そこらに散らばるアームだった欠片は当然ピクリとも動かず、ただ破壊と残骸だけ残して意志を消した。

「いやー相変わらずとんでもねー威力。あれ食らって生きてるやつ見たことないわ」

「お疲れ様カスミ、ユリ」

「おつかれーい」

 爆散する現場を特等席で見ていた二人は先に互いを労う。

「お疲れ様。二人とも誘導ありがと」

 遅れてやってきたユリも二人に感謝の意を伝えた。

「それにしても派手に吹き飛ばしたね〜、これはまた回収とお掃除隊が大変そうだ。だって跡形ないもん」

「変に手加減したら被害大きくなっちゃうし、仕方ないと割り切ることが大事なんだよ」

 そう言いながらユリはかなりの大きさのスナイパーライフル型のイーシャルの変形を解いた。

「ユリちゃんは命中力が高いからまだ許されてるけど、あんなの外して他のところにでも飛んでいったらアーム以上の被害よあれ」

 実際先程アームに直撃させた弾激、着弾した瞬間の衝撃波と共にその余威で周囲の窓ガラスが砕け散っていたりする。

 幸い近隣住民等は迅速に避難が完了しており被害などは出なかったが……

「ユリだけが許される特権ってヤツ!キャーーカッコイイ〜ッッ!痺れる〜!あほはへふ〜──」

「恥ずかしい。やめろ」

 カスミは後ろから両頬をグニッとつままれる。

「戦いの影響です。って言えば丸く収めてくれるんだものねえ。最近の横浜戦も指摘されてないだけで二割三割は『迎撃隊』のせいで損壊したところもあ──」


「あぁっっ!お疲れっすお掃除屋さんの人達ぃ!」


「お疲れ様です、『迎撃隊』の皆様」

 トモちゃんの発言を聞かれるまいと、カスミはわざとらしい大きな声で後処理に来た掃除屋と挨拶を交わす。

「今回のアームはこの一体とちっこいのが二体だけ。住民たちは避難済みで被害もここから見える範囲内で済んでまーす!」

「報告、感謝します」

「ってことで私たち次の現場行かないとなのでお先失礼します〜」

「はい、御三方ともお気をつけて!」

 カスミは慣れたようにパッパと現場の引き継ぎを行い、二人を連れてその場を離れた。


「んも〜あの発言聞かれてたら私たちのイメージ超ダウンしちゃうんだから!気をつけてよねー」

「ごめんごめん」

 カスミはトモちゃんに軽くチョップを入れながらそう伝えた。

「そんじゃあ帰るついでに駄菓子屋寄りましょ〜。トモちゃんのおごり!」

「そうやってカスミはすぐ調子に乗る……ちなみにトモエ、いくらまでなら買ってくれる?」

「ちょっとちょっとなんでユリちゃんまで乗り気なの!?」

 そう言いながらもトモちゃんの足取りは自然と駄菓子屋のある方へと促されていた。


 *


 場所は変わり、今現在三人は目的地であった駄菓子屋に来ていた。……と言ってももうすでに用は済ませており、駄菓子屋から外に出てきているところだった。

 流れるように駄菓子屋の前にあるベンチに三人で腰掛けたタイミングで、トモちゃんがたずねた。

「そういえばカスミ、山形帰るの来週だったっけ?」

「んぁー…そだね、火曜に行って木曜帰ってくるよ。……あ!安心しなよお土産のラスクはちゃんと買ってくるからさ!シンプルなやつでしょ?」

「バターも一緒に買ってた方がいいんじゃない?」

 カスミとユリはトモちゃんに飼ってもらった棒キャンディ(一個七十円)を嬉々と開封しながら答えた。

「わ、私が言いたいのはアームのこと!お土産のことはちょっとしか考えてないから、あとユリちゃんいいこと言うわね」

「アームのこと?なんか言われるようなことでも起きてたっけ」

 カスミはアームに関して最近あった出来事を軽く思い出してみた、が。特にこれといって帰省とアームの二つの要素に関係のあることは思い出せなかった。

「ほら、ココ最近都市圏に出てくるアーム、変な形や動きだったりするでしょう?」

「新型ってやつ?ついさっきのやつも腕四本生えてるくせしてスピードあるもんだからちょっと気持ち悪かったね。それがどーかしたの?」

「その変に強い個体の新型アームが出現してるのって、私たち『迎撃隊』が多く住んでる都会だけで、田舎の方だとまだ旧型のアームしか確認されていないのよ」

 カスミは「ふーん」と適当に返事をしながらキャンディをひと舐めする。

 アームと戦う手段をもつ『迎撃隊』という存在は、例に漏れず都市圏に集中して滞在している。そのおかげで都市圏に出現するアームは生まれてきては即殺、生まれてきては瞬殺を繰り返すばかり。

