第85話「鋼メンタルでドラコにプレゼントし抜く」

「~~♪」


 ロングスカートをはためかせ、ドラコは広い玄関ホールを落ち着きなく歩き回っている。

 鼻歌など歌っており、見るからに上機嫌だ。

 ドラゴンの里に精霊石を取りに行くと聞いてから、ずっとこんな調子だった。


 別に家庭教師を降りるってわけじゃないんだけどなあ。

 ただの一時帰省の里帰りなんだけど、故郷に戻れるのがそんなに嬉しいんだろうか。


 そりゃ嬉しいだろうね。

 なんせドラゴンの王子様って言ったってたかが10歳のガキだよ。

 それが親から引き離されて、見下してる人間の群れの中でたったひとり暮らせっていうんだから心細いに決まってるわな。

 たかが1か月親元から離れて過ごしてるだけではあるんだけど、子供の体感時間って大人よりずっと長いからなあ。

 僕も小学生の頃、一週間林間学校に行くだけで随分と大冒険したように感じたもんだ。それが今や異世界で半年暮らしてるんだから、まあ遠くに来たもんだね。


 まあドラコは子供だから身一つで旅に出られる気楽な身分だけど、僕たち大人はそうはいかない。ちょっとした冒険に備えて、あれこれと旅支度を整える必要があった。


「こんなもんでいいかな」


 僕は玄関に置かれた小舟を見て、うんうんと頷いた。

 小舟の左右には巨大な取っ手が取り付けられており、ちょっとやそっとでは外れないようにロープで幾重にも巻かれて極めて頑丈に接着されている。

 あちこちにある頑丈な縄は、僕たちと船体を結ぶ命綱だよ。頑丈な布で船の上部を覆って、体が冷えたり物が飛ばされたりしないように風防も用意してある。

 素人の俄かごしらえの割には、結構しっかりしたものになったんじゃないかな。


 これはゴンドラだ。

 今回の旅では、ドラゴンモードになったドラコにこの小船を持ち上げて運んでもらう。僕たちはこいつに乗り込んで、空の旅を楽しもうって寸法だね。


「はぁ!? なんでボクが馬の代わりにお前たちを運ばないといけないのさ!」


 最初この計画を聞いたドラコは、そんな感じで物凄く反発してきたんだけど。


「しょうがないだろ、僕たちには翼がないんだから。お前に運んでもらうしかないんだよ」


「そんなのボクひとりでぱぱっと取ってくれば済む話だろ。先生たちが来なくたっていいじゃんか」


「お前ひとりで帰ったら、人間の世界での暮らしが嫌になって逃げて来たと思われるぞ? そうしたらパパさんはどうするかな。がっかりするかな、それとも怒るかな?」


 僕がことさらにニヤニヤと笑いながら言ってやると、ドラコはむすっとした顔で黙り込んでしまった。

 我ながら、ちょっと意地悪だったかな?


「……別に嫌じゃねーし」


「ん?」


「うるさいな、連れてきゃいいんでしょ! ドライグの繁栄ぶりに腰を抜かすなよ!」


「ほぉー、そいつは楽しみだな」


 何かを誤魔化すようなキレっぷりを見せたドラコに、ウルスナがずずいと割って入ってきた。

 何だかすごく楽しそうな笑顔を浮かべて、細い顎に指を置いている。


「前々から気になってたんだよ、お前がそこまで絶賛するドライグの文化ってのが。お前の話だと、この高級住宅街がみすぼらしく感じるほど美しい景観で、ここみたいなでっかい屋敷が犬小屋に感じるほど繁栄してて、人間の王族もかくやという豪奢な暮らしをしてるんだよな?」


「え、あ、その」


 ウルスナの言葉に、ドラコは視線を泳がせる。

 そんな狼狽もあらわなドラコに、ウルスナはずずいと詰め寄った。


「ユージーンが毎朝早起きして俺たちのために作ってくれる朝食がドライグの残飯よりマシな程度なんだよな? いやあ楽しみだなー。俺、毎朝お前がそういうこと言うたびにどんな美食を喰ってんのか気になっててさあ。さぞ素晴らしい飯を馳走してくれるんだよなあ?」


「…………」


 僕、甘かったわ。

 意地悪な物言いってこういう感じのことを言うんだね。

 さすが元高位貴族だよ、嫌味のレベルが違うわ。きっと高位貴族ってこういう嫌味合戦が当たり前なんだろうね。いやあ……高潔なウルスナの性格に合わないだろうなあ、その暮らし。

