スパークル・フラグメント【ss集】

兎霜ふう

第1話 プラネタリー・ドワーフズ

 居住可能都市ドームに住む人々は、生存不可能区域そとに一歩出ればそこは何も聞こえないほどに静かだと思っている。

 けれど、実際はそうではない。ドームと外を区切るゲートを抜けても鼓膜を揺らす音は響き続ける。

 そのことをリガーが知ったのは、探査員になって初めて外に出た日のこと──もう一年前になろうとしている。

 蒸気タービンが回り、ゲートが閉まる。タービンの回る音が遠くなり、変わって耳に届くのは吹き荒れる砂嵐の音。

 この一年の間、リガーが外地探査に出たのは二十回だ。それほどの回数をこなしていても未だに外に出る時には緊張する。聞き慣れた蒸気や汽笛、タービンの音が砂嵐にかき消されていく瞬間は、自分の見知った世界と分断される不安に襲われる。いつだって安全に怪我なんてなくドームに帰れているのに、次こそは帰れないのじゃないかとふと頭をよぎってしまうのだ。

「さぁて、今日も始めるかね」

 リガーの隣で、心地良い低音の声が響いた。リガーは顔を上げる。

 隣には、リガーと同じ、丸いヘルメット付き防護服を着た男が立っている。彼の名はジーファ。外地探査についてリガーに知識と技術を授けてくれた師であり、この道三十年近くの大ベテランであり、ここ数回外地に出る時にリガーと組んでいるバディでもある。

 ジーファとともにリガーはゲート横の格納庫に向かった。吹き荒ぶ砂嵐に眼の前を遮られつつも、砂が溜まった地面を歩いていく。ジーファが腰から鍵を取り出し、指にリングを引っかけてくるりと回した。ボタンを押せば格納庫から車が出てくる。外地探査のために設計された、砂地をものともしない非蒸気駆動四輪車である。

 天井のないその車にリガーとジーファは乗り込んだ。

「何か言いたげだね、リガー?」

 運転席についたジーファが、ヘルメットの下で片眉をひょいっと持ち上げてみせた。

「……今日は、エンストしない?」

 リガーはシートベルトを締めながら尋ねる。ジーファがふふんと鼻を鳴らした。

「大丈夫だとも。車検でばっちり、悪いところはぜーんぶ直してもらったからね」

「それ、エンストする以外にも問題があったってこと?」

 リガーが疑いの眼を向ければ、ジーファはただにっこりと笑みを返した。リガーは眉間に皺を寄せてジーファを睨む。

「車検の時期じゃなくても、不調を感じてたんなら修理に出してよ」

 ジーファがこほんと咳ばらいをした。

「いいかい、リガー。車検じゃないと、代車のランクは最悪だ。エンストなんて可愛いもんだ。旧式と呼ぶには古すぎる、骨董品アンティークを渡されることになるし、予想に違わずそういう車はすぐに走れなくなるポンコツだ。だから、修理するなら車検の時、が絶対条件。君もそろそろ自分の車を持つだろう? よおく覚えておきたまえよ」

「……まあ、持つ時が来たらね」

 リガーは微かに顔を曇らせて答えた。

 ジーファが慣れた手つきでエンジンを掛ける。ぶおん、と車がそれに答え、砂埃を上げて走り出した。突然の発進に体が傾き、ぐ、とシートベルトが肩に食い込む。もう慣れたものだけれど、急発進急停止がジーファの癖なのだ。

 がたがたと揺れながら、車は進んでいく。リガーはただ前方を眺めていた。彼女らの周りに広がるのは、無限とも思える砂漠。時折盛り上がった山の中腹から金属の輝きが日の光を浴びて顔を覗かせる。それらは皆、旧世界の遺産だ。

 数千年前、この惑星の高度な文明は滅びた。その理由は昔すぎて伝わっていない。だが、その『滅び』によって人口は数百万人程度にまで減少し、生き残った人々はありあわせのもので作り上げたドームと呼ばれる街、蒸気駆動内燃機関都市──スペースコロニーを模した宇宙基地──の中で生活している。

 ドームの外はただ荒れた砂漠と瓦礫のみが存在する広大な土地が広がっていて、外に出るには専用の防護服を着用しなければならない。リガーたちのように防護服を着て外地調査に行くには資格が必要であり、有資格者を探索者ドワーフズと呼ぶ。これは、彼女らの役目が、砂を掘り下げ、遺された都市の瓦礫を掘り起こして、使用可能なものを拾い集めてくることに由来している。

 無言のまま砂漠を進むこと数時間。ジーファが車を止めた。ぐっと食い込んだシートベルトの感触にリガーは顔を顰める。

「さあ、着いたぞ」

 ジーファがエンジンを止め、車から降りた。リガーもまたシートベルトを外して飛び降りる。

 二人の前には砂地の中にぽっかりと口を開けた竪坑が待ち構えていた。車を数台並べてもなお足りないほどの直径を持つ巨大な穴である。近づいてみれば側面にらせん状に階段が刻まれていることがわかる。歴代の[[rb:探索者>ドワーフズ]]が作った道だ。リガーたちはその階段を下りて行った。

