第3話 チュートリアルダンジョン1

『ファストトラベルまで残り5秒……4秒……』


 コンソールに表示されたカウントダウンが0になると同時に視界が暗転し、すぐに切り替わる。


『チュートリアル 旧道 リオム渓谷』


 ポップアップの内容を見てひとまず安堵する。

 どうやら無事チュートリアルダンジョンにワープ——ファストトラベル出来たようだ。


 ここがゲームの中だと理解しているつもりでも、これほど美しい自然の中に一人ポツンと立たされると、自分が今何をしているのか一瞬見失ってしまいそうになる。


 滑らかな岩が連なり丁度良い足場となっている。このまま川沿いを進めば、先に進めそうだ。というか、両サイドは森林の密度が高く、崖になっているので、あきらかに本来のコースではない。


「しかし空気まで美味いってのは反則だよなあ」


 川の流れは穏やかで、木漏れ日や小鳥のさえずりが心地よい。全てを忘れてキャンプしたくなるくらいの好条件だ。


 まずは軽い準備運動って感じか。


 苔の生い茂る足場は所々が滑りやすくなっているが、スリルを感じるほどではない。

 軽い段差を登ったり降りたり、飛び越えたり。景色を楽しみながら、進んでいく。


 ちょこちょこファンタジーっぽさがあるんだよな。


 水っぽい羽の水鳥や、宝石みたいなものが額に埋め込まれたリスもどき、植物を見てもどれも現実では見たことないものばかりだ。


「ん、剣……だよな?」


 進路上の岩の上に、拾えと言わんばかりの一本の剣が落ちている。

 道中、錆だらけの武具の破片が川底に落ちているのは何度か見たが、この剣はまだ使えそうだ。


 そういや、武器とか何も持ってなかったな。


 所持品といえば、蛍から貰った見た目装備の忍装束くらいだ。


 ありがたく貰っておこう。


 ピコン。


『所有者の登録がない装備品・道具は、インベントリに収納することができます。インベントリへの収納を意識して、剣をダブルタップしてみて下さい』


 本格的にチュートリアルっぽくなってきたな。

 ダブルタップっと。


 手元の剣が消えて、コンソール内のインベントリに『使い古された短剣』が追加された。


使い古された短剣

武器

コモン

効果:なし


『既にスキルを習得されているようですね。スキルはその名を念じることで使用できます。使用残数に注意し、有効的に活用しましょう』


 剣を拾って、スキルの使い方とくれば、いよいよ戦闘だろうな。


 敵の姿はないが、せっかくだしスキルを使ってみよう。

 自身のスキルの一つを思い浮かべ、強めに念じる。


 危険察知。


「——うお、なんだこりゃ!」


 視界の一部を上塗りするかのように、モヤモヤとした煙のようなものが突如現れた。


危険察知 : 危険な気配を察知し、視認する。19/20


 危険な気配か。

 この灰色のモヤモヤのことだよな……。


 モヤモヤのとこまで11メートルってところか。


 目視で脅威となる生き物の姿はない。中型程度の動物なら足音で聞き分ける自信はあるが、それらしき足音も聞こえない。


 行ってみるしかないな。


 先ほど拾った短剣をインベントリから取り出し、手に握る。


 全方位、警戒は怠らない。

 空からだろうが地面からだろうが、完璧に対処してやる覚悟で挑む。


 目標地点まであと3歩。ここまて近づいてようやく動きがあった。


 パシャリと川から水が勢いよく飛び出し、道を塞ぐように大きな水たまりとなる。そしてそのまま、ゆっくりと人型を形成していく。


「あー、そういう感じか」


 数は2体、人型スライムといったところか。


「スライムに斬撃ってどうなんだろうな。まあ、直前で手に入れた武器が役に立たないなんてオチないだろうけどさ」


 一体が手を鋭く刃物のように尖らせる。続けて合わせるようにもう一体が手を前に広げ、今にも手から水を打ち出すんじゃないかという体勢だ。


「危険察知」


 効果の検証をするため、スキルの使用は惜しまない。


 危険察知の効果で、2体のスライムの腕から灰色の線がそれぞれ俺に伸びているのが見える。

 攻撃の軌道を示しているのだろうか。


 試してみるか。


 あえてこちらから動かず、相手が動くのを待つことにする。


 ……くるッ!


