第2章 向き合うことで変わるもの⑤

2.4 挫折と、新たな気持ち

2.4.1 期待と達成感


メイクポーチを主役にした写真は、私のこだわりが詰まった一枚になった。


撮影は一眼レフカメラ。

構図、ライティング、小物の配置、すべて細かく調整して、納得のいく一枚を追い求めた。

仕上げの編集にも時間をかけて、色味をほんの少し暖かくし、柔らかい雰囲気を足す。


完成した写真を見つめながら、私は小さく息を吐いた。


「……うん、いい感じ。」


自画自賛するのはあまり得意じゃないけど、今回ばかりはそう思えた。


部活でその写真を提出すると、日高先輩が写真をじっと見つめて、短く言った。


「いい写真だな」


たったそれだけなのに、心臓が跳ねる。


(やった……!)


内心ガッツポーズをしつつも、私は平静を装って「ありがとうございます」とだけ返した。


日高先輩の「いい写真」は本当にいい写真にしか向けられない。

それを言われたってことは、私の写真が認められたってことだ。


「めっちゃおしゃれ!」と紬先輩が言い、「光の使い方がいいな」と荒川先輩も珍しく褒めてくれた。


でも、一番印象に残ったのは、白石先輩の一言だった。


「すごく和奏ちゃんらしい写真だね」


「私らしい……?」


「うん。こだわりがあって、華やかで、でも作り込みすぎてなくて。ナチュラルに可愛い感じがする。」


私はその言葉をかみしめる。


「私らしい写真」なんて考えたこともなかった。

でも、それを言われたことが、すごく嬉しかった。


写真を始めたばかりの頃は、ただ「上手く撮ること」だけを考えていた。

でも、今目の前にある写真は、ちゃんと「私」が撮ったものになっている。

それが認められた気がして、じんわりと嬉しくなった。


この作品なら、もしかしたらコンクールでいい結果が出るかもしれない。

密かに期待が膨らんでいく。


***


「ねえねえ、和奏!」


教室に戻ると、すぐにクラスメイトの女子たちが駆け寄ってきた。


「写真できたんでしょ? 見せて見せて!」


「おっ、絶対すごいやつじゃん! 和奏、マジで写真の才能あるんじゃない?」


私が写真を見せると、「やばっ!」「え、これ和奏が撮ったの?」「プロじゃん!」と、次々に歓声が上がる。


「ねえ、これ絶対入選するよね?」


「するする! 和奏って、何やってもできるもん!」


「さすが私たちの和奏!」


みんなのテンションの高さに、私も自然と笑顔になる。


「まあ、狙うのは優勝だけどね?」


「出た~! 和奏の自信!」


「でも本当にありそうじゃない?」

「うんうん!」


期待に満ちた言葉が飛び交う。

こういう雰囲気、悪くない。


むしろ、最高。


やっぱり私は”イケてる女子”でいたいし、“できる女”でいたい。


そして――

写真でも、そのポジションを確立したい。


(これなら、いけるかも)


心の中でそう呟いた。


部活では「写真に本気になっている自分」を見せて、クラスでは「すごいねって言われる自分」を演出する。


でも——


「私らしい写真」って言われたときの、あの感覚だけは、演技でも計算でもなく、本当に嬉しかった。





2.4.2 敗北と悔しさ


結果発表の用紙が、部室の机の上に広げられている。

黒々とした文字が並ぶその紙を見た瞬間、私の心臓は嫌な音を立てた。


「やった……!」


白石先輩の澄んだ声が響く。

その手元には、入選の証となる封筒。

日高先輩の名前も、すぐ下にあった。


「すごい、匠くんも上位入選じゃん!」


紬先輩が嬉しそうに拍手する。

そして、その少し下に、森下真哉の名前が見えた。


佳作。


「……すごいな、お前」


思わずそう呟いた。

森下は目を丸くしたが、すぐに視線をそらした。


でも、彼の耳がわずかに赤くなっているのを見て、少しだけ悔しくなった。


そして——


私の名前は、どこにもなかった。




笑うべきだったのかもしれない。

「やっぱりまだまだでしたね!」って、いつものノリで軽く流せばよかったのかもしれない。


でも、喉の奥が固まって、何も言えなかった。


「……はい」


やっとのことで絞り出した声は、驚くほど弱々しかった。




白石先輩の写真は、息を呑むほど美しかった。

光と影のコントラスト、完璧な構図。


日高先輩の写真は、静かな情熱を感じさせるものだった。


森下の写真は、見た瞬間に感情を揺さぶる何かがあった。


そして、私の写真は——


誰にも届かなかった。



「私は結局、何を頑張ってたの?」

頭の中でその言葉がぐるぐると回る。




最初は、ただの計算だった。

日高先輩に近づくための手段として、写真部を選んだ。

でも、いつの間にか「もっと上手くなりたい」と思うようになっていた。

白石先輩や日高先輩みたいに、人の心を動かせる写真が撮れたら——って。


でも、その努力は何の結果も生まなかった。


「そもそも私は、日高先輩を振り向かせるために頑張っただけだったの?」



——違う。


気づけば、悔しさとは別の感情が胸を締めつけていた。


私は、写真そのものが楽しくなっていたんだ。




でも、それを認めたら。

私の中の「計算された私」が、何かを失う気がした。


だから、私はただ唇を噛み締め、誰にも気づかれないように俯いた。

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