 自分の奥さんがこんなこと言っても、嫌な気持ちにはならないよ。

 ウルスナは僕のために怒ってくれてるってわかってるからね。


「そ、そうとも! 見てろよ、お前らが見たこともないような天上の美味をご馳走してやるからな!」


 追い詰められてどうするかと思ったら、ドラコは腰に手を当ててツーンと強がった。

 そこで開き直っちゃうかあ。


「わあー! どんなご馳走なんだろ、楽しみー! えへへ、お腹空かせておかなきゃ」


 アイリーンはぱんっと手を合わせて、満面の笑みを浮かべた。

 それが嫌味ではない証拠に、口元からじゅるっと涎が垂れちゃってるよ。素直か。

 この子アホじゃないはずなんだけど、食い意地が張ってるというか、食い物の話になるとちょっと疑うことを知らないよな……。そこも可愛いと思っちゃうあたり、僕もだいぶアイリーンのこと大好きだね。惚れた女の子のすることは何だって可愛いよ。


「……というか、お前らも来るの……?」


「当たり前だ、婿さんひとりで旅に行かせるわけねーだろ。俺がついてかなくてどうすんだよ」


「あたしも! あたしもついていってユージィ守るもん!」


「ふむ。まあユウジは今やサウザンドリーブズにとって重要な存在だからな。その護衛任務となれば、私がついていくことに文句のある者はいるまい。いや、文句など言わせんよ」


 そんなわけでお嫁さん3人を連れて、ドラゴンの里に家庭訪問と相成ったという流れだね。パーティ編成の自由度が増したというアイリーンとウルスナはともかく、アミィさんもついてきてくれるとは思わなかったよ。ありがたいね。


「いやあ楽しみでゲスな! ドラゴンの里の威容、このわたくしめもぜひこの目で一目拝ませていただきたいと常々思っていたでゲスよ!」


「…………」


 僕たちはしきりに揉み手してへこへこと卑屈な笑みを浮かべているデアボリカへ、一斉に白い視線を送った。


「……いや、お前なんで当然ついてくみたいな顔してんだよ。残れよ」


「私を置いていくというのか!? 何故何故どうしてWHY!?」


 代表しての僕のツッコミに、デボ子は大げさに驚いてみせる。

 いらつくわぁ、こいつ……。


「私は役に立つぞ!? 諸国の文化に詳しく芸術にも精通したこの私は交渉事にも長けている! 私を連れて行かないという選択肢があろうか!? いや、ない!」


「いや、交渉なんてするつもりないし……。精霊石の備蓄を譲ってもらうだけだし」


「その精霊石の備蓄に代価を要求されたらどうする! 私の出番だろうが! な!?」


「別にお前に頼らなくても、普通に交渉くらいできると思うけど」


 切って捨てようとする僕の脚にデボ子はひしっとすがりつき、ズボンの裾を握りしめながらウルウルと瞳を潤ませてこちらを見上げてきた。


「頼む! 今この街にいたくないんだ私は! アンゼ姉様が感情のこもらない瞳でこっちを見てくるんだよ~! この街にいたら私もめっ!されてしまう!」


 おらもいっしょにぱらいそさいくだ! つれていってくだせ! つれていってくだせ! と言わんばかりの必死さですがりついてくるじゃん……。

 アンゼリカさんがどうとか言ってるけど、こいつ今度は何をしでかしたんだよ。というかアンゼリカさん、めっ!って怒るの? 可愛いな。僕もやられたい。


「なあ、可愛い義妹を見捨てるというのか!? 靴でもお舐めしますか!?」


「…………」


 今こいつが義妹ということを再認識しただけで、すごい憂鬱な気分になったんだけど。

 これが身内かぁ……。

 そして身内に頼られたら見捨てられない甘さが僕という人間の欠点だ。


「……わかったよ。連れて行けばいいんだろ」


「よし! 手土産の用意は私に任せるがいい。金になりそうな……いや、気に入ってもらえそうなものを選び抜いておくからな!」


 我が意が届いたと見るや、ケロリと涙を引っ込めてドラゴンに取り入る算段を始めやがる。僕のメンタルが鋼だとしたら、こいつのメンタルは形状記憶合金だよ。すぐぐにゃぐにゃになるくせに、一瞬で喉元の熱さを忘れるんだからな。


