第6話 前で戦う罪人たち
朝のグオシア冒険者ギルド。まだ薄暗さの残る外から、冷たい空気が侵入するたびにギルド内の小さなランプがかすかに揺れた。
その中を足早に進む二つの影がある。レオールとアルテア、彼らはごく控えめな装備を背負い、曇った息を吐きながらカウンターへと向かった。ギルド内には既に数名の冒険者や職員がいて、黙々と書類をめくったり、装備の手入れをしたりしている。
「おはようございます、あなた達は……」
受付嬢と思われる女性が二人に微笑を向ける。焦茶色の短い髪をリボンで束ねた、まだ若い女性だ。彼女の声が、張りつめた空気に少しだけ柔らかさを与えた。
「初めまして、昨日この街に来たレオールです。そしてこっちが……」
「見習い魔術師のアルテアです!」
「レオールさんとアルテアさんですね、受付嬢のシェイラです。よろしくお願いします」
シェイラは微笑を絶やさぬまま二人を見渡してから、深々とお辞儀をする。
「あの……なにか新しい依頼は入ってきましたか?」
レオールは挨拶もそこそこに問いかけた。背筋を伸ばし、瞳にはそれなりの覚悟を宿している。アルテアはローブの端をつまみながら、にこやかにシェイラを見上げた。
「ちょうど今朝、郊外でハイジン眷属がまた出没したという報告が入りまして……。被害が出る前に、至急対応してほしいという依頼が貼り出されています」
シェイラが壁の掲示板へ視線を向ける。そこには大きく「危険度:高」と記された紙が貼られていた。文面には、交通路の安全確保が急務。遠征を行う冒険者を急募とある。
「やはりか……。じゃあ、俺たちもこれを受けよう」
レオールが迷いなく告げると、アルテアも軽く手を挙げて「はいっ!」と返事した。彼女の声は幼いながらも弾むような響きを含み、一見、危険地帯へ向かう緊張感とは無縁のように見える。
「わかりました。実は、その討伐依頼には何にか罪人も同行される予定なんです」
シェイラが続けると、レオールは一瞬だけ眉をひそめる。
「罪人……か。聞いたことはあるな……冒険者ギルドが執行する刑罰の一種として、この地に送り込まれた人たちのことか?」
「はい。魔神ハイジンと戦うために、この地に来られた罪人ですね。鎖付きの雑役とは違って……罪を犯した身でありながら、ある程度の自由は許されている人たちなんです」
シェイラの口調に微かな憂いが混ざっているのは、彼女が良心を持つ受付嬢だからだろう。罪人たちが国やギルドに使い潰される実態を、日々間近で見ているのかもしれない。
「罪人でも実力があれば、ハイジン討伐に駆り出される。納得できるとは言い難いが……人手不足だし、仕方ないんだろう」
レオールは低い声で呟く。アルテアは彼の袖を掴んで、「ふふ、何だか面白そうだね。いろんな人がいるんだ」と小さく笑う。
「では依頼内容ですが、支部長のロイから詳しい説明を聞いていただけると思います。奥のカウンターへどうぞ」
そう告げるシェイラに礼を言い、レオールとアルテアはギルドの奥へ向かった。そこでは、ずしりとした体格の壮年男性――ギルド支部長のロイ・マーヴィンが書類を確認している。スキンヘッドに近い短髪と厳つい眉が、彼の元冒険者としての歴戦ぶりを物語っていた。
「ほう、お前たちが例の二人組か……」
ロイは顔を上げて、淡々とした口調で言葉を放つ。その瞳には期待と警戒が入り混じっていた。
「郊外の道がハイジンの眷属に襲われているんだ。物資の搬入が滞れば、街の皆が凍死しかねん……お前たちも討伐に行くなら歓迎する。だが死ぬなよ?」
「承知しています。早速向かわせてもらいます」
レオールの返答を聞き、ロイは書類を一枚差し出す。そこには地図が描かれ、出没地点の大まかな位置が示されている。