 そんな流れもあってか近頃湧いて出てくるアームはこれまでの個体より少しばかり強くなってきている傾向がある。

 稀に強力な個体が〝仲間を複数体連れて〟出現することもあるのだが、いつもよりほんの少し大きな被害を出すだけで、未だ絶望と恐れられるほどの脅威にはなり得ていない。

 今現在この地域を電力不足で悩ませている被害も、こういったアームによるものだがおよそ二、三週間もすれば建物の復興が始まり何事無かったかのように穏やかな日常生活が始まる。

 七年経てば人類も順応して、これが「当たり前の景色」という認識になりつつあるとも言える。

「それって田舎の方はまだ弱っちいのしか出てこないってことでしょ?だったらこんなところいるより平和じゃんか」

「その今のカスミの状態が危険だといってるのよ」

「カスミは戦ってる時も気が緩んでる。何かが起こってからじゃ遅いよ」

「ああ〜……あはは……は。」

 ダブルコンボを食らい思わず乾いた笑いを漏らすカスミ。

「確かに実家にいる時はココよりも断然弱いアームが出るかもしれないし、なんだったらアームすら出ないかもしれない、け・ど!……ちゃんと用心しなさいよね」

「ここで暮らしてる時ものびのびしてるから実家にいる時はネックレス型のイーシャルを肌身離さず身につけておくべき」

「そもそも『迎撃隊』にとってイーシャルはどんな時も肌身離さず持っておくものだと思うのだけれど……」

 そう言いながらトモちゃんは自分の左腕に通しているブレスレットタイプのイーシャルをカスミに見せつける。

「まーまー!細かいことは当日出発する時にユリに聞くから!トモちゃんは連戦の疲れをゆっくり癒すために今日は早めにお風呂入って寝よう!そうしよう」

 カスミは自分が立つのと同時にトモちゃんのことも引っ張り立たせ、体の向きを変えさせた。

「ちょっと!?まだ太陽真上に昇ってる時間なんだけど!」

「体の疲れを取るのに時間なんて関係ないって〜。ささっ!」

 トモちゃんに帰宅を促している『あほ』の姿を、ユリはベンチに深く腰掛けながら静かに眺めていた。

 陽の日差しは無惨にも真上から降ってくる。遠くのアスファルトを見れば陽炎の立つ姿が見える。

 こんな日にでもキンキンに冷えたソーダを飲みたいものなのだが…あいにくと駄菓子屋の冷蔵冷凍庫は三日前から稼働していないらしい。

「もーわかったから、家でゆっくりしとくから!」

「あ、折れた」

「でもホントに帰省中だからって油断しないでよね?イーシャルは離さず持っておくこと!あと何かあったらすぐ連絡すること!」

「トモちゃんは私のお母さんか」

「そのくらい心配するんだから!……ユリちゃんからもしっかり言っておいてね」

「まかせろい」

 ユリは目の前の少女からおごってもらったキャンディをぺろりとなめながら自信満々に返答した。


「それじゃあまた来週。お土産期待してるわよ!」

「はいはーい四十個くらいね〜」

「そこまで食べないわよ!」と軽く言い返しながらトモエは帰路につく。ちらりとスマホで時間を確認すると、そこにはトモエ、カスミ、ユリの三人が仲良く写ってる待ち受け写真と共に十三時の数字が表示されていた。