 まあ確かに何であれ備蓄物資を譲ってもらおうというのだから、手土産は持って行ったほうがいいか。僕はそこらへん疎いから、ここに関しては確かにデボ子がいた方がいいのかもしれないが。

 この前ドラパパに振る舞った酒があれば、それだけでいいようにも思うんだけどなあ。


 そんなわけで総勢5人の人間を空輸することになったので、急遽ボートを改造したゴンドラを作ろうということになったんだね。

 5人もの人間の荷物やらなんやらを運ぶとなれば、やっぱ乗り物を用意するのが一番だよ。精霊石がどれくらいの大きさのものなのか知らないけど、それもかさばるだろうしね。


「まったく、誇り高きドライグをなんだと思ってるんだ。ボクは次期族長だぞ。そんなボクを馬車か何かみたいにこき使おうなんて」


 旅の計画をぶちあげてから2日も経ったのに、ドラコはまだぶつくさと文句を言いながら恨みがましく僕を睨みつけてくる。

 そんなに不満たらたらなのか……。まあそりゃそうか。


「お前は本当に贅沢なことをしてるんだぞ。この世界が始まって以来、お前ほど恵まれた人間なんていないんだからな。人間の分際で空の旅を楽しむなんて光栄に浴することを一生の誉れとしてありがたく思えよ」


 腕組みしながらそんなことを言ってチラチラこっちを見てくるので、僕は素直に頷いておいた。


「うん、ありがと」


「ふん……」


 そんな僕たちのやりとりを聞いていたアミィさんが、ふっと小さく微笑みを浮かべながらゴンドラの横に愛用の箒を置いた。


 箒といっても掃除用具じゃないよ。車輪のないバイクのような形をした飛行用のマジックアイテムだ。

 サウザンドリーブズの衛兵隊には飛行部隊があり、ワイバーンなんかの空から襲い掛かるモンスターをこいつに乗って迎撃しているらしい。アミィさんはそこのエースでもあるんだって。


