第3話 キャンドルヘッド
「ようこそ、魔術学園へ。私がこの学園の学園長さ」
魔術学園に降り立った俺たちを出迎えたのは、学園長を名乗る人物だった。
いや、人物なのか? 頭が火のついたキャンドルだが。
いや、比喩表現とかではなく、本当に頭が蝋燭だった。天辺で灯火が感情表現をするように揺らめいている。
「おやおやー? 私の頭がそんなに珍しいかい?」
「学園長。あなたほど珍しい頭をしてる人は居ません。というか、本当に人なのかどうかも半信半疑です」
「そーなの? 傷つくなー。私ってそんなに人に見えない? 頭がキャンドルなだけなのに?」
「だけで済ませていい違和感じゃないです、学園長」
初っぱなから、かまされた気分だ。まさか異形頭にスーツの男が学園長とはな。
「ま、私のことはいいよ。それよりキミだ、逢澤桜世くん」
異形頭の学園長はテーブルに両肘を突き、指同士を絡めてその上に顎を乗せた。そこが本当に顎なのかも定かではないが、とにかく顎に相当する部位だ。
「過去、数件しか存在報告がない希有な体質、稀血。放っておけば街一つ簡単に滅ぼしてしまう危険な存在だ。でも、安心して欲しい、この魔術学園には強力な結界が張ってある。幻獣も簡単には近づけない」
「滅ぼされることはない、と」
「そういうことー。で、キミには特待生として在籍してもらい、私たちの研究に協力してもらいたい」
「稀血の研究」
「正解だ。稀血を研究、解析すれば体質を治すことも可能かも知れない」
「逆に稀血の体質を再現して幻獣を言いなりにすることも」
「ははー――それで? どうなんだい?」
否定はしないか。
「いいでしょう。協力します」
「あ、敬語使えるんだ、この人」
「お前は俺を何だと思っているんだ。これから世話になるからには敬意を示して当然だろう」
「それはそうですけど。キミに言われるとなんだが凄くもやっとするなぁ」
「うんうん、良い返事だ。期待してた通りだよ」
「ただし」
「ただし?」
「敬愛する祖父は常々こう言っていました。善行を成せ、と。研究結果が良きことに使われるのならば何も言いません。が、悪事の片棒を担ぐのは御免です。俺がいつも見ていることをお忘れなく」
「おお、怖い怖い。あぁ、そうだね。肝に銘じておくよ」
感情の機微は炎の揺らめきである程度読み取れるが、表情だけはどうしようもない。そのはずだが、どうにも俺はこのキャンドルヘッドが笑っているように思えてならなかった。
目も鼻も口も耳も、ありはしないのに。
「今日はもう遅い。沙花堂くん、彼を寮へ案内してあげて」
「わかりました、失礼します。こっちですよ」
最後に軽く頭を下げて、学園長室から退室する。
陽気な様子で手を振って見送られたが、どうにも食えない学園長だった。老人か若者か、果ては男か女かもはっきりしない。人間なのかも、だ。
魔術学園。
やはりここはこれまでの日々とはかけ離れたところにあるらしい。
折角、何もかもが未知の世界に飛び込んだんだ、稀血の体質改善を第一にするとして、それはそれとしてこの環境を大いに楽しむのも悪くないか。
知識欲の解消には甘美な報酬がついてくる。その視点から見ればここほど娯楽に満ちた世界もない。
「沙花堂。ここに図書室はあるか?」
「図書室ですか? えぇ、館なら。ここの生徒なら誰でも利用できますよ。キミは特待生ですから一般の生徒じゃ閲覧不可の書籍も見られますよ」
「ほう、それは楽しみだな。今からいくか」
「もう閉まってます」
「冗談だ」
「冗談に聞こえないんだよなぁ」
沙花堂がついたため息が廊下に反響する。
内装は外見と変わらず城のように豪華で、そのように作ったというよりかは城をそのまま学園として転用したように想えるほどだ。
手入れも行き届いていて、くすみや埃の類いは一切ない。なさ過ぎるほど。これも魔術とやらで綺麗にできるのか? 出来るのなら是非知りたいところだが。
「寮はここです」
扉が開いた先には、また扉があった。扉だけがあった。
一つの空間に扉が何列にもなって並んでいる。
その異様な光景に首を傾げたが、沙花堂が扉を一つ開いて得心がいった。
「なるほど、こうなっているのか」
「驚いたでしょ? 僕もそうでしたから」
扉は文字通りの入り口で、その先には1kほどの、この学園の作りには似つかわしくない現代的な部屋が広がっている。
これも魔術か。魔術が戦いだけのものではないと、これではっきりしたわけだ。
面白い。奥が深そうだ。
「鍵はこちら。明日は朝七時に迎えに来ます。そしたら召喚の儀をしましょう」
「召喚の儀?」
「人に友好的な幻獣と契約を交わして召喚獣になってもらうんです。魔力供給や加護を受けられますから魔術師にとって必要不可欠な要素です。キミは稀血ですから、きっと凄い幻獣と契約を交わせますよ」
「稀血の特性を考えればそうだろうが。幻獣側になにかメリットはあるのか? その召喚獣とやらに」
「もちろん。魔術師は見返りとして自身の魔力を渡しています。幻獣に取っては酒のようなものらしいですよ。飲んだりはしませんが酔えるそうで、稀血ともなればそれはもう」
「極上の美酒による陶酔と言ったところか。人に例えれば」
「そうかも知れません」
「沙花堂も契約しているのか?」
「えぇ。一応」
「一応?」
「ま、まぁいいじゃないですか僕のことは。それより朝七時ですよ、寝坊しないでくださいね。それじゃ、おやすみなさい」
「あぁ」
はぐらかすように話を切り上げて、沙花堂は去って行った。
踏み込まれたくないことだったらしい。
魔術師にとって必要不可欠な要素と言っておきながら解答を回避したということは相当だろう。
今後、この手の話題はタブーだな。
「ここが俺の部屋か……ふん、悪くない」
一通りの家電と家具は揃っている。
風呂とトイレが別なのは好印象。ベッドの反発も悪くない。騒音は、この空間の作りに魔術が関わっている以上、問題になることはないだろう。
唯一の欠点はキッチンが手狭なことくらいか。
「外の景色は本物か?」
ベランダから見える景色は、先ほど上空から見下げたものとは違って見える。
例えるなら湖畔の側にあるロッジのような、そんな印象だ。まだすべてを見たわけではないが、この魔術学園の敷地内にも敷地外にも、こんな景色はなかったはず。
転移か、作られた景観か。
どちらにせよ、吹く風は心地良い。
「気に入った」
しばらくここで景色を眺めていようか。
§
夜。
ふと何かに呼ばれたような気がして目が覚めた。
「何者だ?」
それは声となって届き、今も続いている。
返事はない。
ベッドから下りて部屋を出る。羅列された扉のいくつかは開けっ放しだった。不用心だなと思いつつ、声がするほうへと進む。
そうして出た廊下からバルコニーに出ると、とんでもないものを目にする。
「あれは、幻獣か?」
学園の敷地外に幻獣いる。
それも一体や二体ではなく、何千何百という数だ。
山のような巨躯もいれば、ここからでは確認できないほど小さなモノもいる。
「これも稀血の特性という奴か」
この事態、どうしたものか。
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