第35話 決着1

 「ああ、それにしても平和だな。まだ魔獣と出会わないよ」

 アンナはしばらく歩いていて、全く魔獣に出会わなかったことに気付いて、そんなことを躓いていた。

 確かに今までは何度も何度も魔獣と出会い連戦を続けてきたが、今度は全く魔獣と出会わなくなり、それはそれで寂しかった。

「まあ、出会わない方がいいってことはわかっているんだけどさ、いざ出会わなくなると不安になるっていうか、言葉には表しにくいけど、これからなにか起きるんじゃないかって気持ちになるよね。山の上の方に魔獣が帰ったから出会わないだけだと信じたいな」

 アンナが湖で爆発を起こしてから随分と時間がたっているのだ。もうそろそろ魔獣が元々いたところに帰っていてもおかしいところは何も無い。アンナはそう信じて歩いていた。

 実際にその考えは間違えてはいなかった。降りて来た魔獣の中の半数ぐらいは山の上の方に帰っていて、アンナのそばに魔獣はあまり残っていなかったからだった。

 しかし、それでもここまで魔獣と出会わないのはおかしなことだった、一時的だったが魔獣が急に増えたせいで食料が少なくなり、食料を求めて歩き回っている魔獣は決して少なくなかったからだ。

 では何故、アンナのそばには魔獣がいなかったのだろうか。それは今後起きることを本能的に察して、そこから離れていたのだった。

 アンナもこの旅によって多少は勘が鋭くなったものの、生まれた時から山の中で生きている魔獣に比べるとさすがに劣っている。

 だから、それの接近に気付いたときはもう遅かった。

 アンナの聴覚が足音を聞き取った。その足音から大きな体を持った生物で、おそらく足の一本を失っており、歩き方が不安定なように感じられる。

「ッ――――――、何か来た!でもどうしてここまでに接近に気付けないの⁉」

 こんなに大きな体を持っているのなら、もう少し前から足音が聞き取れるはずなのに、接近が気付けなかったことに疑問を持つ。

 ただ、このようなことは二回目だ。一回目は旅の二日目の雨が降っていた時、その時はワルトも一緒にいたが、それでも接近に築くことができなかった。

 背筋に冷たいものが走り、ソレの正体が理解できる。ソレと出会うのはこれで三度目だ。もう会わないと思っていたが、その予想はことごとく裏切られる。

 もしかしたら運命の相手なのかもしれない。そう思っても仕方ないほど、何度も何度も遭遇する。

 そして、接近に気付かなかったということは、さらに悪いことをアンナに伝えていた。それは、今の上位種は魔法を使うことができるということだ。

 今日の朝に上位種と出会った時は魔法を使えてはいたものの、戦闘中にずっと最大出力で使えてはおらず、隙をつくという形で魔法を使っていたはずなのに、今度は最初から魔法を使っているのだ。それは朝に戦った時よりもずっと手ごわくなっていることを意味している。

 ソレの姿がようやく見ることができるようになった。

 あの爆発の影響なのか、上位種は両目を閉じていて、さらに前足の片方を失っていた。

 それに加えて、体中に傷があり、その中にはまだ出血しているところもあった。

 だけど、その威圧感は少しも衰えてはいない。いや、むしろ朝に出会った時よりも随分と威圧感を感じ、それは初めて出会った時とあまり変わらなかった。

「………………やあ、また出会えたね。私はもう二度と会いたくなかったけれど、私たちは何度も出会うって運命に紐づけられているのかな、君はどう思う?」

 当然、人間の言葉など理解していない上位種から返事など帰ってこない。そんなことはアンナも理解していたが、そんなことを問いかけていた。それは現実逃避の一環だったのかもしれないが、今はそんなことを考えている暇など無い。

「ッ――――――――――――――!」

 上位種が返事の代わりに放った殺気に当てられて、全身から冷汗が湧き出てくる。こんな殺気を放たれたことなんて今までに無かった。

 そして、上位種の気持ちも理解した。

 上位種は今まで、自分の全てを使ってまでアンナを殺そうとしたことは無かった。最初に出会った時は、アンナのことはとるに足らない生き物だと見下していて、その注意はワルトに向けられていた。

