第14話:ペンダントの真実

「失礼します」


 執務室をノックし、アリシアとマリカは中に入った。


「アリシア!」


 室内にはシオンとヴィクターが向かい合っていた。


「どうしたんだ? マリカ殿に話は……」

「ええ、したわ。それでシオン様に伺いたいことがあるんです」


 アリシアはシオンに向き直った。

 アリシアのまっすぐな視線に、シオンが戸惑ったように目をそらせる。

 その仕草にアリシアはピンと来た。


(ああ、もしかしたら――いえ、きっとそうだわ)


「シオン様はこのエメラルドのペンダントが本物だと知っているのですね?」

「えっ?」


 傍らのマリカが驚いたように夫を見つめる。


「シオン、本当? どういうことなの?」


 観念したようにシオンがマリカを見つめた。


「本当だよ。僕は一目惚れをしたエメラルドのペンダントを買ってきみに贈った」

「ど、どうして? なんで嘘を――」

「だって、本物だって言うと、きみは受け取ってくれなかっただろう?」


 絶句するマリカとは対照的に、アリシアは予想通りの答えに納得していた。


(やっぱりそうだ……)

(マリカ様は自分に引け目を感じて、イミテーションがぴったりだと言っていたけれど)

(もし、シオン様が平民のマリカ様を貴族の養女にしてまで結婚したのだとしたら)

(シオン様はマリカ様を深く愛している)

(最愛の妻に、イミテーションなんか贈らない……!)


「そ、そんな……! 言ってくれたら、私だってもっと慎重に扱っていたわ!」


 マリカが狼狽ろうばいしたように声を震わせる。


「きみが気軽にペンダントをつけてくれて僕は嬉しかったよ。本物だと知ったら、きみはきっと金庫の奥に入れて出そうとしなかったんじゃないか?」

「……っ!」

「すごく綺麗だよ」


 シオンがそっとマリカの手を取る。


「本当によく似合っている。きみの瞳そっくりのエメラルドが」

「シオン……」


 マリカが目をうるませ、そっとシオンの胸に手を置く。


「あ、あの、ちょっといいですか?」


 盛り上がっている二人の邪魔はしたくなかったが、アリシアはどうしても聞いておきたいことがあった。


「シオン様が奥様をとても愛していらっしゃることはわかりました。でも、最近はあまり目も合わさないって……あれはどういう」

「そう、それが気になってたんですよ! 俺が探りを入れても全然話してくれないし」


 アリシアの言葉に背を押されたのか、ヴィクターも口を開いた。

 シオンが困ったように微笑んだ。


「……エメラルドのペンダント、すごく高かったんですよ」

「ええ、知ってます」

「妻にはイミテーションを買ったことにしてある。でも、帳簿を見たら変だとすぐわかる。だから、できるだけ妻に仕事をさせないように根を詰めていたんです」


 照れ笑いを浮かべるシオンを、マリカが心配げに見つめる。


「そうよ! あんな高いもの……!」

「大丈夫。他を切り詰めてるし。エーデルハイド王国での商売がうまくいったら、問題ないよ」


 笑顔で語るシオンの傍らで、今度はヴィクターが気まずそうに視線を落とした。


(……?)


 目敏く気づいてしまったアリシアの胸に不安が広がる。


(ヴィクターも何か秘密があるの?)


 シオンがそっとマリカの手を取る。


「無茶なことはしていない。だから、怒らないでマリカ」

「そんな、怒るなんて……」


 マリカがペンダントにそっと触れる。


「でも、いいのかしら。私にこんな高価な宝石……」

「きみほどふさわしい持ち主はこの世にいないよ」

「えー、コホン!」


 ヴィクターがわざとらしく咳払いをする。


「では、エメラルドのペンダントに関しては問題ないということで」

「あ、ああ。心配してくれてありがとう、ヴィクター王子」

「いえ。また何かお困り事があれば私か――」


 ヴィクターがアリシアに片目をつぶってみせる。


「我が婚約者、アリシアに遠慮無くご相談ください」

「ああ。悪かったね。僕たち夫婦のことでわざわざ来てもらって……」

「いえ、とんでもない。では失礼致します」


 執務室出たアリシアたちは足早に廊下を歩いた。

 玄関を出たところで、二人は顔を見合わせてふきだした。


「あーーー、よかった!」

「うん、ただの愛し合っている夫婦のすれ違いだったな」

「ごめんね、ヴィクター」

「何が」

「だって、私が余計な心配したから、手間をかけさせて……」

「何言ってるんだ!」


 ヴィクターが驚いたように水色の目を見開く。


「きみがエメラルドのペンダントのことを指摘しなかったら、あの夫婦はずっとぎくしゃくしていたよ」

「そ、そうかな……」

「いずれは自然と誤解が解けるときが来たかもしれない。でも、長引いて疑心暗鬼になって、あれほど愛し合っていたのにうまくいかなくなったかもしれないよ」

「……!」


 自信なさげなマリカの顔が浮かぶ。

 お茶会の最中も、笑顔の下でずっとつらそうだった。

 夫しか頼りにできない状況で、慣れない外国暮らし。

 もしかしたら、マリカは思っていたよりずっと追い詰められていたのかもしれない。


 それならば、自分が夫婦のわだかまりを解いたのは無駄ではなかっただろう。

 ホッとした表情のアリシアを、ヴィクターが優しく見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る