20. お見送りします

「可愛い……」


 シリル様との抱擁を終えて向かい合うと、呟きが聞こえてきた。

 私はこんなに熱を感じているのに、シリル様は平然としている。


 褒められたことは嬉しいけれど、なんだか負けているようで悔しい。


「シリル様、どうして平然としていられるのですか……?」

「俺の方が感情を隠すのが上手なのだろう」


 問いかけると、そんな答えが返ってくる。

 彼が恥ずかしがるところを見たいのに、今の私ではかないそうにない。


「羨ましいですわ」

「クラリスも社交界では表情を隠せている。もっとも、俺の前ではデビュタント前の令嬢のようだが」

「誰のせいだと……!」

「俺のせいだな」


 いつの間にかシリル様の一人称が変わっていることに気付き、余計に顔が熱くなる。

 彼の心をつかめたことは嬉しいけれど、このままでは私の心臓が先に限界を迎えてしまいそうだ。


「胸を張らないでください!」

「では腹を張ろう」

「それは恰好悪いので、やっぱり胸にしてください」


 こんなやり取りをしていると、なんだか面白くて。

 私はさっきの不安を忘れられるくらいの笑顔になれた。


 シリル様は笑いを堪え切れなかったようで、声を漏らす。

 どうやら、今回は私が勝てたらしい。


 それからはお茶をしながら色々なことをお話して、気が付けば風が冷たくなっていた。




「―—そろそろ冷えるだろう。中に戻ろう」

「ええ。こんな時間まで、ありがとうございました」


 まだ空は明るいけれど、もうすぐお話を終える予定だった時間を過ぎてしまう。

 だから応接室に戻って今後の予定を確認し直して、シリル様をお見送りする。


「今日もありがとうございました」

「こちらこそ、楽しい時間をありがとう。出来ることなら、ずっとここに居たいと思ったよ」

「これから家族になるのですから、ずっと一緒に居られるようになります」


 そう口にすると、シリル様のお顔が赤くなる。

 家族という言葉が効くだなんて、彼は本当に私のことを大切に想ってくれているらしい。


 でも、その表情をずっと見ることは出来なくて、照れ隠しのように抱きしめられてしまった。


「……シリル様?」

「しばらく会えなくなるから、許してほしい」


 ここ、使用人達の前なのですけど!? すっごく恥ずかしいのですけど!

 しばらく会えないって、たったの半日のですけど!

 

 心の中で叫んでもシリル様に伝わることはなくて、中々離されない。

 ハグって、こんなに時間をかけるものなのかしら……?


 そんな疑問が頭をよぎると、ようやく解放される。


「ありがとう。明日、会うときを楽しみにしているよ」

「お待ちしておりますわ。お気をつけてください」


 お互いに笑顔で言葉を交わすと、シリル様は玄関の外へと足を向ける。

 私も彼の後を追い、馬車が門をくぐるまでお見送りを続けた。


「お嬢様、とても可愛らしかったです!」

「以前はハグが一切無かったので心配しておりましたが、シリル様に愛されているようで安心しました」

「お幸せになってください!」


 中に戻ると、侍女たちから一斉に声をかけられる。

 揶揄われると思っていたけれど、私の考えすぎだったらしい。


 むしろ、抱きしめられているところを見られない方が問題だったことに気付き、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。

 ……冷静に考えたら、パーティー中でも抱擁を交わすことは珍しくないし、マナー違反でもない。


 親しい間柄なら挨拶のようなもので、私も家族となら何も気にせずに出来ていること。

 それなのに、どうしてシリル様が相手だと羞恥心に襲われてしまうのか、自分のことなのに不思議だ。


「みんなありがとう。必ず幸せになるわ」

「お嬢様のウェディングドレス姿、今から楽しみにしております!」

「さすがに気が早すぎると思うわ」

「婚約というのは結婚までの準備期間でございます。そう遠くないうちに、ウェディングドレスを仕立てることになると思います」


 侍女長にそう言われ、確かにと思い頷く。

 すると、見張り役が何かを見つけたらしく、慌てた様子で階段を駆け下りてきた。


「旦那様と奥様がお戻りになられます!」

「みんな、お出迎えの準備をして!」

「「畏まりました!」」


 予定よりも半日以上早いことが少し気になるけれど、無事に帰ってきたのは嬉しいこと。

 だから、自然と笑顔を浮かべられた。

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