 二回目に会った時は、アンナのことを殺そうとしていたが、自分が死なないようするために、魔法の使用を最小限にとどめ、温存しようとしていた。

 が、今度は違う。アンナを殺すためなら自分が死んだってかまわない、相打ちだって望むところだ。そんな気持ちでアンナのことを殺そうとしていた。

 何故、そんなにアンナのことを恨んでいるのかはわからない。取るに足らない生き物が、生物の中でも頂点に近い位置にいる自分に歯向かってきたことが許せないのか、それとも二度。自分の体に大きな傷を負わせたことに対しての怒りなのか、そんなことはわからない。

 だけど、上位種が宿している憎しみが、どれだけ大きなものなのか、ソレははっきり理解できた。

 体が震えてくる。こんなに憎しみの感情をぶつけられたのは初めてだ。屋敷にいた時でさえ、ここまでの憎しみはぶつけられなかった。

「でも、殺されるわけにはいかないんだ。ワルトさんに誓った夢はまだ叶えられていないから、こんなところでは死ねない」

 ワルトに誓った夢を思いだし、震えている体を落ち着かせる。その夢は今のアンナの原動力であり、生きる理由の全てだった。その夢さえあれば、どんな状況でも諦めたりはしない。

 ただ、それは上位種も同じことだった。憎しみと憧憬の違いはあれど、願いを叶えるまでは死ねないのは二人とも共通していた。

 上位種が襲ってくるソレは最初から風を纏っていて、アンナを噛み砕こうと牙で襲い掛かってきた。前足の片方を失ったためなのか、大きな爪を使う気配は無い。

 それは、アンナにとってありがたいことだった。風を纏っている状態で、爪を使った攻撃をされると、どんなに頑張っても防ぐことができないからだ。

 アンナは牙から逃れるために、身体強化をして上に飛び跳ねた。そのおかげで牙を避けることはできたが、空中にいる時は身動きができず、上位種の追撃を避けられない。

 しかし、それは昔のアンナだった場合だ。アンナは上位種の接近に気付いた瞬間、辺りにたくさんの糸を張っていた。

 アンナは空中に張っていた糸に飛び乗る。そのおかげで空中にとどまることができて、上位種の追撃を避けることができた。

 そして、上から上位種の様子を観察する。上から見た方が上位種の現状を正確に把握することができて、弱点を見つけやすくなっていた。

 しかし、それは弱点があった場合の話だ。上位種は両目を失った影響で何も見ていないはずなのに、どういうわけか周りの物の位置を正確に把握することができていて、目が見えないことを利用した攻撃をしたとしても、成功するとは思えなかった。

「んー、なんで周りが見えるんだろう?しかも、透明な魔力の糸の位置まで把握してるのは意味が分からないよ。まあ、今はそんなことを考えている場合じゃないよね、どうにかして上位種の弱点を見つけないと」

 しかし、そんなことを考えている時間は無かった。上位種はアンナが乗っている糸を括り付けている木に嚙みついて、倒そうとしてきた。

 「まずいっ!」

 上位種は木を簡単に噛み砕けるようで、すぐに木が倒れていき、それに括り付けてある糸に乗っていたアンナは落下していく。

 しかし、アンナの判断は早かった。落ちるとわかるとすぐに魔力の糸を出し、まだ倒れていない木に絡みつけて落下することを阻止していた。だけど、これでは上位種の弱点を見つけることができず、勝つためには正面から打ち破らなくてはいけない。

「まあ、そういうもんだよね、近道なんてあるわけない。……さあ来い、決着をつけよう」

 もう弱点なんて探したりしない。ここからできることは、どんな手段を使ってでも目の前にいる上位種を倒すことだけだ。

 戦いが始まる。これで三度にわたる因縁の戦いの決着がつく。

 その結果はまだ誰にもわからない。

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