第7話 四人で昼食
今日は、本格的な高校二年生が始まって二日目。
つまり、学校での昼食は二回目である。
昨日、哲平は僕の席にやってきて昼食を取っていたし、他のクラスメイトたちもそれぞれグループを作っていた模様。八坂さんはその時女子七人ぐらいのグループに紛れ込んでいたが、ミャーちゃんは一人で黙々と弁当を食べていた。
昨日その光景を見た時点で、『ミャーちゃんとまた仲良くなれたらいいな』と考えていたので、八坂さんは本当にいいきっかけを作ってくれたと思う。やはり僕は、全てが上手くいくようになっているんだな。
ミャーちゃんとも昔みたいに話せたし、八坂さんとも一緒に昼食を食べることができることになった。八坂さんにとって僕とミャーちゃんはオマケなのだろうけど、彼女がこのチャンスを活かすよう頑張るように、僕だって頑張らせてもらう。
いまこそ、青春の時……!
「――はっ、そう言えば今日、僕学食じゃん」
「なんだ、今日は買ってきてなかったのか――じゃあ学食だな。羽仁麻と八坂もそれでいいか?」
四限目の授業が終わり、皆が僕の席辺りに集まってきたところで、今日はコンビニで買い物をしてきていないことに気付いた。いつもはバスに乗る前にコンビニに寄っているのだけど、今日はミャーちゃんのバス停に向かうことに意識が向きすぎていて忘れていた。
そんな僕を呆れた目で見た哲平が、二人を学食に誘っている。
「私は構いません。むしろ、他の人の席を使うのは少し申し訳なかったので、ちょうどよかったです」
「う、うん。わたしも大丈夫だよ、学食、行こ?」
「そっかそっか。そう言ってくれると助かるよ」
八坂さんも羽仁麻さんも賛成してくれた。ありがてぇありがてぇ。
というわけで、学食で注文するのは僕だけなのに、他の三人もついてきてくれた。
新一年生たちはまだ学食を利用する生徒が少ないようで、行ってみると思いのほかガラガラだった。見た感じ、利用者は二年生と三年生がほとんどである。
「じゃあ哲平、席の確保はよろしく――僕は注文してくるから。端のほうがいいな」
「わかった」
哲平に頼んでから、僕は食券を購入してカウンター越しにおばちゃんへパス。一分足らずで肉の乗ったうどんがすぐに出てきた。本当は昼休み前に食券を購入しておいたほうが選べるメニューも多いのだけど、僕が選ぶメニューは大概この肉うどんなので、あまり気にしないでいい。
「……なるほどね。好都合だ」
肉うどんを乗せたトレーを運びながら、思わずほくそ笑む。
哲平たちが座っているのは、学食の端――窓側にある長机の一番端。角にミャーちゃんが座り、その隣に八坂さん。そしてその八坂さんの正面に、哲平が座っているという形だ。
つまり僕もミャーちゃんと同じく長机の角になり、正面にミャーちゃんが座るという配置である。
ふっふっふ……僕は知っているんだ。こういう席に座るとき、斜め前の人と喋りやすく、好印象を抱かれやすいということをなぁ! ネットで見たことがあるんだよぉ!
よし、これからも自然とこの席になるようにしよう。
実際のところ、そんな心理学っぽいことを抜きにしても、正面に八坂さんがいたら僕もうどんの味なんてわからなくなってしまいそうだし、ありがたい。
「わ、わたし、学食食べたことないから、今度食べてみようかなぁ」
僕が肉うどんを持ってやってきたところで、ミャーちゃんが僕の昼食をのぞきこみながら口を開く。ミャーちゃんと八坂さんはすでに自前のお弁当を広げていて、哲平は総菜パンを三つ机に乗せていた。
「そうなのか? じゃあ明日食べてみなよ。僕も学食にするからさ――一人じゃなんとなく心細いだろ?」
「う、うん! お母さんに伝えて、そうするね」
「うんうん。僕のオススメは肉うどんだ」
「じゃあわたしもそれにする」
ニコニコと真正面から満面の笑みを向けてくるミャーちゃん。よっぽど学食が楽しみなんだなぁ。
もしかしたら学食を食べたことがないだけじゃなく、学食にやってくること自体これが初めてなのかもしれない。ちょっとそわそわしているように見えるし。利用しない人はとことん利用しないからな、ここ。
「それにしても、八坂がここにいるのはなんというか、不思議だな。羽仁麻と接点があったのか?」
哲平が八坂さんに話を振る。僕が八坂さんのことを好いているということを知らないていでの、うまい話の振り方だ。やるじゃないか哲平、僕は見直したぞ。
八坂さんは持ち上げようとしていた箸を弁当箱の上に置いて、姿勢を正してから返答した。事情を知っている僕からすると、緊張しているのがはっきりとわかる。
