第4話 ジャウルの本心


 リムから事情を打ち明けられたジャウルはクオを引き連れ神殿に戻ってきていた。

 神殿内部の広々とした謁見の間に、ジャウルは焦れたように腕を組みながら足音荒く踏みいれる。白く磨かれた石床に足音だけがやけに響いた。


「なんであんなに女の私は想われてるわけ?!」

「だからウルさま言ったじゃないですか……男の姿で会うのは辞めましょうって」


 ジャウルの口から出た言葉は男らしい見た目と正反対のものだった。

 片隅に置かれた椅子にジャウルは苛立たしげに座る。

 リムから聞いた探し人ーー最初は嫉妬していた。が、聞くほど身に覚えがある話で、途中からどんな顔をしていいかわからなくなった。

 クオはため息混じりに、ジャウルが散らかした書類を整理している。呆れを隠そうともせず肩を竦めた。


「だって、この姿の方が巫女たちには受けがよかったんだよ?」

「それはそれ、これはこれ、です」


 クオが手振りをつけて言う。

 ジャウルは額に手を当てる。するとジャウルの周囲を淡い光が覆い、形を変えていく。やがて光が薄れ、その場にはリムが探し続けている姿そのもの――美しい女性が立っていた。

 艶やかな黒髪はしなやかに流れ、太陽のような黄金の瞳が、長いまつげの下から静かにクオを見下ろしている。


「リムさんは元々ウルさまを探してたんですから、素直に出れば良かったんですよ」

「だって、中々来てくれなかったし……普通一回目で来るでしょ」


 ウルはリムに来て欲しかったのだ。小さい頃からずーっと。

 やっと呼んでもおかしくないような年頃になったから夢のお告げをしたのに、本人が来ない。それがどれだけショックだったか。

 ウルはぷうっと頬を膨らませると、顎の下に手を置き肘をついた。天窓から差し込む柔らかな陽光が彼女の白い肌をほのかに輝かせている。

 クオは小さく口角を上げながら両掌を上に向け、やれやれというように頭を振った。


「途中から必死すぎて面白かったですけどね。ジャウルさまからお告げの意味を解説される人っていないと思いますよ?」

「意味が分かってないのかなって思ったんだもん」

「リムさんは頭は悪くないですし、巫女としての態度も普通です。意味はわかってますよ……あまりに合理的なところもありますけどね」


 クオは呆れながらも微かな笑みを浮かべる。

 そう、リムは巫女なんてしてるくせに、妙に合理的なのだ。結局、ここに来たのも村を流すと脅したからなのだから。

 ウルははぁとため息を吐いた。


「村を流すなんて初めて言ったし」

「そこもリムさんには見抜かれてましたね」

「する気はないけどさー!」


 ウルは指を組んで背伸びをした。深紅の袖が腕から滑り落ち、細い指が露わになる。

 嫁に来ないくらいで村を流す気はない。だけど、そうまで言わないと来なかったのが悔しい。

 その手を降ろしながら、ウルはまたふうっとため息をついた。


「リムさんが昔会った〝お姉さん〟をジャウルさまと認識してないのが何よりの問題かと。兄妹とかに思われてるんじゃないですか?」

「昔から外に出る時はなるべく男の格好にしてるの。その方が威厳があるでしょ」


 そう言われても、ウルにしてみればリムと会った時に女の姿だったことが予想外だったのだ。

 苛立ち半分にクオを見れば、わかっているように頷かれた。


「まぁ、龍神像が男の方で作られてますからね」

「いくらでも変えられるけど、人は気にするんだよね」


 それが何よりの問題だ。

 どうにも男の姿の方が受けがいいので、その姿で出ていたら、そっちが広まってしまった。

 本来の姿で出歩けばバレないから、気軽に外出するときは女の姿が多い。


「そう思ってリムさんにも男で会ったら、裏目に出たわけですね」


 図星だった。

 だって、リムがあんなに女の自分のことを探していると思わなかったのだ。

 リム好みの男の姿にすれば、喜んで嫁に来てくれると思ったのに。


「少しでも嫁入りしたい格好の方が良いかと思ったのにさ」

「大体、何でリムさんなんですか?」


 クオが軽く首を傾げて尋ねてくる。今さらの質問だ。

 ウルは振り返り、目を丸くしてクオを見つめ返す。


「え? 一目惚れ?」

「どうしようもない」


 ちゃんと答えたのに叩き落とされた。

 上司に対して、クオの態度は冷たすぎるが、彼はこういう性格なのだ。

 クオの素っ気ない反応に、ウルは不満そうに唇を尖らせた。


「だって、すっごく綺麗な魂で、いるだけで癒やされるし。金の髪も好きだし……お嫁さんにしたいなぁって」


 竜の嫁に見た目は関係ない。一番大切なのは魂の相性であり、ウルはリムを見つけた瞬間に気に入っていた。

 何よりこの近辺では見ない金の髪は水辺で綺麗にするとキラキラ光りとてもウル好み。

 その時のことを思い出すと今でも頬が緩むくらいだ。

 素直に感情を垂れ流す上司にクオは微妙に顔をしかめる。


「あの小ささの子供にそこまで思うのが凄いですけど」

「小さいから綺麗ってこともあるでしょ! だからお守りも持たせたし」


 さすがに、あのまま一人にするのは嫌だった。唾をつけておかないと何が起きるか分からない。

 私以外手出し無用。見る人が見ればわかるし、リムを傷つけようとすれば天罰が下る。


「過保護ですねぇ。竜の執着ですか」


 クオは冗談めかして肩をすくめる。

 まるで他人事のように言うクオに、ウルは鼻で笑った。

 竜の執着は竜であれば逃れられない。好きなものは囲いたいのが竜なのだ。


「なんとでも……で、クオ、どうすればいいかな?」

「だから、もう会いに行くしかないんじゃないんですか?」


 クオの言葉にウルは眉を下げ、そわそわと手を揉んだ。

 この姿で会いに行く。今まで龍神ジャウルの姿で会っていたので、それはそれで恥ずかしい。

 目線が落ち着きなく泳いでしまう。

 クオに向かって確認する。


「大丈夫かな?」

「ジャウルさま次第です」


 困ったように呟くクオの言葉に、ウルは再び大きなため息をついた。

 窓の外では淡い雲がゆっくりと流れ、湖面を静かに陰らせていった。

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