第11話 少年達は決意する
リチャードは胸の内にある、複雑な思いをひとつずつ、丁寧に解く。完璧な答えというものを見いだせられず、苦笑いをしてしまう。その表情は他人から見たらどこか幸せそうに感じさせるもので、大人二人はこそこそと話す。
「ホワイトさん、どう思いますかね?」
「恋をしてるね。完全に」
まるで大人二人が存在していないかのように、リチャードは考え続ける。恋愛感情が持っているかどうかは微妙だが、PZを放置できないと思いつつ、言葉にする。
「ストレートに好きです。付き合ってくださいは……無理! 恥ずかしい!」
独り言どころか、羞恥心が出る程の声量になっていた。顔を隠すために、両手で隠す。青いなぁと思っても、大人は何も言わない。それが大人なので。
「違う。こういうのじゃないや。俺がしたいこと。やりたいこと。何だろう」
ちょっとだけ横に振ったリチャードは深呼吸をして冷静になる。鎖に雁字搦めになっているPZを思い描く。どれだけ血だらけになろうとも、軍の人間として動き続けるだろうと、少年は想像してしまう。少し広くなっても、遠くまで行くことができないPZの現状を言葉で表現する。
「まるで鳥籠の中にいるみたいな感じだ」
そう呟いて、少年は感じる。自分自身も閉ざされた環境にいたなと。PZがダンジョンに入ったからこそ、数年ぶりに外出が出来ているのだという事実を思い知らされる。
「PZが来たから、ここにいるんだね。俺も結局は……ある意味で自由じゃなかったかも」
小さい少年の声を聞き、医師は優しい声で年長者らしく助言をする。
「当たり前の日々を過ごしているからこそ、気付かないことも多い」
リチャードは後悔しているかのように、顔を俯く。
「うん。あの時、ピーターにアメリカから奪うなんて言っちゃったけど」
丁度安いコーヒーを飲んでいたデイビスが盛大に噴き出す。
「そんなことをしても……良いのかな? 分からなくなっちゃう」
葛藤している少年にホワイト医師は背中を擦ってあげる。デイビスは顔を良く見えるようにと、リチャードの前で跪くような姿勢になる。
「彼奴は弟妹のためにという理由で戦ってはいる。その意志は紛れもなく事実だ」
真面目なデイビスの言葉に、リチャードは縦に頷く。それが本当の想いだと理解しているからだ。
「だがアメリカ軍の言いなりになっているというか、体のいい人材っていうのもでかい。脅しの材料も腐るほどあるしな」
ホワイト医師はデイビスの台詞に追加する。
「ピーターの弟妹がいるリーフ・レコードという施設は国家が運営をしてる。アメリカが滅んだら、施設が無事では済まされないというのも大きいかな」
リーフ・レコードという施設は世間的にはアメリカ軍が海外任務で保護した、身寄りのない子供たちの最後の砦という認識が強い。次世代人間計画で誕生した実験体がいることを初めて知ったリチャードは唾を飲み込む。医師はリチャードの反応を見つつ、説明をする。
「ついでにいうと、次世代人間計画に賛同した軍の上層部がいるからね。産物であるピーターを自分の近くに置いておいて、いざとなったら処分しようという狙いもあるだろう」
「彼奴がそれぐらい理解してると思いたいんだけどなぁ」
そう言ったデイビスは立ち上がりながら、頭をかく。医師は否定するような形で横に振る。
「どうかな。気付いてないかもしれないよ」
コーヒーカップを折り畳みのテーブルに置く。
「ピーターが十代に突入したと同時に、軍事訓練と教育を受けていたからね」
初めてのことを知り、デイビスは驚く顔になる。
「は? んなの初耳だけど」
「研究所で混乱状態の時期があったからね。どさくさ紛れて、上層部が先に動いたって感じだ。そもそも、これ知ったのは最近のことだし」
疲れたかのように、医師はため息を吐く。デイビスは当たり前のことを言う。
「つうかよ。アメリカ軍に入れる年齢は十八からだろ。アウトじゃねえか」
倫理観真っ当な医師もその意見に賛同する。
「全く持ってその通り。奴らは見学と主張しているが、幼い年齢を利用して、洗脳と大差ないことをしたんだ」
アメリカ軍入隊の年齢を知っているリチャードは震えた声を出す。
「仕組んでたってことだよね」
顔を俯き、両方の拳に力を入れる。
「それでもピーターは信じて戦ってきたんだよね」
ぽたりぽたり。少年の目から零れ落ちる雫がズボンを濡らす。
「どうにかしよう」
袖で涙を拭き取り、顔を上げる。大人の二人は賛同するかのように縦に頷いた。生まれも育ちも違う。世代も異なっている。それでも彼らの思いは共通していた。
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