「たまにはダラダラした休みもいいかもしれないわね……」

 一人呟きながら自分の家に向かって足を進めていた。


 *


 日付は飛んで今日は水曜日。昨日朝早くにカスミは山形の実家に帰った。

 家を出る際にしっかりとトモちゃんからの伝言といっしょにユリからアレやコレやと聞かされていたカスミは、朝からとんでもなくだるそうな表情を浮かべていた。

 最後にネックレス型にしたイーシャルをカスミの首にかけ、ちょっとしたおしゃれ感を出させつつ、ユリは「いってらっしゃい」の挨拶をした。

 そんなこんなで今現在水曜日の真っ昼間。

 いつもならば蝉の鳴き声と共にカスミのうめき声も聞こえてくるはずなのだが……

「…………暇だ」

 珍しく暇を持て余していた。

 一瞬『迎撃隊』の養成学校にでも顔を出そうと考えたがすぐにやめた。

 本来、イーシャルとの適性が認められ『迎撃隊』の一員となる人間は、アームと戦うためのイロハを学ぶために養成学校に通う。

 学校で実践経験を交えながら最終的には「卒業」という形で正式的な『迎撃隊』に所属することになるのだが、ユリはとある事情でその学校には通っていなかった。

 というより通う意味がなかった、といったほうが良いだろうか。

 そんな本来なら学校に行っているはずの暇を持て余している少女に、イーシャルを介して通信が入った。


『──聞こえる?おーい、ユリちゃーん』


「な、なんだぁ急に……ビックリした」

『あ、繋がった!…っと、ユリちゃん今暇してる?……ほっ、と!ちょっと手伝ってほしいことがっ!……あるんだけど!』

「今丁度ウルトラスーパー暇してたとこだけど……なんか裏で派手な音が聞こえてくるのはいったい?」

『詳しいことは後で説明するっ!……からとりあえず私の家の近くにある高校のっ!…グラウンドに来てもらえると助かるかっっも!っと』

「わかった。なるはやで行くよ」

『頼んだわ!』

 そして通信は切断された。

 なぜ突然イーシャル越しに通信をしてきたのかはよくわからなかったが、ユリは軽い身支度を済ませ、トモエに言われた場所へと急いだ。


 ドンッ!ドンッ!

 という音が周囲に響いていたおかげで、目的地となるグラウンドには苦労せず到着する事ができた。

「おっす〜、なるべく早く来たつもりなんだけど……何が起きてるのさこれ」

「思ってた以上に早い到着で助かりますよっ!…と、…新しい子の教育任されちゃってね」

 そう言っているトモエは現在進行系でアームの攻撃を躱し続けていた。グラウンドの表面は物の見事にボコボコと姿を変えていた。

 もしかして通信していたときからずっと躱し続けていたのだろうか、とユリは恐ろしい考えをしていると、何やら一人の影に気がついた。

「教育……あぁ、あのこがその新人?」

 ユリは軽く周りを見渡すと、凡そ見学してるにしては遠い位置にいる少年を発見した。

「そ!養成学校で座学とかそのへん終わらせてこれから実戦練習ってところよ」

「で、その実戦練習でトモエが避け続けてるのと私って何の関係があるの」

 改めて見てみるとなかなかに不思議な空間であった。

 実戦練習と言われてきたであろう新人の子は遠い位置から見学、教育係となっているトモエは本物のアーム相手に、攻撃を入れるわけでもなくただ淡々と避け続けるだけ。

 ユリはこの状況について一ミリも理解することができなかった。

「とりあえず見出ればわかるわ。……イミル君!六秒後に隙を作るから狙ってみて!」

『はっ、はいっ!』

 いつの間にか通信されていたイーシャル越しに少年の声が聞こえてくる。

 イミルと呼ばれた少年の返事を聞きくやいなや、トモエは動きを変える。

 これまで避け続けてばかりいたトモエの手には大きなハンマーが用意されている。やがてイミルの返事から五秒程経った頃合い……

 トモエは大きく振りかぶったハンマーをいとも簡単にアームの片足にへと直撃させる。

 局所的に与えられた衝撃によりアームがバランスを崩したその瞬間。

 ヒュンッ!ヒュンッ!