「良し。ただし……今回、おまえたちと一緒に行く連中がいる。罪人のみで編成された部隊だ。実力は確かだが、色々と癖もある。くれぐれも足並みを乱すな」
「わかりました」
ロイはレオールの真っ直ぐな眼差しを一瞬だけ見つめ、無言で頷く。アルテアは相変わらずにこやかだが、その瞳の奥には冷たい光が瞬いているようにも見えた。
※※※
ギルドの休憩スペースにて二人が依頼書の詳細を確かめていると……ギルドの奥から足音が響き、一際目立つ4名がやって来る。職員が紹介するまでもなく、彼らは圧のある存在感を放っていた。
「こいつらが……」
レオールが小声で呟く。まず目に留まったのは、焦げ茶色の髪をポニーテールにし、騎士用の軽装鎧を纏った女性だった。硬派な眼差しと姿勢の正しさが際立っており、誇り高い騎士であった頃の名残を色濃く感じさせる。
「ユリア・ブラントです、よろしくお願いします」
軽くお辞儀をした後、彼女は二人を一瞥して……アルテアの姿に驚くように眉を上げた。
「子ども……ですか? あなたたちがハイジン討伐に?」
凛とした声だが、厳しさがにじむ口調。レオールは短く頷く。
「守るべきものがある。そういう理由で、俺たちはここへ来た」
「……なるほど。でも、危険には違いありません。足並みを乱さぬよう願います」
一方、淡い緑髪のローブ姿のエルフは、あまり興味がなさそうに視線を伏せる。彼女は研究者らしい冷静な目つきで書類を眺め、切れ長の瞳を動かすだけだ。そこには感情らしいものがほとんど浮かんでこない。
「……私はセレナ・ラリシル。エルフの学派研究員だった者です。今は罪人呼ばわりですが……あまり口を挟むつもりはありませんので、どうぞご自由に」
声は静かで落ち着いているが、まるで感情が希薄なぶん、周囲に冷ややかな空気を漂わせる。ローブの裾を指先で揺らすだけで、彼女はそれ以上の説明を求められても応じないような態度を示していた。
「……私には研究目的もありますので、無駄な戦闘は避けたいんです。討伐とはいえ、リスクが大きいですから」
彼女がそう零すと、尻尾をフリフリさせている猫獣人の少女が、隣で「いやぁ、でも死にたくないからやるしかないっしょ~」と明るく言った。
「ボク、ミューフェ・フェルティナ。好んでハイジンと戦うなんて……物好きだにゃあ」
陽気すぎる態度に、ユリアの眉間が微かに寄るが、何も言わない。
そして最後に、落ち着いたイケオジ風の男性が目を細める。やや灰色がかった黒髪を短めに整え、こざっぱりしたひげを蓄えた姿は、世間の荒くれ冒険者と一線を画す雰囲気だ。
「なるほど……あなたたちがレオールさんとアルテアさんですか。話には聞いています。自主的にハイジン討伐に加わるとは……ええ、珍しい方々ですね」
その男性は少し飄々とした口調で笑う。
「おっと自己紹介が遅れましたね、私はイシュリー・マックスウェル。マクスとでも呼んでください」
マクスは軽く片手で杖を持ち直し、穏やかな笑みを浮かべた。
「わたしはアルテアです! 修行中の身でして、レオールと一緒に強くなりたいんです!」
その言葉に、猫獣人のミューフェが「へぇ、可愛い子も大変だにゃあ」と尻尾を振る。ユリアは「危険な場所です。死なないように」と冷ややかに注意するが、アルテアはまるで気に留めていない様子だった。
一方レオールは四人を見渡し、皆が相当な実力者であると直感で感じ取った。鎖のつけられない罪人という特別待遇は、それだけ危険かつ有能な存在だということにほかならないのだろう。
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