24. 威圧の効果②

 それから少しして、私たちは一曲だけでダンスを終え、会場の端の方へと移動した。

 相変わらず恋文を送ってきた人達は私に興味があるようで、今も視線を向けられている。


 シリル様が彼らを威圧してくれたおかげで、その視線は三対に減っているけれど、嫌なことに変わりはない。

 最悪なのは、彼の視線が向いていない方から、私のことをあきらめたはずのアーデス・アルダン子爵令息が私の方へと歩いてきていること。


「クラリス、気をつけろ。直前まで引き寄せる」

「……え?」


 視界の外のはずなのに、シリル様は私の不安に気付いたらしい。彼の言葉に戸惑いながらも、自分でも身を守れるようにと身構える。

 すると、アーデス様が私の手を掴んできた。


「やめてください!」

「おい、今クラリスに何をしようとした?」


 シリル様が一瞬にしてアーデス様の腕をガッチリと掴み、そこからピクリとも動かない。

 そして、今の声で周囲の方々の視線が集まりだす。


 私は会場の視線がある程度集まったところで、掴まれた腕を振りほどいて、シリル様を盾にするようにして後ろに下がる。

 婚約に抵抗があったとしても、自分を守ってくれている人を拒絶する理由にはならないと周囲の方々に理解してもらえると思うから、少しだけシリル様との距離を縮めた。


 怯えているフリもしているから、説得力は増すはずだ。

 アーデス様くらいなら私でも身を守れるけれど、嫌なものは嫌。怯えているのは演技でも、シリル様を頼りたい。


「私とクラリスが婚約したばかりで、気持ちが伴っていないと踏んだのだろう。だが、婚約している以上はクラリスを守る責務がある。些細なことでも許さない」

「そういうつもりは……」

「なら、俺が見ていないとでも思ったのか?」

「……」

「クラリスを連れ出して何をしようとしたのか、調べる必要がありそうだな」


 シリル様の問いかけに、返事は無い。

 そうしていると、クルヴェット家の衛兵達が集まってきて、アーデス様は会場の外へと連れ出された。


 これから彼がどんな扱いを受けるのかは分からないが、恋文を送ってきた人達の視線は消えている。

 ……身体を張って良かったわ。


「怖い思いをさせて申し訳ない。

 また同じことがあるかもしれないから、守りやすいように隣に居てほしい」

「分かりましたわ」


 演技はまだ続いているけれど、シリル様を露骨に避けるのはもう終わり。

 今の事件で少しだけ彼に心を開いたという設定に変えることにした。




 それからの私たちは、よそよそしさを演じながらも色々なことをお話してパーティーを過ごした。

 お互いの領地のことや、お互いに期待していること、それから好みまで。


 まだ話したことが無いことばかりで、演技中なのに楽しい時間になった。

 嫌な視線もいつの間にか消え、次第にお祝いの言葉を贈りに来る方が増えている。


 恐れていた批判は一つもでていないから、今日の計画は大成功だと胸を張って言える。


「この度はご婚約、誠におめでとうございます。お二人の未来が明るくなりますよう、私共一同お祈りしております」

「「ありがとうございます」」


 お祝いに来てくれた方にお礼を言い、今回のパーティー最後の一曲が流れ出す前に少し目立つ場所に移動する。

 最後の曲は難しい方だから、今回はシリル様の完璧なリードに合わせて踊ってみたい。


 ダンスの腕は社交界での立場に影響するから、上手なところも見せようとシリル様と決めている。

 実践出来るかは私次第だから、少しだけ緊張してしまう。


「そろそろ始まる。準備は良いか?」

「ええ。いつでも大丈夫ですわ」


 言葉を交わしてから少しすると、演奏が次の曲へと変わる。

 すると、周囲の方々の中にはダンスを諦める人もいて、その分視線が集まってきた。


「最初は左足から動く」


 シリル様の言葉に頷くと、彼が一歩目を踏み出す。

 それに合わせて私もステップを踏み、シリル様のリードに合わせて動く。


 周囲からは小さく歓声が上がっていて、なんだか気恥ずかしい。

 相変わらずシリル様のリードは完璧。お陰で私もミスせずに踊り切ることが出来た。


「―—流石はクラリス、完璧だったよ」

「シリル様のリードが完璧なお陰ですわ」


 曲が終わり、たくさんの拍手に紛れてそんな言葉を交わす。

 難しい曲だったから、最後まで踊っていたのは私達を入れて五組だけ。その分、拍手は盛大だ。


 その拍手も時間が経てば小さくなり、シリル様のお母様が中央に歩み出てお開きの挨拶を口にする。

 こうして無事にパーティーを終えた私は、シリル様に少しだけ手を引かれるようにして馬車寄せへと向かった。


 今日はお昼のパーティーだったから、まだ外は明るく、玄関を出ると暖かな風に包まれた。

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