、都の児童養護施設で育ったと記録にあるので、その頃に妹と呼べるような存在に出会っていたということは考えられます」

 ただ、と原木は続ける。

「身辺調査をおこなったときは身寄りなどほぼいない状態でしたので、果たしてあの証言が信用できるものなのかどうか……あ、もしかするとその妹というのが、今回の事件におけるミッシング・リンクなのかもしれませんね」

 原木の仮説に、遊間は首をひねる。

「その可能性もなくはないが……どうだろうか。もしかすると、その妹とやらは……いや、かもしれないな」

「また始まりましたね、遊間さんの悪癖あくへき

 魔門が口を尖らせる。

「仕方あるまい。まだ確証が取れていないのだ」

 だが、と遊間は思考する。

 大久保は――そして大崎も、ともに嘘を吐き、それぞれに何かを隠し通そうとしている。その隠そうとしているものが何なのか。それらは共通するものなのか。はたまた、別のものなのか。もし、それらが遊間の想像している通りのものだとしたら。

「後は、事件の全容を暴くのに必要な最後のピース。それさえ、浜松との対話の中から見つけ出せれば……」

 遊間は二人には聞こえないくらいの小さな声で呟いた。

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