41. 狙い通りに②
翌日。私はいつもよりもスッキリとした朝を迎えた。
昨日は大変なことがあったけれど、ネイサン様がこれ以上私に手を出せないという安心感のお陰で、気分も軽い。
ちなみに、彼は今日のうちに王宮の牢へと移動することになっていて、そこで詳しい取り調べを受けるはずだ。
彼の罪状は色々あるけれど、薬を盛ろうとした時点で廃嫡されるのは確実だと思う。
ネイサン様をそのまま跡継ぎに据えていては、グレージュ家が取り潰しになる可能性もある。どんな動きになるかは分からないが、注視は欠かせない。
そしてもう一つ、私の身の回りにも変化が起きそうだった。
コラーユ家内の体制の刷新が終わり、さらにネイサン様という不安要素も無くなったから、近いうちに私はここを出ることになると思う。
だから、今日のうちに荷物を纏めたい。
そう考えていると、部屋の扉がノックされ、リズの声が聞こえてきた。
「おはようございます、クラリスお嬢様」
「ええ、おはよう」
返事をし、部屋の扉を開ける。
それからは普段通りに着替えなどを済ませ、いつもと変わらない時間に朝食へと向かった。
「クラリス、おはよう。体調は大丈夫か?」
「おはよう。体調は良すぎるくらいだわ。シリルも大丈夫?」
「ああ、クラリスと同じで元気だよ。クラリスが襲われる不安が消えたお陰だろう。 そういえば……コラーユ家の方も落ち着いたそうだね」
「ええ。明日には戻れるように準備するわ」
同じタイミングで部屋から出てきたシリル様とお話をしながらダイニングに向かっていると、彼は寂しそうな表情を浮かべた。
「寂しいが、来年までの辛抱と思って耐えることにするよ」
「勉強のために毎日来ることになると思うから、大丈夫だと思うわ」
普段は頼れるシリル様が可愛く見えるなんて、すごく不思議だ。
一緒に居たいと思ってくれている事は嬉しいし、私も彼とは離れたくない。
幸いにも王都の中ならコラーユ邸とクルヴェット邸は離れていないから、時間がある限り、勉強が無くても彼に会いに行こうと決めている。
「そうだな。毎日会えることを楽しみにしているよ。休日は、一緒に出掛けよう」
「私も楽しみにしているわ」
笑顔で言葉を交わしながらダイニングに入り、いつもの席に座る。
それからは、私がコラーユ家に戻る準備のことや、ネイサン様の移送についてお話することになった。
私の荷物のほとんどは、ここクルヴェット邸に置かせて頂けるそうで、コラーユ邸に持ち帰るのは最低限だけで済みそうだ。
何か足りないものがあれば、好きな時に来て良いとも言って頂けたから、困ることも無いと思う。
お陰で私の準備の事はすぐに決まった。
けれど、ネイサン様のお話になると空気が重々しくなる。
「――ネイサンのことだが、刑罰については実害を受けていたクラリスさんの意見が尊重されると思う。あまり馴染みが無いと思うが、侯爵夫人になれば罪人を裁く機会も増えるだろう。代弁者を立てる場合でも、陛下の許可が必要になるから、出来るだけ早く結論を出してほしい」
最初に口を開いたのはシリル様のお父様だ。
王国の裁判では、大抵は被害を受けた人が罪人を裁くことになる。
もっとも、相応の罰にしないと批判の的になるから、怒りや恨みに任せて重罰を課すことは難しい。罪人側から罵詈雑言を浴びることだって容易に想像出来た。
けれど、これも勉強だと思うから、私は彼の言葉に頷く。
「分かりました。裁くことに抵抗は無いので、裁判にも出席しますわ」
「ありがとう。途中でも無理だと感じたら交代出来るから、頭に入れておくように」
その言葉に頷き、あまり食べ進められていないパンに手をつける。
誰かを裁くのは初めてのことで緊張するけれど、今までの鬱憤を晴らせると思えば、気分が重くなることは無かった。
ネイサン様の刑罰を私自ら決めることも、計画の内。
グレージュ家の邪魔が入らない限りは狙い通りになりそうで、内心でほくそ笑む私だった。
このことを知られたら性格悪いと思われそうだから顔には出さないが、シリル様には知られているのよね……。
気になって彼の方を見ると、いつもと変わらない爽やかな笑みを返される。
けれど、その奥にはこの状況を楽しんでいるような雰囲気を感じらた。
彼も、私と同じことを考えている様子。私達は似た者同士なのかもしれない。
そう思うと嬉しくて、胸が暖かくなるような気がした。
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