14. 常識の無い人②

「エリノア……何故この女の味方をする……?」


 尖ったヒールは男性でも耐え難い痛みのようで、ネイサン様は絞り出すようにして問いかける。

 エリノアの行動は決して褒められるものではないが、これが無ければ私は怪我を負っていたと思う。


「姉妹で助け合うのは当たり前ですわ」

「お前は俺を愛しているはずだ。なぜ邪魔をする……」

「嫌いになりましたの」


 相手は家格が同じくらいの伯爵家だから、揉めたとしても一方的になぶられることは無いと思う。

 とはいえ、交易は盛んに行われていて、それが無くなればお互いに痛手を負うことになる。


 エリノアは教育が遅れているとはいえ、これは食事の場でもお話しされることだから、知らないとは思えない。


「……は?」

「女性に、それも大切なお姉様に暴力を振るわれて好きでいられるほど、私は盲目ではありませんの。

 はぁ……外見ではなく内面も見るべきだったわ」


 あからさまに溜息をつきながら、そんな言葉が放たれる。

 エリノアが好きだったのはネイサン様の外見だけだった様子。そんな気はしていたけれど、予想が当たったらしい。


「あれだけ愛していると言っていたのに、嘘だったのか?」

「ネイサン様、耳が聞こえなくなったのですか? あの時は好きだったけど、お姉様に暴力を振るうところを見たら嫌いになりました」

「なっ……」


 真実の愛だと思っていた相手に振られることは想像していなかったらしく、ネイサン様は言葉を失った。


 私から見れば、真実の愛と言っていたものは外見だけを見ている薄っぺらいもの。こうなって当然だと思う。

 それでも彼は諦めていないらしく、視線が私に向けられた。


「クラリス、全てお前のせいだ! お前が邪魔しなければ、エリノアに嫌われなかった。パーティーでも何か仕組んだのだろう!

 あの時に恥をかかされたせいで、俺の居場所が無くなった! 家でも邪魔者扱いだ。おまけに父さんに殴られた! お前も同じ痛みを味わえ!」


 何をどうすれば私が原因で嫌われたと思えるのか、不思議で仕方がない。

 けれど彼の目には怒りが込められていて、何を言っても無駄だと思う。


「お断りします。全てネイサン様の自業自得です」


 彼は私に一切関わるなと言ってきたのだから、受け答えする必要もないと思う。

 けれども、私がキッパリと言い切ったことが気に入らなかったのか、ネイサン様は私に向かって拳を振りかざしてきた。


 そんな時。

 お父様が騒ぎを聞きつけたようで、護衛を引き連れて姿を見せた。


「娘に危害を加えるおつもりなら、こちらも考えがあります」


 怒りの込められた声色は恐ろしく、それが私を守るためのものでも場の空気が凍り付いたように感じてしまう。

 同時に護衛が私とエリノアを護るようにしてネイサン様との間に割って入り、剣に手をかける。


「お嬢様はお下がりください」

「ありがとう」


 ここまで状況が悪くなれば、家同士の関係に亀裂が入ることは必至だ。

 それでも、お父様は私達を護ることを優先してくれたらしい。


「……黙っていては何も分かりませんよ、ネイサン殿。何か反論があるなら、言葉にしてください」

「クラリスのせいで俺の名前に傷が付いたので、彼女に責任を取らせてください」

「それは構いませんが、クラリスの髪を思い切り引っ張るという暴力について説明を頂きたい。この事は王家に報告する義務がありますので」


 ネイサン様はあくまでも私に責があると思い込んでいる様子。

 とはいえ、パーティーでの醜聞が拭えたとしても、私に暴力を振るったという事実を貴族達が許すとは思えない。


 基本的には男性優位な社交界でも、それは権力だけのお話だ。

 彼の行動が広まれば、今まで以上に批判を浴びることになると思う。


 ネイサン様の家――グレージュ家との関係悪化は避けられないけれど、お父様はそれを厭わないらしい。


 婚約破棄を言い渡された時はどうなるかと思ったけれど、今もこうして家族が味方でいてくれる。

 引っ張られた髪の付け根がヒリヒリと痛むけれど、痛みより嬉しさで目頭が熱くなった。 

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