「アミィさん、それ持っていくの?」


「ああ。私はこいつに乗って同行しようと思う。気を悪くしないでもらいたいが……」


「ふぅん。まあ、当然の警戒でしょ? 好きにしなよ」


 何やら口ごもるアミィさんに、ドラコは何でもないように肩を竦めた。


 ……まあそうか。

 ドラコが僕たちを殺して自由になろうというのなら、絶好の機会だもんね。

 なんせ空中でゴンドラから手を離せばいいだけのことなんだから。

 そうさせないように、アミィさんがいつでもドラコを攻撃できるように警告する……ってことか。


 まあ僕はドラコが今更命を狙ってくるとも思ってないし、人間でしかないアミィさんがドラコを威嚇したところで何の効果もあるようには思えないけど。


 それにしても、僕がドラコを信頼して命を預けようとしているとは。

 ほんの一か月前には想像もしなかったね。


 あ、そうだ。信頼の証ってわけでもないんだけど、あれを渡しておかなきゃ。


「ドラコ、いいものやるよ」


 そう言って僕はちょいちょいとドラコを手招きした。

 そうしてゴンドラの荷物置きから取り出したのは……。


「……何、このへんてこな帽子?」


 ドラコは不思議そうな顔で両手に持った帽子をぐるぐる回し、ためつすがめつ360°から眺めた。


 目深に被れるほど丸くてふっくらとしたボリュームのあるシルエットで、前方にひさしのあるタイプの茶色い帽子。いわゆるキャスケット帽ってやつだね。


「ほう……これは面白い形をしているな。なんだか丸くて可愛げがあるじゃないか」


 横から眺めているアミィさんが、面白そうな眼差しを向けてくる。

 ドラコは上から見たり、裏返して中身を見たりと、しげしげと帽子を眺めているね。そんなに面白く感じるのかな。

 いや、面白いんだろうな。何しろこの世界にはまだ存在しないデザインだものね。


「その帽子はロングスカートには合わないぞ。こっちのシャツとズボンに合わせるんだぞ」


 そう言って僕はサスペンダーのついた半ズボンと、白いシャツ、それから背中までの小さなマントのようなデザインのストールも取り出して見せる。

 どれも黄色ベースで統一された意匠をあしらった、男の子っぽい服の一式だ。


 そう、男の子っぽい。これ重要。

 何しろ今のドラコって完全に女の子にしか見えないフリフリのファッションだからね。

 可愛らしいお人形さんみたいなロングスカートを、晴れの日に外でサッカーするときも、雨の日に家で読書するときも、ずーっと着てるんだよ。


 本人曰く「いつでも外で遊べるように」ということらしい。

 ドラゴンってそもそも子供は着るものに頓着しない文化だそうなんだよ。そういえば最初に出会ったときも、真っ白な無地の服を着てたね。

 そもそも服に選択肢がないから、男の子らしくとか女の子らしくとか性差で着るものが変わったりもしない。

 だからいつでも友達と遊べるようにした方が利便性がよくて、だから四六時中女装してるらしい。


 たださあ、ドラコ本人はそれでよくても、それを見た大人がどう思うかだよね。

 特にドラパパっていかにも厳めしい感じのファッションしてたもん。

 信じて送り出した我が子が人間の教師の勧める女装にドハマリしてロングスカートで里帰りしてくるなんて……!

 僕がドラパパなら反射的にブレス吐いて教師を焼き尽くしてしまうかもしれないよ。


 そんなわけで女装姿で帰省させないために用意したのが、この僕の考えた男の子っぽいファッションだ。いかにも貴族の育ちのよいおぼっちゃんらしい感じが出てると思うんだよね。特にこの半ズボンとかどうですお客さん。サスペンダーがいい味出してるでしょ。


 僕の従姉のひとりが描いてた漫画に出てくる男の子のファッションを参考にしたけど、なかなかの再現度だと思うんだよ。

 ちなみにサスペンダーつき半ズボンをつけた可愛い男の子をイケメンお兄さんが膝の上に乗せて愛でるって内容の漫画だったけど、僕に読まれたと知った従姉は白目を剥いて痙攣してたね。あれなんだったんだろ。たしかタイトルはショタっ子倶楽部とかなんとか……まあいいや。


 ちなみに発注した仕立て屋は全然ピンときてなかったみたいだけど、【最高のプレゼン体験】で脳に直接イメージを送り込んだらばっちり理解してくれた。本当に便利だなあのスキル。

 以前サッカーボールを作ってもらったのは、これを仕立ててもらうついでだよ。

「さ、サスペンダーつき半ズボン! 背中までの短いマント! ちょっと袖が余って指だけちょこんと出た白シャツ! まだ開花する前の少年の可憐さを引き出す、素晴らしいデザイン……! こんな斬新で愛らしい服が存在するなんて……! 貴方が神か……!? 女なら誰しも、男の子の魅力に目覚めるに違いない罪深いデザイン……! こんなものを作らせてもらえるなんて……光栄の至り!」とか涙を流しながら跪いて拝まれたけど、なんだったんだろ。



≪説明しよう!

 この世界で初となる、あざといショタファッションが誕生した瞬間である!

 後にこの仕立て屋はショタ用ブランドを立ち上げ、それに魅せられた多くの女性が道を踏み外し、性犯罪者として御用となった!≫



 そんな僕と仕立て屋の自信作の半ズボンなんだけど、ドラコはそっちにはまるで興味を示していないようだ。ただのズボンとしか思ってないらしい。

 むしろキャスケット帽にすごく興味を惹かれているようだ。


 まあそっちもいいものだと思うよ。

 男装してるときもドラコの角を隠せる帽子がほしいなと思っていろいろ前世の記憶から模索した結果、これに落ち着いたんだよね。

 まあ半ズボンからしっぽが出てるから、結局正体は隠せないんだけど……。


「その帽子、気に入った?」


「フン! 変な帽子! こんなへんてこな帽子見たことないよ。こんな帽子被って歩いたら、みんなに笑われるんじゃないの?」


 ツンと顔を逸らすドラコに、僕は思わず苦笑を返した。


「まあ見たことないだろうね。何しろ僕の故郷の帽子をわざわざ再現したんだ。この世界にはひとつしかないんだから、破いたら替えがきかないぞ。大事にしろよな」


「ふ、ふぅーん……」


 興味ないねと言わんばかりの生返事をしながら、ドラコはぎゅっと帽子を胸元にかき抱いた。


 それから出発の日が来るまで、ドラコはこの帽子をずっとそばに置いていた。

 ロングスカートとは合わないと言っているのに被って友達に見せびらかしたり、家の中でもずっと抱っこしたり、ご飯を食べるときも空いた椅子を隣に置いてその上に乗せたり。

 なんかお気に入りのペットみたいな可愛がり方するなあ、こいつ。


 まあ、せっかく作ったものだし、気に入ってくれたなら悪い気はしないかな。



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一度投稿したものからラストをちょっと変えました。

次回膨らませて1話分にするね。

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