 今日探索するここは、何年にも渡って調査が続けられている遺跡だ。浅い階層は無視して深部を目指していく。

「ここらかね」

 ジーファが声を掛けた。リガーは頷いて、階段の途中に開けられた穴へと潜り込んでいった。この穴は前回見つけたもので、奥の調査が済んでいなかったのだ。

 身を屈めないと進めないほどの通路を抜けていく。通路は上り坂になっていて、地上へと伸びているらしい。

 やがて通路を出た。排気口のようなものから頭を出したリガーは、床に手をついて体を持ち上げ、穴を這い出る。ふう、と息をついた。汗がこめかみを流れて口許まで伝ってきた。防護服の空調を強めておく。

 リガーは辺りを見回した。薄暗くてよく見えないが、小部屋のような空間になっているらしい。腕についているライトを点灯させ、様子を窺う。

「ガラス?」

 天井や壁の反射光は強い。つるりとした素材でできていて、その向こうに堆積した砂の様子が透けて見えている。どうやらここはガラスでできた部屋のようだった。

 あちこちを照らし、部屋の中を探る。

「うわっ」

 強い光が天井から差し込んできて、リガーは思わず腕を上げて眼を庇った。眼の痛みが引いていくと、恐る恐る瞼を開ける。

「明るい、なんで?」

 リガーの手元にあるライト以上の光が部屋の中を照らしていた。天井を見上げれば、砂の一部が崩れている。見ている間にそこには砂が再び堆積してきて、すぐに元の暗さに戻った。どうやら、風の影響で上部の砂が取り除かれる時間があるらしい。

 気を取り直して部屋の調査を進める。部屋の中には棚があって、無数の小鉢のようなものが倒れ、割れていた。何かを入れて並べてあったのだろうが、一体何が入っていたのか。

「使えそうなものは……ないか」

 遺跡には、現代の技術を超えたお宝が転がっていることがあるが、今回は外れだったようだ。そろそろ違う場所に向かうか、と踵を返した時、視界の端に何かが映った。

「……?」

 見逃してはいけないもののような気がして、リガーは引き返す。ライトをあちこちに向けて、意識に引っかかったものを探した。

「なんだこれ?」

 リガーは首を傾げた。

 部屋の床の上、傾いてへこんでいる場所にそれはあった。

 見たこともないものだった。大きさは、リガーの小指の先よりも小さい。楕円形をした薄い紙のようなものが二枚重なって細長い棒にくっついている。色も見たことがないものだった。なんと形容したらいいのかわからない。

 リガーはしばしそれと睨み合い、口許のボタンを押して通信をオンにした。

「ジーファ、ちょっと来て。初めて見るものがあるんだ」

『了解』

 返事を聞いてから二十分ほどしてジーファがやってきた。

「ふう、老体にはきつい道だな、ここは。それで、見つけたのは?」

「これ、なんだけど」

 リガーが指さしたものにジーファが近づいていく。

「これは……」

「ジーファなら知ってるかなと思って。年食ってるから」

「言い方がよくないなー。経験豊富と言いなさい」

「ごめん」

 ジーファが跪き、手を翳した。そっと指先で触れてみる。

「機械、じゃなさそうだが……」

「ジーファも知らないもの?」

「ああ。初めて見たよ、私も。こんな形のものが発見されたという記述も、ちょっと覚えがないな……」

 ジーファは腕を組み、ううん、とうなり声をあげた。かと思うとまるっきり動かなくなってしまう。リガーはその後ろで静かに控えていた。ジーファがこうなる時は、頭の中にため込んだ知識を引っ張り出し、ひっくり返している時なのだ。邪魔をしたら怒られる。

「……わからん。とりあえずスキャンしてみるか」

 ジーファは腕を解くと、手の甲についているボタンを押した。赤い光が発せられ、謎の物体を上からなぞっていく。リガーはジーファに近付き、彼の手元に浮かんだディスプレイをのぞき込んだ。そこに表示されているのは、謎の物体の組成だ。端から端まで眼を通したが、それでも正体はわからない。

「さっぱりだ。なんでこんなものが含まれているの? ……ジーファ?」

 ぴくりともしていないジーファに気がつき、声を掛けた。ジーファは震える手で謎の物体に触れ、火傷でもしたかのようにすぐに手を引っ込めた。

「ジーファ?」

 意味がわからない行動に、リガーは再び問いかける。ジーファが振り向いた。その表情は困惑と興奮とがないまぜになったものだった。

「リガー、これは、植物だ」

「植物?」

 リガーは眼を丸くし、視線を謎の物体に向けた。

「これが? うそでしょ、だって、古文書に書いてある植物ってもっと太い棒に、ふさふさしたものがいっぱいくっついている姿だよ」

「ああ、でも、これまで見つかったものと一切一致しない。なら、ないはずのものがあった、ということだ。これは、数千年ぶりにこの惑星に生えた、植物なんだよ」

 リガーは信じられない思いで謎の物体──植物を眺める。植物はただじっと、何かに耐えるように佇んでいるだけだった。

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