 危険察知で見えた軌道をなぞるようにスライムの攻撃が繰り出される。

 予想通り飛んできた水の塊を、半身逸らして避け、距離をつめてきたスライムの刃もギリギリまで引きつけてから同じように躱す。


「攻撃の威力、当たるまでの時間が影響してるな。差し迫った脅威ほど見える色が濃くなるのか」


 何回か同じように、危険察知と回避を繰り返し、その効果を分析していく。


 なるほど、わかってきた。


 モヤモヤしたり、線になったりするのは多分、確度だ。相手の攻撃方法や範囲、軌道が不確定なうちはモヤモヤしており、攻撃モーションに入り攻撃方法が確定すると、しっかりと線となって見える。


「次は……」


 試したいスキルは他にもある。


『跳躍』、一度だけ跳躍力を上げるだけの単純な効果。ただ、俺には馴染みの深いものだ。


 我が一族、秘伝の忍術『雨燕あまつばめ』。呼吸法と体術、それとほんのちょっとの肉体改造で実現させる、とっておきの走法——跳躍術で、俺のもっとも得意とする技である。


『跳躍』は十中八九、この『雨燕』がスキル化したものだ。秘伝ゆえに名前が反映されなかったのだろう。


「跳躍」


 口にした瞬間、両足が黒い炎に覆われる。

一瞬、何事かと焦るが、すぐにスキルのエフェクトだと理解できた。


 この状態でなら……。


 本来ならば、予備動作を含むいくつかの準備が必要な技だが、グローワールドの中であれば、面倒なことは何も考えなくていいはず。

なぜならこれはゲームシステムとしてのスキルなのだから。


 脚に力を入れ、地面を蹴る。


 雨燕の真髄は、高速移動だ。跳躍力を振り絞り、垂直ではなく前進することだけに注力する。


 パァン!


「——つッ! うげッ!?」


 人型スライムの手前で止まるつもりが、勢い余り、スライムにぶつかってしまった。

 水風船のように弾け飛んだスライムの中身を全身に浴びてしまう。


「ペッペッ、口に入っちまった、最悪だ。ってか、なんつー速度だよ。完全に人間辞めてるな」


 スキル化による補正が強すぎて、もはや俺の知る雨燕とは別物だ。跳躍というより、瞬間移動に近いのではなかろうか。

 直接衝突していないスライムまで移動の余波で吹き飛んでしまった。


 モンスターを倒すと死体は残らず、代わりに素材を残して消えていく。この辺はゲームっぽい仕様だ。


 人型スライム2体を無事討伐できたことには変わりないが……。


「苦戦とは違うけど、課題は山積みだな。慣れるまで時間がかかりそうだ」


 ピコン。


『攻撃を受けるとダメージ量に応じてバリアゲージが消耗します。バリアゲージがある限り傷を負うことはありませんが、バリアゲージがなくなると、些細な攻撃を受けるだけで死亡してしまいます。バリアゲージの残量はコンソールで確認することができます』


 ん、バリアゲージ? 


 バリアゲージ : 99%


 ああ、この赤いゲージのことか。

 実質これがHPってわけだ。


 スライムに衝突したからか僅かにゲージが減っている。


 ようするに攻撃を受けてもバリアゲージが減るだけで、負傷して動けなくなったりとか、そういうのはないってことだよな。

 バリアゲージがあるから痛みも感じないし、肉体も損傷しないというゲーム的な仕組みというか、大人の事情だろう。


 ゲームでリアルな痛覚を再現するわけにもいかないもんな。配信もあるわけだから、怪我の表現とか生々しすぎても嫌だし。

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