第31話 来訪者~羽仁麻side~


~~羽仁麻side~~



「……喉、乾いたな」


 体が水分の補給を訴えてきたことをきっかけに、わたしは目を覚ました。


 枕元に置いてあったスマートフォンを見てみると、時刻は夕方の五時。お母さんから『帰りは遅くならないようにね。戸締りはしっかりすること』とチャットが届いていたので、『大丈夫だよ』と返信しておく。


 のそのそと布団から這い出して、床に置いていたペットボトルを手に取る――空だった。


「……取りに行かなきゃ」


 一階まで降りていくの、きついなぁ。ちゃんと手すりをもっておかないと、本当に危ないかも。いま階段から転がり落ちて怪我でもしたら、お母さんたちが帰ってくるまで誰にも見つけられないのかな。それは怖いなぁ。


 そのことをしっかりと頭に入れて、わたしは一段ずつ、両手で手すりを掴みながらゆっくりと階段を下りた。冷蔵庫にたどり着き、お目当てのスポーツドリンクの入ったペットボトルを入手。ゼリーはあと一個だけ冷蔵庫に入っていた。


「……明日のご飯、どうしよう」


 冷蔵庫の中身をぼうっと眺めながら、一人ごちる。


 いまのところお腹は空いていないから、何も問題はないように思えるけど、明日になるとどうなるかわからない。お母さんたちが帰ってくるのは夕方ぐらいだから、明日の昼にはコンビニぐらい行ったほうがいいのかも。


 そんなことを考えながら、ペットボトルを持って二階の自室へ向けて歩き出す。


 カズくんたちは映画を見終わって、いまごろカラオケかな?

 みんなが見た映画は、『異形の咆哮3』というもの。わたしは見たことがなかったから、この一週間でチェックして、カズくんと感想を言い合えるようにしておいたんだけどなぁ。無駄になっちゃった。


 カラオケに関しても、カズくんが好きそうな曲をいくつか覚えてみたし、お風呂で練習とかもしてみたんだけど、それも意味なくなっちゃった。


 まぁ別に、わたしは何か報われると信じてやっているわけじゃないから、いいんだけど。


 チャンスが巡ってきたときに、カズくんに良いところを見せて、褒めてほしいだけだ。可愛いとか、すごいとか、なんでもいいから、カズくんにわたしを見て欲しいだけだ。


 報われないことが当たり前、報われたときは、運が良かったということ。


「――ふう」


 階段を落ちないように、一段一段踏みしめるようにして登って、一息つく。

 その後、自室に向かって歩を進めていると、うっすら空いた自室の扉から、スマートフォンの奮える音が聞こえてきた。


「電話……?」


 明らかにチャットの通知の音の長さではなかった。

 いま聞こえているだけでも、もう三秒、四秒とずっとバイブレーションの音が聞こえてきている。


 一瞬早足になりかけて、だけどふらついたのでゆっくりと部屋に入る。その時には、スマートフォンの振動は無くなっていた。だが、すぐにもう一度震え始める。


「お母さんかお父さん、かな」


 ペットボトルをデスクの上に置いて、ベッドの上に置きっぱなしだったスマートフォンを手に取ると、そこには『伊織一葉』の文字。本当は『カズくん』と名前を設定しておきたかったけど、見られたらマズいと思ったので、そのままにしている名前。


「ど、どうしよう……!?」


 電話ってことは、緊急の用事なのかな? でも、もし電話に出て、わたしが旅行に行ってないことがバレちゃったら、カズくんに怒られるかも……。


 スマートフォンを持ったまま、どうしようどうしようと考えていると、着信は終わった。だけどその直後、再びカズくんから電話がかかってくる。意地でもわたしが電話に出るまで掛け続けてやる――みたいな勢いを感じた。


「あぅ……う――も、もしもし?」


『おー、やっと出たか羽仁麻さん。もしかして寝てた? それなら悪いことしちゃったな』


「ん、んーん。お母さんたちと色々回ってたから、気付くのが遅れちゃって」


 それっぽい嘘を吐いて、さらに『いまお母さんたちとは、電話をするために離れたところにいる』という嘘も重ねておく。これで、近くにお母さんたちがいないことに違和感を抱かれないだろう。


 いやでも、なんでカズくんはわたしが寝てるだなんて思ったんだろう……?


「い、伊織くんたちは、映画楽しかった? まだカラオケとかだよね? それともやっぱり、カラオケはやめて一緒に夕食にしたとか?」


 声を大きく出すと、頭が少しガンガンした。だけど、伊織くんに余計な心配をかけないためにも、いつもの声量を心がける。


『映画は面白かったぞ。もうすこし時期が過ぎたら、ネットかレンタルで羽仁麻さんも一緒に見よう。オススメだ』


「そ、そうなんだ……でも電話なんかしてていいの? ――もしかして、どこかに移動中?」


 微かに伊織くんの吐息が聞こえてくる。でも、歩いているにしては荒いような、ランニングでもしているかのような息遣いだった。


『お、するどいな羽仁麻さん。ちょっとカーテン開けてみな?』


「か、カーテン? わたし、旅行中だから、家にはいないよ?」


『まぁいいからいいから』


「いないって言ってるんだけど……」


 そう口にしながらも、カズくんからのお願いなのでわたしは無視することはできない。したくない。なので、ベッドを膝立ちで歩いて、カーテンを開ける。


 わたしの家の門扉の前で大きく手を振りながら、ニカッと笑うカズくんいた。


「な、なんでいるの!?」


『それは僕のセリフなんだぜ羽仁麻さん。旅行はどうした旅行は――とりあえず、インターフォンをポチッとな~。羽仁麻さんはいらっしゃいますか~』


「お、押さなくても出るから! ちょ、ちょっと待ってて!」


 混乱してしまっていたので、スマートフォンは繋いだまま。わたしは少しよろけながらも、階段を何とか降りて、玄関に向かう。電話口から『走るなよ? いいか、絶対に走るなよ?』と聞こえてきていたので、わたしはその言葉に従った。


 玄関を開けると、カズくんが「へい」と片手を上げてから、門扉を抜け、階段を上って私の元にやってくる。


 そしてわたしの前に堂々と立ち、柔らかく、楽しそうな、それでいてわたしの好きな自信に満ち溢れたような表情で、こう言った。


「どうだミャーちゃん。今の僕、最高に主人公してるだろう?」


 目を細くして、くしゃりと笑う。


 きっとカズくんは、冗談でそんなことを言っているんだと思う。最近ライトノベルを読んでいるって言っていたし、それに影響されたのかも。


 でも、わたしはそれを冗談とは全く思えなかった。

 やっぱりカズくんは、何年経っても、わたしのヒーローだ。





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