第2章 向き合いことで変わるもの①
2.1 写真の基礎を学ぶ—「可愛い」は正義じゃない?
2.1.1 写真部での気づき
「え、なんで……?」
カメラの液晶画面を覗き込みながら、私は首を傾げた。
今日の写真部の活動は、校内を歩き回りながら自由に撮影するというもの。
私はいつも通り、「可愛いもの」を見つけることに全力を注いだ。
たとえば、中庭の隅に咲いていた小さな白い花。
たとえば、陽の光を受けてキラキラ輝く校舎の窓。
たとえば、ふわふわしたシルエットの猫型キーホルダーをつけたリュック。
「映える角度」を意識して、何枚もシャッターを切った。
……はずなのに。
撮った写真を見返してみると、なんだか「思ってたのと違う」。
「もっと、こう……ふわっと可愛くなるはずだったんだけど」
カメラの設定が悪いのか、それとも光の加減?
いや、それ以前に、全体的にパッとしない。
私の目には「可愛い」と映ったはずのものが、写真になると魅力を失ってしまう。
「滝沢、その写真……」
隣から、日高先輩の低い声がした。
思わず背筋が伸びる。
「見せ方は計算されてるけど、魅力が伝わらないな」
……え?
思わず顔を上げると、先輩はいつものクールな表情のまま、私のカメラの液晶を指さした。
「滝沢が「可愛い」と思うものを撮ったんだろうけど、それが写真の中で生きてない。映える角度ばかり気にして、被写体の良さを引き出せてない」
「……!」
ぐっと口を噤む。
確かに、私は「可愛く見えるように」撮ったつもりだった。
でも、それが「可愛く映る」わけじゃない?
「被写体の魅力を引き出すには、撮る側の目が大事なんだよ」
淡々とした匠先輩の言葉に、胸がざわついた。
「……ってことは、私の目が悪いってことですか?」
なるべく平静を装って聞く。
だが、先輩は首を横に振った。
「悪いとは言ってない。ただ、まだ浅い」
「……」
浅い。
私の写真が、私自身の浅さを映している?
「っ……」
何も言い返せなかった。
「まぁ、そもそも写真は撮る人の視点が反映されるものだからな」
そう付け加える匠先輩の声が、やけに冷静で、それが逆に心に刺さる。
「滝沢の「可愛い」って、結局どこを見てるんだ?」
日高先輩の言葉が頭に残るまま、私はもう一度、自分の写真を見つめた。
私の「可愛い」って、何?
2.1.2 試行錯誤と葛藤
「……まだ浅い」
日高先輩の言葉が頭から離れなかった。
自分なりに頑張ったつもりだった。
でも、結果は「浅い」。
悔しい。
認めたくない。
でも、何がどう浅いのかもよく分からない。
写真部の部室で、一眼レフの画面を見つめながら、私は深いため息をついた。
「和奏ちゃん、大丈夫?」
ふんわりした声がして顔を上げると、紬先輩と白石先輩がこちらを見ていた。
「……大丈夫です! ちょっと考え事してただけです」
できるだけ明るく振る舞う。
完璧に計算された「可愛い女子」の私が落ち込んだ姿なんて誰にも見せたくない。
「先輩たちなら、私の写真、どこが悪いか分かったりしますか?」
「うーん……悪いっていうより、和奏ちゃんらしさが出てない気がするなぁ」
「らしさ?」
紬先輩が少し考え込む。
「うん。和奏ちゃんって、すっごく自分の魅せ方が上手じゃない?制服の着こなしとか、メイクとか……そういうの、写真にも生かせるんじゃないかな?」
「そう……ですか……?」
自信がない。
今までの私は「ちょうどいい可愛さ」をつくることに全力を注いできた。
どんな髪型が盛れるか、どんな角度が一番よく見えるか、全部計算してきた。
だけど、写真を撮るとなると、どう応用すればいいのか全然分からない。
「でも、和奏ちゃんが一生懸命なの、すごく伝わってくるよ」
白石先輩が優しく微笑む。
「うん! 心春もこう言ってるし、きっと大丈夫だよ!」
紬先輩が屈託なく笑うのを見て、少しだけ気持ちが軽くなった。
「……ありがとうございます」
励ましてもらったのに、内心は焦りだらけだった。
「今までのやり方が通じないなら、別の方法を試すしかない」
そう思って撮り続けたけど、どこをどう変えればいいのか分からない。
光の使い方?
構図?
シャッターのタイミング?
何度も撮り直してみる。
だけど、どれも同じような写真ばかり。
全然納得いかない。
*
「まあまあかな〜」
ある日の昼休み、クラスの友達に「写真部どう?」と聞かれたとき、私は余裕たっぷりにそう答えた。
教室の中では、私はキラキラした「一軍女子」。
ヘアアイロンで軽く巻いた髪も、校則ギリギリを攻めたメイクも、スカート丈も完璧。
「へぇ〜、楽しそうじゃん!」
「イケメン先輩はどう? 進展あった?」
「うーん、まだまだこれからって感じかな?」
適当に微笑みながら、話を合わせる。
写真のことも、日高先輩のことも、本当は全然うまくいってないのに。
放課後、部室に行くと、私は「できない自分」と向き合うことになる。
ここでは、キラキラした「一軍女子」なんて通用しない。
「なんで、こんなにうまくいかないんだろう……」
写真もダメ。
恋愛もダメ。
私って、今までそれなりに何でもうまくやってきたはずなのに。
小学生の頃から男子にモテて、イケメンの彼氏が途切れたことなんてなかった。
努力だってしてる。だけど、今回ばかりは……どうすればいいのか、本当に分からない。
「……向いてないのかな」
ポツリとつぶやいたとき、後ろから声がした。
「じゃあ、今ここで諦めるなよ」
振り返ると、森下がカメラを構えたまま、こちらを見ていた。
「……何それ、応援してくれてるの?」
「別に。ただ、お前が負けるとつまらないだけ」
「……負ける?」
「だって、お前、俺に負けたくないんだろ?」
ドキッとした。
「そんなこと……」
「嘘だ。絶対思ってる」
真哉はカメラの設定をいじりながら、淡々と言う。
「お前、俺の写真見て悔しそうな顔してたし」
図星すぎて、何も言い返せなかった。
「……ふん、まあね」
私は腕を組んでそっぽを向いた。
負けたくない。確かにそれはある。
「私、もう一回基礎からやり直す」
そう言ったら、真哉は小さく頷いた。
「それがいい」
簡単な一言。
でも、なぜかすごく納得できた。
可愛い物を撮るだけじゃなくて、被写体そのものの良さを引き出すこと。
そういう写真を撮るには、どうすればいいんだろう?
次こそは、もっといい写真を撮ってやる。
私はカメラを握りしめ、決意を新たにした。
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