第10話 土人形
ホンたちは「呪われた一族」らしい。ホンにも母・ガイにも「何か」が取り憑いている。「それ」が何なのかは分からない。ただ、「それ」は普段はじっとしている。でも、ホンが怒ったり、泣いたり、傷ついたり、心が激しく動くと、「それ」はホンから離れ、相手に立ち向かっていく。タイではそれを「リアン・ピー(悪霊憑き)」と呼ぶ。デーン伯父も母もホンもその血筋だ。この血筋は北部に多いらしい。
デーン伯父と母・ガイは住職に拾われた孤児だった。33年前、道端にうずくまっていた幼い兄妹を住職が見つけ、この村の寺に連れ帰ってきたのだ。それからデーンとガイは寺で育ち、寺の下働きをしながら成長した。デーンはそこから小学校に通い、卒業後出家した。ガイはしばらく寺で過ごしたのち寺総代をしていたブン爺さんの家に引き取られることになった。ブンは妻のカムと二人暮らし。長男が数年前に病死し寂しい思いをしていたこともあり、我が子のようにガイを可愛がり、中学校まで行かせてくれた。
カムは村で小さなクウィッティアオ(*1) 屋を営んでおり、ガイも引き取られてからは店を手伝うようになった。村の子どもに比べて飛び抜けて色が白く、目鼻立ちの整ったガイはたちまち店の看板娘となり、ガイが中学生になる頃には彼女目当てに若い男たちが集まるようになった。中にはなかなかにたちの悪い連中もいた。ある日、明らかに酒によった二人組の若者が店を訪れた。ブンは寺の用事で不在。「昼間から酒かい?いいご身分だねえ」とカムは皮肉を浴びせたが、若者たちはどこふく風で薄笑いを浮かべながらキョロキョロと辺りを見回していた。その時、店の奥にいたガイがちょうど出てきた。「見つけた!おい!俺たちと遊びに行こうぜ!隣村で祭があるんだ。なあ、行こうぜ」二人組の一人がそう言うといきなりガイの左手を掴んだ。「やめて!」とガイが叫ぶ前に、何かがガイの背後から飛び出した。左手を掴んでいた男性がいきなり後ろに吹っ飛んだ。道路に投げ出された上、そのままの勢いで後ろにひっくり返り、道路をゴロゴロと転がりながら、水を張ったばかりの田んぼに落ち、動かなくなった。相方の若者は何が起こったのか分からないという表情を浮かべたまま、立ち尽くしていた。「お前?お前がやったの?」しばらくしてカムがようやく口を開いた。ガイはその場で気を失った。
結局、ブン、住職、そしてデーンの3人で話し合った結果、土人形を作ってガイにとりつく「何か」をそこに封じ込めることにしたのだそうだ。全身打撲の上、泥まみれの男は「こいつのせいだ!」と喚いていたらしいが、何の証拠もなく、カムも知らぬ存ぜぬで通した。もうひとりの酔っぱらいはガタガタ震えるだけで、話にならなかった。
全て執り行ったのは住職だった。デーンはその頃見習僧になり、住職の助手として寺を切り盛りしていた。住職の死後、土人形の術はデーンに継承された。デーンはその後しばらくして、修行を続けると言って中部の寺に移った。恐らく聖の父親に会ったのはその頃なのだろう。10年前、デーンは還俗し突然村に戻ってきた。それ以来、彼はより強力な術を駆使するモー・タムとしてこの村にいる。ホンの土人形もデーンにより作られたものである。デーンによると、ホンの「何か」はガイの「それ」よりも強力なのだと言う。もし、うまくコントロールできなければ、とんでもない災禍を引き起こすとも。だから土人形にもありったけの呪文が吹き込まれ、護符が描き込まれている。
「土人形って「あれ」を閉じ込めてるんだよね。そんな状態なのにどうやって話をするの?」ホンは聖が日本人だということも忘れ、まくし立てた。「人形はどこですか?」ホンの早口のタイ語が分かったのか、聖は翻訳アプリの機械音声を使って聞き返してきた。ガイがさっと立ち上がり、クローゼットの中の小箱から自身の土人形を出してきた。ホンはため息をつきながら、部屋に戻り、バンコクから持参したボストンバッグの中から人形を取り出した。
「人形を並べてください」聖の操る機械音声が流れる。並べられた2体の土人形。デーンは人形に向き合い両手を合わせ、「アラハン、サムマーサムプット パダワー…」お経をひとしきり唱えた後に尋ねた。「我々は危険な状況でしょうか」。いきなりガイの土人形が揺れだした。ホンの土人形は動かない。ガイに危険が及ぶということなのか。それともまだホンの感情が波立っていないからなのか。
「ガイさんはバンチャーさんと何か関係がありますか」聖のスマホから機械音声。
「バンチャー?ええと小学校が一緒だったかねえ。5つくらい年下だから、同じ学校に居たのは1年くらいだけどね。バンチャーは郡で一番良い高校に進学して、その後、通信制の大学に行って学位を取ったらしいよ。アタシは高校途中で結婚しちゃったからねえ」そこでガイはちょっと照れくさそうな顔をしてホンを見た。はいはい、私が「できちゃった」んですよね。
*1 クウィッティアオ タイ料理でおなじみの米で作った麺ですね。田舎にはこうしたクウィティアオ屋さんがよくあり、よろず屋さんも兼ねているところが多いです。村の人の憩いの場ですね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます