第8話 (sideリリス) 魅了の力
魔王城の書庫は今日も静寂に包まれている。私はいつも通り魔道書の整理をしていたが、どうにも集中できない。
(........おかしい。)
最近、自分の中に芽生えた違和感。それが日増しに大きくなっている。
「ユウキ........」
彼の名前を心の中で繰り返すたび、胸がざわつく。この感覚は何だろう。
私は感情を排除することを信条としてきた。冷静であることが強さだと信じ、魔王軍の幹部として魔法研究に没頭してきた。けれど、彼と出会ってから、それが少しずつ崩れ始めている。
ーーー
数日前のこと。彼が《グランドファイア》を成功させた時、心の奥底で奇妙な高揚感が湧き上がった。
「........大したことない。」
そう言ったはずなのに、気づけば彼の練習に付き合い、アドバイスをしていた。それどころか、彼の背中にしがみついて観察を続ける自分がいる。理由を聞かれても答えられない。ただ、一緒にいたいと思ってしまうのだ。
(こんなの........私らしくない。)
ーーー
その感情を振り払おうと、私は彼の行動を観察し、魔族たちの反応を調べ始めた。そして気づいた。彼と接触した魔族の多くが、普段の態度とは違う行動を見せていることに。
アイシャが彼を訓練に誘い、クロエですら彼をやたらと気にかけている。下級の魔族たちでさえ、彼に対して不自然なほど好意的な態度を示している。人間相手にこんなすぐ打ち解けられるものなのだろうか。
(これは........偶然ではない。)
私は実験をすることにした。
ーーー
「ユウキ、少し手伝って。」
「また研究か?最近付き合わされてばっかりなんだけど....」
彼が苦笑しながら応じる。私は彼を机の前に座らせ、簡単な魔力の検査を行った。
「....何を調べてるんだ?」
「黙って........」
彼の手から伝わる魔力の流れを確認する。一見すると彼は普通の人間であり、何もおかしな点は無い。
しかし........
「魔力の成分が....普通の人間とは違う....?」
彼の魔力には、何か特別な性質が含まれていた。
ーーー
調査を進めるうちに、古い魔道書の記述を見つけた。
「対魔族の....魅了........」
その瞬間、全てが繋がった。
彼は無意識のうちに魔族に影響を与える力を持っている。彼の言葉や行動が魔族に親近感を与え、忠誠心すら芽生えさせる。その力が原因で、私たちは彼を特別視してしまうのだ。
「........そんな........」
それが真実だとして、私はどうすればいいのだろう。この真実を皆に伝えてしまうべきなのだろうか。そうすれば、ユウキは人間側のスパイとして処刑されてしまうだろう。
胸が締め付けられるような感覚に襲われる。
(この感情は、ただの魅了の影響で....)
私はどうすれば良いのか、その答えは分からない。ただ一つ分かるのは、私はもう後戻りできないということだ。
ユウキがいなければ、私はどうなってしまうのだろう。
「........これは、誰にも言えない。」
私は全てを胸に秘めることにした。そして、彼の側にいる時間が増えていく。理由はもうわからない。ただ、それが私にとって自然であり、必要なことだった。
ーーー
ユウキの後ろ姿を見送りながら、私はそっと呟いた。
「........一生、ここにいればいい。」
それは研究対象への執着ではなく、もっと深い感情へと変わり始めていた。
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