第4話 仲介役が必要だな




 八坂さんは電車で、そして僕はバスで家まで帰宅するので、公園でお別れとなった。


 バスに揺られながら、最後までまともな受け答えのできなかった自分を恥じていたのだが、『でも、最初が悪ければこれからどんどん印象が良くなっていくだけじゃないか?』という結論に達し、バスから降りることには自然と頬は持ち上がっていた。


 家に帰宅し、まだ職場で奮闘中の母の代わりに洗濯物を取り入れ、夕食を食べる夜の七時半ごろまでしばしのくつろぎタイム。


 父さんは俺が中学を卒業したタイミングで県外に出ているので、現在は母さんと二人暮らしだ。母さんはだいたい昼から夜まで仕事なので、ちょっとした一人暮らし気分を味わえるような感じ。


「八坂さんとの接点はかなり強いものとなったが、このままじゃマズいな。まったく思うように口が動かない」


 ベッドの上であぐらをかき、壁を背もたれにして呟く。そして八坂さんにもらった棒キャンディを口の中でコロコロと転がしながら、考える。


 哲平の恋愛相談がどうとか、そういうことはあまり考えていない。あいつはあいつで魅力的な部分がある男だが、僕だって負けていないと思っているから。


 現時点での最大の問題は、僕が八坂さんを前にするとまともに喋れなくなってしまっていることだ。さすがに僕の顔面や性格が八坂さんの好みと合致したとしても、『はひはひ』言っている男を好きにはならないだろう。


「んー……、八坂さんを前にするとビックリするぐらい緊張しちゃうんだよなぁ。どうしたもんか」


 いままでにない感覚だからか、自分の体がびっくりしてしまっているような感じ。

 例え今後、この『はひはひ』が改善していくとしても、あまり長く続くと彼女の中での僕の印象が『はひはひ』で定着してしまう。それは避けなければならない。


 どうするのが一番いいんだろう?


 美の暴力を前に正気を保てていないような感じだから、いっそのこと目隠しをすればいいのだろうか? いやしかし、僕は彼女の鈴を転がすような綺麗な声音を聞くだけでも狂ってしまいそうだ。


 目と耳を塞げば……?

 会話にならんやろがい。


「難題だな。米北の入試に出ていたら僕は解けなかったかもしれない」


 これでも学力は米北の中でも良いほうなのだ。


 ただし、僕はあまり長期の勉強が得意ではない。飽きるし、忘れてしまう。しかしその代わり短期の記憶力が優れていると自負しているから、期末試験などは比較的楽なのだ。試験前にちょろっと勉強すれば、それで点数が取れてしまう。


 そんな偏った頭脳をフル回転させて、解決策を模索する。

 腕を組んで棒キャンディをコロコロと口の中で転がすこと数分。一つの名案が生まれた。


「僕と八坂さんの、仲介役が必要だな」


 ただし、ここに哲平を呼ぶのはまさにバカの所業である。八坂さんに白い目で見られること間違いなしだ。なぜ八坂さんの恋愛相談に彼女の想い人を呼び込むのか。


 他の男子に関してだが、ある程度の親しさを持つ友人はいるけれど、彼らの口の堅さや深い性格などを、僕は知らない。


 そして女子も同じく、軽く話す人はいるけれど、それほど親しいわけでもない。


「僕が八坂さんを好きなことを相談できつつ、八坂さんの秘密を共有してもよさそうな人材が必要だ」


 そして、その人材に、僕は心当たりがある。


 口が堅そう――というかそもそも、人との関りが極度に薄そうな人間。

 それでいて、僕が恋愛相談をしても、喜んで協力してくれそうな人間。


 ――まぁ、羽仁麻美弥だよな。僕が小学校一年生から四年生までの間、親しくしていた女の子。


 疎遠になったきっかけは、一緒にお風呂に入ることや一緒の布団で寝ることを止めて、そして別のクラスになったこと。特に何か大きな事件とかケンカをしたりしたわけじゃない。まぁ哲平の家関連でちょっと色々あったけど、直接的な原因ってわけじゃないし。


 僕のぼんやりとした記憶にいるミャーちゃんは、小学校四年生だ。

 高校二年に至るまでの約六年間の間に、彼女の性格に変化が生じていても何も不思議はない。六年という期間は、きっと人が変わるには十分すぎる期間だろう。


 たまにチラリとみる感じ、相変わらず内向的ではあるようだけど、あくまで外見からの印象だから、断定することはできそうにない。高校の教室では、休み時間に読書をしているようだった。今日も自分の席からほとんど動かず、静かにしていた。


「ミャーちゃんかぁ……変わっちゃってるのかなぁ」


 哲平も僕のことを『大人しくなった』と評していたし、彼女は彼女で何か変化が起きているかもしれない。僕が大人しくなったのとは逆で、ミャーちゃんはアグレッシブになっていたり――。


「いやでもミャーちゃんだぞ。ミャーちゃんはミャーちゃんだろう」


 彼女が変わってしまった様子を、あまり想像できない。あまりというか、まったく想像できない。


 高校生になったのだから、小学校のころに使用していたこのペットみたいな呼び名で呼ぶのは良くないかもしれないから変えるとしても、彼女はそれすらも許容してしまいそうなほど、僕に甘い。『猫みたいに鳴いてみて』と言ったら、一も二もなく『にゃーにゃー』と言ってくれそうだし。


 僕のやることなすこと、全肯定するような女子なのだ。


「……考えてみたら、ミャーちゃんを避ける理由なんてなかったのかもな」


 いや、避けていたつもりは全くないんですけどね。たぶん無意識の領域だったと思う。気恥ずかしさとか、申し訳なさとか、そういう心のせいで。


「同じクラスになったのは、これもまた天啓なのかもな」


 羽仁麻美弥と、また仲良くなりなさい。みたいな。


 僕の人生は、全てが上手く回っている――少なくとも僕の見る世界は、そのように見えている。意味のないことはなく、全てが良いように作用する。


 道端で犬の糞を踏んだって、それはもともと汚れていた靴を洗うきっかけとなって、知人たちにも笑い話ができる。目覚まし時計が壊れて学校に遅刻したって、もしかしたらその時間に外出していたら交通事故にあっていたかもしれない。


 つまりこうして疎遠になっていたミャーちゃんと同じ高校、同じクラスになったのは、きっと意味があるのだ。


 となると、やはりこれは彼女に協力を要請せざるを得ないな。

 そうと決まれば明日の朝、さっそく声を掛けてみよう。


「まずは八坂さんに情報共有――といきたいところだけど、先にミャーちゃんと以前みたいに喋ることができるか確認しないとな。性格の変化も見てみないと、相談できるかもわからないし」


 あの頃のミャーちゃんと大きな変化がなければ、協力者として僕らの仲間にしたいと八坂さんに打診してみよう。


 そんな風に考えつつチラチラとスマホを確認していたけど、結局その日、八坂さんからのチャットは届かなかった。


 きっと彼女も僕と同様、緊張しているんだな! だって八坂さん、男子との絡みって少なそうだし。もしかして、彼女と連絡先を交換している男子って、すごく少なかったりしない? だとしたら、光栄以外のなにものでもないなぁ。





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