 と何かが高速で通過する音が聞こえた。

 しかしアームに大した変化は起きていなかった。

「だめね……イミル君、でもさっきよりはだいぶ近づいて来ているわ!」

 トモエが軽く息をつくと、アームは何事もなかったかのように再び体を起こし、攻撃を再開する。

「なるほど、おおよそ理解できた」

 今の一連の流れで自分がどうして呼ばれたのか、だいたい察する事ができたユリは、早速アームと対峙しているトモエを無視してイミルと呼ばれていた少年の方に移動を始めた。


 おさらくきょういくをまかされてる少年のイーシャルは「スナイパー型」。見たところ命中率が芳しくないらしく、だったらと同じ型を持つユリに教えてもらえば良いのではないかと。

 そういうことだろうと考えを受け取ったユリは、スナイパー型のイーシャルを伏せて構えていた少年の目の前に立ち、単刀直入に聞いた。

「キミ、止まってる的撃つの得意?」

「えっ、えと……学校の練習用の的だったら当てられるんですけど……」

 少年は即座に構えをやめ、問いかけてきた少女に視線を合わせる。

「学校には上下左右に動く的もあったはずだけど、それはどう?」

「そのタイプの的も命中率はかなり高いと思ってました……」

「だったらあとはもう……ココの問題だね」

 ユリはカッコつけて胸に親指を立てる。

 ポカンとするイミルの様子など一切気にせず、ユリはイーシャルを普段愛用している型のスナイパーに変化させる。

「離れてトモエ」

『はいよっ』

 地に伏せず起立したままスコープを覗く。

 アームは突然距離を取ったトモエ目かげ、全力で追いかけようとする。

 しかしその瞬間、ドンッ!という体を芯から震わす低音と共に、ユリの持つライフルから射出された弾撃がアームの胴体を捕らえた。

 冷や汗をかきながら目の前で爆散するアームを眺めつつ、自分に当たらずどこかホッとしたトモエは、ユリにグッジョブのサインを届ける。

「イミル君だっけ、キミはどうして『迎撃隊』なんかになろうとしてるの?」

 アームをいとも簡単に撃破してしまったユリは、静かに少年に聞いた。

 流れるように裁かれたアームの姿を口をあんぐりと開けながら見ていた少年は、ピクりと肩を動かしながらもその質問に答える。

「二年前、目の前で幼馴染だった友達を亡くしたんです。突然出てきたアームに殺されそうになった自分を庇って。もしあの時自分が怯えてなければ一緒に逃げれたのにって、アイツを殺したのは自分だってずっと考えてたんです」

「…………」

「当たり前の存在だと思ってた友人が突然いなくなって。どうしたらいいのか分からなくて、ずっと泣いていつまでも弱い自分に絶望していました。そんな時に『迎撃隊』のうちの一人が声をかけてくださったんです。「命を託してくれた友達の分も強く楽しく生きろ」って。だから自分はあの時亡くした友人のために、自を強くするために『迎撃隊』になりたいんです!」

 一通りを語ったイミルの表情に悲しさや寂しさなど曇ったモノは一切なく、そのかわりに力強く生きる気持ちを持つ者の顔をしていた。


『命を託してくれた友達の分も強く楽しく生きろ』……


「いい言葉。キミの持つものが才能か努力かはわからないけど、他人には簡単に真似できないモノ、経験をもってる。それを強く生かしていかないといけないんだけど……それがまだトラウマとして拭いきれてないと思う。だからまずはメンタルを鍛えよう、そこからだ」

「はっ、はいっ!……でもメンタルってどうやって鍛えるんですか?」

「そこからはトモエ教官の領分、私に聞かれても困る。……でしょ、トモエ」

「まっかせなさ〜い!」

 いつの間にかこちら側に来ていたトモエが元気よく返答する。

「私の用はこれで終わり?」

「なんだか解決したみたいだし一応これで終わりになるわね。こんなことで急に呼び出したりしてごめんなさいね」

「全然大丈夫。ウルトラスーパー暇してたから」

「あ、だったら今から一緒に教えて──」

「断る。私はそんなに暇じゃないのだよ」

「今ウルトラスーパー暇だって言ってたじゃない!」

 わかりやすくプンスカと軽く怒るトモエに、ユリは小さな声で言う。

「無理な教え教われはもう良いよ。トモエのやりたいように優しく教えてあげればいい。教わる方もストレスなしに学べることは本望だと思うし」

「……そう、だったらまた別の機会にユリ教官の腕を見せてもらうことだったらどう?」

「まあそれなら。……でもその時は実戦だからヌルいまま来られても困っちゃうからね、期待してるよトモエ」

「任せなさいっ!それじゃイミル君、まずは場馴れから始めましょうか!」

「ば、場馴れですか!?」

「そうよ、いろんなアームと対峙することで見えてくる──」

 ユリは最後まで聞かずにその場を離れた。

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