第6夜 浮かぶベッド
「それで、ソータは何を縫っているんだい?」
シーラが帰った後、ルカに頼んで余り物の帆布の生地を貰って縫い合わせていると、仕事の終わったルカが声を掛けてきた。
「ハンモックです」
「ハンモック?」
ルカはハンモックを知らないようだった。
この世界には無いのだろうか?
ちなみにハンモックの発祥は中南米で、コロンブスがヨーロッパに持ち帰って以降、船上で安眠するための寝具として広まったという歴史を持つ。
そんなハンモックだが、実は深町ふとんでも取り扱いがある。
少し前のソロキャンプブームをきっかけに、持ち運び用のコンパクトハンモックを売っていた。
ふとん一筋の頃のご先祖様方が聞いたら驚いてひっくり返りそうだが、近年は結構手広くやっていたのである。
そしてハンモックは、身体が宙に浮くため腰痛が改善することがあるのだ。
「この布の両端を梁からぶら下げて、その上に寝るんです」
「えっ、空中で?」
「そうです。……はい、できました」
出来上がったハンモックを床に大きく広げ、畳んでいく。
「シーラさんに届けたいんですけど、彼女の家って遠いですか?」
「ああ、明日連れていってあげるよ。僕もそれが一体どんなベッドになるのか、ぜひ見てみたいしね」
「この上に……寝るの?」
梁から吊るされたハンモックを見つめ、シーラは不安そうな色を瞳にちらつかせている。
「お手本で、俺がちょっと寝てみます。乗り方を、見て覚えてもらえますか」
シーラが頷いたので、俺はハンモックに座るように腰掛けた。
靴を脱いで両足を上げ、向きを変えてハンモックに寝そべると、ゆらん、ゆらんと揺れる。
「あ、寝れてる……」
シーラは目を丸くして驚いている。
俺はハンモックから足を下ろし、静かに降りた。
「腰の痛みが改善する人もいますから、試しに使ってみてください」
「すごいわ。これは……夜中に落っこちないように気をつけないとね」
シーラは形のいい歯を覗かせて笑った。
ルカの家に帰ると、エミリアがごきげんのミーニャを抱いて迎えてくれた。
「見て、ミーニャの肌の赤みが良くなってきたの。本当にあのぬいぐるみが原因だったのかもしれないわ」
ミーニャはだっこされたまま俺の方を向いて大きく口を開け、百点満点の笑顔を見せてくれた。天使かよ。
「治ってきてよかったです! けど、ぬいぐるみが原因だとすると、ミーニャは体質的にそばが合わない可能性がありますね」
「そうなのね……。分かった、この子が食事ができるようになってからも気を付けるわ」
しかし、魔法協会には門前払いされてしまったし、今後どうやって生きていくか考えなくてはいけない。
ルカもエミリアもあれから何も言わず、家に置いてくれている。
俺は何もしないのも申し訳ないのでミーニャのお世話を率先してやったり、掃除や洗濯など色々と動いてはいるが、いつまでもここにいてはきっと迷惑がかかってしまうだろう。
そう考えていた矢先、夕食の時にルカが改まった様子で話しかけてきた。
「ソータ。ちょっと相談なんだけれども」
「はい」
「君、このまま僕の家で寝具を作らないか?」
「……えっ?!」
驚きの提案に耳を疑い、俺は2人の顔を交互に見た。
「いいんですか?」
「もちろん。商人としての僕の勘だけど、君の寝具はこっちの世界でも売れると思うんだよ。どうかな?」
エミリアも笑顔で頷いている。
行くあてのない俺が、こちらの世界で寝具を作れるなんて。願ったり叶ったりだ。
俺は深々と頭を下げた。
「2人とも、本当にありがとう。これからもよろしくお願いします!」
数日後、再びルカの家にシーラがやってきた。
「朝、スッと起きられるの! もう腰も全然痛くないわ!」
俺もまさか完全に治るとは思わなかった。
おそらく、痛めた腰は既に治っていて、寝具が合わず腰痛が発生していたがゆえに、そのことに気付けなかったのだろう。
「こんなに身体が軽いのは久しぶりよ! 踊りたくなってきちゃうわ」
シーラが白魚のような手足を自由に伸ばし、羽根のように軽やかに舞う姿は、確かに天下無双のダンサーたる所以を感じさせるほど美しかった。
「ソータ、本当にありがとう。私、またダンスを頑張ってみるわ!」
シーラは眩しいほどの笑顔を振り撒いて帰っていった。
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