26.悪だくみ


 ▲▲▲


「……このように、ルシアン第二王子は『ねずみとり作戦』と称して、夏至祭当日に『治癒の会』で集めた寄付金をわざと聖堂の警備の甘い部屋に保管し、経理部長殿と娘のセリーナ殿、それから赤髪の魔導士をおびきよせ、まとめて捕まえるつもりです」


 騎士団本部の森の奥。

 鬱蒼と茂る木立に囲まれた場所で、右目に眼帯をした騎士団経理部長バイロン・エルウッドと、王族の間付きの近衛騎士の一人が密会をしていた。

 バイロンの背後には、くだんの赤髪の魔導士も控えている。


 木の枝をざわめかせる風が、近衛騎士の金髪を弄ぶ。

 だが騎士はまったく気にした様子もなく、焦点の合わない瞳で虚空を見ている。


 バイロンは苛立ったように腐葉土の地面をうろつきながら言った。


「くそっ、何が『ねずみとり作戦』だ! 王妃に嫌われ、王宮で爪弾きにされている第二王子スペアのくせに、目障りな……!」

「バイロン殿、彼はもう帰してもよろしいか?」


 赤髪の魔導士が無表情で尋ねた。

 年の頃は三十代初め頃か。異国の面影を持つ、彫りの深い顔立ちだ。

 古い袖章のついた騎士服を着ている。バイロンが与えたものだ。昔着ていたものをカモフラージュのために魔導士に着せているのだが、今の工務部隊の騎士服が新しいデザインになっていることを、バイロンはまだ知らない。


 金髪の近衛騎士をちらりと見たバイロンは「ああ」と呟き、どうでもよさそうに手を振った。

 魔導士は近衛騎士の前に立った。

 そして長い人差し指を相手の額に当て、呪文を唱える。


「〈我は支配するイ・コントロル〉……王子の側へ戻り、引き続き内偵を続けろ」

「はい」


 すでにかかっている闇の支配魔法を更新された近衛騎士は、虚ろな目つきのままくるりと踵を返して、森の中の道なき道を歩いていった。


 バイロンはそれには目もくれず、落ち着きなく辺りを歩き回っている。


「くそっ、まさか王子に目をつけられるとは……しかも、あの忌々しいアシュリーまで一緒になって、生意気にもこの俺を追いつめるだと!? ちくしょう、一体どうすれば……」

「お父様、ここにいらしたのね!」


 甲高い声が響き、驚いた小鳥が数羽、木の枝から飛び立った。

 やって来たのは回復職ヒーラーの証である白いローブドレスを着た愛娘だった。

 バイロンは眉間の皺をゆるめ、優しい声を出した。


「セリーナか。どうした? あまりここへ来てはいけないと言っただろう?」

「だってお父様、アシュリーったらただの事務員のくせに、今日、ルシアン第二王子から王族の間へ呼び出されたみたいなのよ? 『緑陰の騎士』レナード様だって、いつもは誰か一人の女の子を特別扱いなんてしないのに、毎回欠かさず公開練習に応援に行ってる私をさしおいてアシュリーなんかとランチをしてたらしいわ! なんであの子ばっかりいい目を見るわけ? 絶対に、前の騎士団長の娘だからって贔屓されてるんだわ、許せない!!」

「う、うむ……」


 娘の剣幕にバイロンはたじたじになった。


 セリーナが小さいときに妻が病気で死んでしまって以来、バイロンは娘をかわいそうに思ってきた。

 自分が家の外に愛人を作り、贅沢三昧の暮らしをさせているという引け目もあった。 


 だから娘は甘やかし放題で育ててきて、そのせいか、少々わがままに成長してしまったらしい。

 第二王子や看板騎士から特別扱いされる従妹のアシュリーを目の敵にし、対抗意識を燃やしているようだ。

 だがそのとき、バイロンの頭にある考えが閃いた。


「……そうか。これならあの第二王子にも、身の程知らずの姪にも痛い目を見せてやれるな」

「なぁに? どういうこと?」


 きょとんとするセリーナに、バイロンは隻眼でニヤリと笑った。


「『窮鼠きゅうそ猫を嚙む』だよ、セリーナ。不当に虐げられている私たちが正当な取り分を得るための、いい方法を思いついたんだ」

「ふぅ~ん、そう……」


 おそらくことわざの意味がわかっていないのだろう娘には構わず、バイロンは今しがた思いついたアイデアに夢中になり、ぶつぶつとひとりごちた。


「そうだ、騎士団は俺を正当に扱うべきなんだ。俺は片目を捧げたんだからな……だが頭の固い兄貴は、あろうことか準備不足だと俺を責めた……『準備が九割』だと? ふざけたことを抜かすな、あれは不測の事態だったのに……!」


 セリーナは徐々に怒気を膨らませる父親に戸惑ったように、近くにいる赤髪の魔導士を見上げた。

 だがザックスと呼ばれた男は、無関心な表情で目をそらした。

 雇い主の個人的事情には関与しない、とでも言いたげに。


 セリーナはキッと柳眉を吊り上げると、父親の腕を引いて言った。


「お父様、とにかくアシュリーをなんとかして! あの子、目ざわりなのよ!」


 バイロンは我に返ったように娘を見つめた。

 それから、余裕たっぷりに言った。


「……ああ、任せておけ。。夏至祭で、あの悪い娘を騎士団から追い出してやろうじゃないか」

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