第18話 目隠し大作戦




 金曜日の放課後、僕らは予定通り哲平を含めた四人でオレモンモールに行ってきた。


 事前に予行演習を行ったおかげで、八坂さんは哲平を前にしてミスらしいミスをすることなく、本当にただ普通に放課後にショッピングモールに寄っただけ……といった感じになった。


 僕は片想い中の八坂さんとお出掛けすることができたし、八坂さんも同じく片想い中の哲平と放課後の時間を過ごすことができたんじゃないかな。


 哲平は哲平で、オレモンモールをゆっくり見るのは久しぶりだったらしく、普通に買い物を楽しんでいたように思う。市の指定ゴミ袋と掃除用のウェットシートを買っていた。その辺のスーパーで買えるだろうに。


 あとはミャーちゃんが楽しんでいたかどうかだが、まぁ僕目線では楽しんでいるように見えた。


 ゲームセンターに関しては直前になって八坂さんが『心の準備が……!』と言い始めたので中止になったし、あとは予行演習の通りにショップを巡っただけだからな。


 そしてそんなお出掛けイベントを終えてから一週間近くが経過したのだが――僕は相変わらず、八坂さんの前でまともに話せないままでいた。





「――よし。食うか」


 もはや恒例となった学食での食事。

 今日はミャーちゃんと僕が学食で、哲平はコンビニの総菜パン、八坂さんが弁当だ。


 この一週間で八坂さんも哲平も一度だけ学食を食べていた。ミャーちゃんは今日を含めて二回である。


 僕はあれから毎日肉うどんを食べているけど、八坂さんは他の生徒が食べているメニューをチラチラ見ていたから、学食の食事に興味が湧いたのだろう。二日前に日替わり定食を頼んでいた。


 ちなみにミャーちゃんは僕の食べる肉うどんに誘惑されたようで、二日とも肉うどんを食べている。チュルチュルとうどんを一本ずつすする姿は、小動物的でとても愛らしかった。


「なぜ伊織くんは目隠しをしているのですか?」


「ちょっとしたチャレンジ――ですね……」


 八坂さんが口にした疑問に対し、僕は毅然とした態度で答える。敬語で。


「もうやめたほうがいいんじゃないか? こぼしても知らないぞ?」


「なにごともやってみないとわからないだろ? 僕の第六感は『いけるかも!』って言ってるぞ」


「第六感も半信半疑じゃないか」


 呆れ交じりの声でそう言う哲平に、僕は肩を竦めて『やれやれ』といったジェスチャーを見せる。哲平がちゃんと僕のほうを見てくれているのかはわからないけど。


 ちなみに、僕がなぜこんなことをしているのか知っているのは哲平のみ。

 もちろんこれは八坂さんに笑ってもらおうとかそんな浅はかな考えから起こした行動ではなく、僕が抱えている問題を解決するための手段である。


 そう――八坂さんに対して緊張せずに、普通に喋るためだ。


 人間は視覚から得られる情報の割合が一番多いらしい。つまりその情報を切り取れば、僕の緊張も大いに和らぐのではないかと考えたのである。いまのところ、あまり効果は感じられないんだけどね。


 向かいに座るミャーちゃんが「これ、箸だからね?」と言いながら僕に箸を持たせてくれる。どうもありがとう。


「えっと器は――あっちぃっ!?」


「あわわっ! だ、大丈夫? 伊織くん動かないでね!」


 うどんの入った器を手探りで探していたら、小指が熱々のうどんスープに触れた。おそらくミャーちゃんが僕の手をとり、濡れた小指を布巾で拭い、冷やしてくれる。


「ありがとう羽仁麻さん、で良いんだよな?」


「うん、そうだよ?」


 やはりミャーちゃんだった。隣からは普通にパンを食っているようなモシャモシャ音が聞こえるし、斜め前からは「息が合ってますね」と言いながら笑う八坂さんの声が聞こえてきたし。


「おいこら哲平。大事な親友の小指がピンチだったっていうのに、お前はなぜ無反応なんだ」


「自業自得以外の何物でもないからな。最初は止めようと思ったが、まぁ見る分には面白い。どんどんやってくれ」


「エンタメとして消化しないでくれる? 僕は真剣なんだぞ!?」


「その姿で真剣って――ふふっ、伊織くん、それは無理があると思いますよ――ふふふっ」


 八坂さんが笑いをこらえるように、そう言った。


 うぉおおおおお! 八坂さんが、僕を見て笑ってくれてる!? めちゃくちゃ嬉しいんですけど! でも目隠しのせいでその笑った顔を見ることができない!


 先ほど哲平が僕に『もうやめたほうがいいんじゃないか』と言っていたけど、正直僕も薄々それは感じてる。だって、視界を閉ざしても結局僕は八坂さんに対して緊張してしまって、普通に喋ることができていないから。


 昼休み前に哲平にこの作戦を伝えた時には、うまくいくと思っていたんだけどなぁ。

 いやでも、八坂さんが僕を見て笑ってくれたのだから、これはこれで成功と言っていいはずだ。うん、そうに違いない。


「よし――あらためて、いただきます」


 箸を持ったまま手を合わせてから、食事を始める。なんだか目を閉じていると嗅覚と味覚が少し鋭敏になった感じがして、いつもより美味しく感じた。この食事方法、意外とありかもしれない。


「ふむふむ、慣れたら悪くないぞ、これ。食べ物の味とか匂いがいつもより濃く感じる。色々な食べ物で試してみるのもありかも」


 うどんを咀嚼しながらそう口にすると、哲平が「伊織が大丈夫でも周りが気を遣うからやめておけ」と言ってくる。そんなこと言われても、美味いんだもの。


「伊織くんはその、なんというか、器用ですね。いま、見えてないんですよね?」


「う、うん。見えてないけど、もううどんの器と水の入ったコップの位置は覚えた、ですから」


 目隠しをするときに全く位置を見ていなかったから最初は失敗したけど、もう完璧に記憶している。ただ、この器を少しでも移動させられたらパニックになってしまうが。


「昔の記憶は人一倍薄れやすいけど、その分直近の記憶力は優秀なんですよ」


 八坂さんの顔が間近に迫ったあのクレーンゲームでの出来事も、目を閉じれはあの光景をありありと脳内に映し出すことができる。


 百円玉を拾おうとするミャーちゃんのパンツが見えそうになった時のことも、僕の脳ははっきりと覚えているのだ……!


 その代わりに、小学生時代――ミャーちゃんとお風呂に入っていたころの記憶は朧気である。これが幸か不幸かは、僕自身もよくわかっていない。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る