12. 練習相手になります

 それから少しして。

 クルヴェット侯爵様が応接室に戻ると、正式に婚約を結ぶということで話が纏まった。


 ただ、今回のお話が破談になれば、私の将来が真っ暗になってしまうから、公表はされないことに決まる。

 何もかも私に有利な形とはいえ、シリル様の意思でもあると分かっているから、もう恐ろしいとは思わない。


「改めて、これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 まだお互いにぎこちない気がするけれど、何度も会えば自然になると思う。

 だから……今は気にしないようにした。


「それでは、私達はそろそろ失礼させて頂きます。

 本日はありがとうございました」


 私達が言葉を交わしていると、お父様がそう口にする。

 今日来たのは縁談のためで、これ以上お話することはない。


 だから私はお父様に合わせて会釈をしてから、応接室を後にした。




「--お嬢様、どうなりましたか?」

「公表はしないけれど、婚約を結ぶことになったわ」


 私室に戻ってすぐ、リズが不安そうな表情を浮かべながら問いかけてきて、私は笑顔で答えた。

 この婚約に不安が無いと言えば嘘になるものの、今は明るい未来を想像できている。それに、リズを心配させたくないから、不安を浮かべることなんてできない。


「こんなに早く決まるなんて、異例ですね」

「ええ。でも、まだ後戻りは出来るの。

 明日、シリル様とお出かけすることになったから、そこで問題があればこの話は無かったことにするわ」

「直接お会いしてお話が出来るのなら、ネイサン様の時のようにはならないと思います。エリノアお嬢様は見る目が無いとおっしゃられていましたが、あの時はそもそも一度しかお会いしていませんでしたから」


 私は不安でいっぱいだから、前向きに考えられるリズが羨ましい。

 でも、今の暗い表情のままシリル様にお会いしても印象は良くならないと思うから、明るい未来を考えて気を紛らわす。


 そうしていると今度は顔に熱が集まってくる気がして、私は口元を手で隠す。

 リズには何もかも知られているから隠す必要は無いけれど、他の使用人たちに見られるわけにはいかないのだ。


「……そうだったわね。リズのおかげで希望が持てたわ。ありがとう」

「お役に立ててよかったです。その……恥ずかしがっているお嬢様はとても可愛らしいので、シリル様の前では隠さない方が良いかと思います」


 シリル様に見せるのはもってのほか。……そう思っていたけれど、婚約するのだから隠し事はしない方が良いことに気付いた。

 お互いにすべてを晒した方が信頼し合えるかもしれない。


「恥ずかしいけど、頑張ってみるわ」


 私がそう口にすると、部屋の扉がノックされる。

 すぐにリズが廊下に向かうと、エリノアが入室を求める声が聞こえてきた。


「何かあったかしら?」

「ダンスの練習で詰まってしまいましたの。お母様の教え方はすごく上手なのですけど、男性パートは分からないみたいで……」


 私が問いかけると、エリノアはそんなことを口にする。

 どうやら練習相手に困っているらしい。


 お父様とお兄様、それに執事や一部の男性使用人はダンスを教えられる技量を持っているはずだけれど、私が頼られるということは全員手が空いていないのだと思う。


「どうして私が男性パートも踊れることを知っているの……?」

「踊れるのですか!?」


 エリノアが素っ頓狂な声を上げ、彼女の後ろで申し訳なさそうにしていたお母様は目を見開く。

 どうやら私は余計なことを口走ったらしい。


 男性パートの練習に付き合ってくれていたリズは苦笑いを浮かべるだけで、助け船は出されなかった。


「……ネイサン様にダンスを教えるために勉強したことがあったのよ」

「お姉さま、練習相手になってください!」

「準備をするから、少し待って欲しいわ」


 そう口にし、私はリズに視線を送る。

 男性パートをドレスのまま踊ることは難しいから、ズボンに着替えないといけない。


 だから一度私室に籠り、私は男性使用人の制服に着替えてからダンスの練習場所にもなっている広間へと向かった。

 中に入ると、すぐにエリノアと視線が合う。


「男性の装いでも美しいだなんて、反則ですわ……」

「お待たせ。早速だけど、始めても良いかしら?」

「お願いします」


 何だか気になる呟きが聞こえたが、それは無視して声をかけた。

 この広間は侯爵家ほどの広さは無いものの、伯爵家相応だから十組くらいなら同時に踊っても余裕がある。


 私とエリノアだけなら、動きすぎてもテーブルに当たることは無いと思う。床は絨毯が敷かれていて、転んでしまってもあまり痛くない。

 だから、この練習には大きな不安を感じなかった。

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