「えっと――そうではなくて、伊織くん繋がりですね。羽仁麻さんとは、これから仲良くなれたらと思っています」
「んへへ、よろしくね八坂さん。わたしも仲良くなりたいな」
とろりとした笑みを浮かべて、ミャーちゃんが笑う。
哲平は「そうなのか」と平坦に返事をして、それ以上追求しようとはしなかった。なにかしら僕が動いたと思っているのだろう。
しかし、なんというか意外だった。
ミャーちゃんが八坂さんと仲良くなることに対して、とても積極的なのだ。
そりゃ新しく友達ができて嬉しい――ということはあると思う。だけど、彼女は僕の知る限り、人と積極的に仲良くなろうとしない。広く浅くではなく、狭く深くを好む人間だと思うのだ。
だから話したこともない八坂さんに対して、ここまでぐいぐい行くのは珍しい――と思う。あくまで僕の主観だから、まったく見当はずれのことを僕が考えてしまっている線ももちろんあるのだけど。
昼休みのことで、彼女を誘ったときもそうだった。
僕が『八坂さんと哲平と一緒にご飯を食べないか?』と誘ったとき、僕はミャーちゃんが渋る可能性も考えていたのだ。小学校の頃に仲が良かった僕と哲平の三人ならともかく、接点のない八坂さんがいるのだから。
だがしかし、彼女は一瞬キョトンとしたような表情を見せたのち、なぜかやる気をみなぎらせたような表情に変わった。そして、こう言った。
『誘ってくれてありがと。私も八坂さんと仲良くなりたいから、一緒に食べたいな』
――と。
もしかしたらミャーちゃんの琴線に触れるなにかが八坂さんにはあったのかもしれない。
そんなことを考えている間に、八坂さんが動きを見せた。
「き、木戸松くんは、いつもパンなんですか?」
なるほど、悪くないアプローチだ。僕には彼女の考えが手に取るようにわかるぞ。
いつもパンなのか? イエス。
栄養が偏ってしまわないか? イエス。
だったら、この弁当のおかず、食べないか? イエス……という作戦だろう。これまた正統派の手段だが、有効な一手だ。
八坂さんは息を呑んで哲平の返事を待っている。哲平はというと、口いっぱいに頬張ったパンをもぐもぐと咀嚼してから、コップに注いだ水で流し込んだ。
「俺は基本的にパンだな。たまに学食を利用する」
「そ、その、栄養が偏ってしまったりしませんか?」
「その辺りは気を付けているつもりだが……二人の弁当に比べると偏っていると言わざるをえないな」
哲平はそう言いながら、二人の弁当に目を向ける。感心するような視線だが、どこか苦い表情を浮かべているのを付き合いの長い僕は見逃さなかった。
――はいはい、なるほどね。そりゃそんな顔にもなるよな。
「あ、あの、良かったら、ちょっと食べますか?」
八坂さんがそう言いながら、ピックの刺さったピーマンの肉詰めを持ち上げる。哲平の表情がわかりやすく歪んだ。
「……気持ちだけ、受け取っておこう。ピーマンは苦手なんだ」
追加で言うと、哲平は人参とピーマンとトマトとオクラが苦手である。そしてその四種を、八坂さんの弁当は不幸にもコンプリートしていた。
ご愁傷様――だがしかし、僕はどれも食べられますよ八坂さん! さぁ、その行き場の失ったピーマンの肉詰めを我が口に……!
「伊織くん、りんご食べる? 果物好きだったよね?」
と思っていたところに、ミャーちゃんが首を傾げて聞いてくる。
「ん? いいの?」
「うん、二つあるから、一つあげるね」
「おお、悪いな。ありがとう」
はいどうぞ、と言いながらお弁当を差し出してきたので、割りばしでリンゴを頂戴する。しゃくしゃくしゃくり。うん、美味しい。御馳走様でした。
「じゃあそんな優しい羽仁麻さんには、僕のうどんを一本あげよう」
「んへへ、ありがと」
等価交換として僕もうどんの入った器をミャーちゃんのもとにスライド。彼女は箸で一本だけうどんをつまんで、ちゅるちゅると食べた。
彼女の舌に学食のうどんはとても魅力的に感じられたらしく、恍惚とした笑みを浮かべていた。めっちゃ美味そうに食べるな、ミャーちゃん。なんとなく、昔も美味しそうに食べていたような気がする。記憶がほんの少しだけ蘇った気がした。
八坂さんの弁当は食べ損ねたが(もともと食べられていたかは不明だが)、貴重な果物を食べることができたので、今日のところは良しとしておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます