甘味に弱い吸血鬼①-2

「ん〜〜!美味しい!」

 

 そんなことなど露知らずに、深紅の少女はいつの間にかブラウニーを一つ口に運んでいた。アメリアはその美味しさに頬を赤く染め、両手で抑えている。まるで頬がこぼれ落ちてしまわないように。

 

 美味しいと幸せそうに食べるその姿が、とても愛らしい。またもや、目を奪われてしまう。普段の吸血鬼ヴァンパイアらしい威厳ある態度は、菓子を食しているこの姿からは全く感じられない。

 

 見惚れていると、傍から物凄い威圧を感じた。俺は慌てて視線を背ける。

 その視線だけで、俺の体に穴が空いてしまいそうな程だ。

 

「これはカインが作ったの?」

「へ!?あ、あぁそうだ」

 

 突然声をかけられ、変な声が出てしまった。

 コホンっと咳払いし、続ける。

 

「弟妹の為に作っていたんだが、あまりに多く作りすぎたんだ。君は菓子が好きそうだったので、持ってきてしまったんだ」


 アメリアの幸せそうに食べる顔が見れたので、持ってきてよかったと思うが、これ程睨まれてしまうのならもう持ってこないようにしよう、と心に決めた。

 あの巨大な斧で、気づいたら首が無くなっていた、なんてことは真っ平御免だ。


 アメリアは、体を乗り出し猛烈な情熱を持って語り始めた。

 

「菓子はとっても大好き!昔、ガトーショコラというものを西方の国で初めて食べたんだけれど、それがすっごく美味しかったの!その後、東方に移り住んだ時にまたあの味が食べたいと思って探したんだけれど残念ながらなくって……そんな時に出会ったのがブラウニーだったの!ガトーショコラに似ているけれど、食感が違って……これがまた堪らなくて!たくさん食べていたんだけれど、こっちに越してからまた食べられなくて、残念に思っていたんだぁ。だからカインの作ったブラウニーは、その時に食べたものにとても近くて驚いた!とても美味しい!溶けてしまいそう!」


 それは圧倒されるほど早口だった。俺が相槌を入れる間もない。しかも、口調まで変わっている。まさか、好きな物を前にすると性格が変わるタイプか?

 いや、好きな物と言うより、か。

 それとも、こちらの方が素の姿で普段の振る舞いの方が、努めているのものなのだろうか……?


 もし、こちらが素なのだとしたら、普段は敢えてあのような毅然きぜんと尊大な態度をとっているということになる。吸血鬼ヴァンパイアとしてそのような態度をとらざるを得ないのか、はたまた別の理由があるのか。

 

 当の本人は、口調が変わっていることに全く気がついておらず、それはもう幸せそうに食べている。

 まるで妖精か天使かと思ってしまう程愛らしい姿に、俺はただ戸惑うことしか出来なかった。



 

 なんとか、甘いチョコラテを最後のブラウニーと共に胃に流し込んでいる頃、アメリアの皿に山のようにあったブラウニーもあっという間に無くなっていた。

 

「ふぅ、すごく美味しかったぁ!」

 

 アメリアは満足そうに、喜びの声を上げた。

 

「アメリアは、本当に菓子が好きなんだな。あれをすべて平らげてしまうだなんて」

「リア様は、甘いお菓子ばかり食べるから、いつまでも小さいままなんです」

 

 シャルロッテは、首を背けながら拗ねたように言った。

 

「ほう?言うでは無いかシャル」

 

 そう言ってアメリアは、シャルロッテを睨みつける。が、その目はどうやら本気では無さそうだ。どちらかと言うとじゃれ合いに近い。

 いつの間にか口調も、いつもの威厳あるアメリアに戻っていた。

 

「とても良い主従関係だな、君たちは」

「えぇ、それはもちろんです。たかが人間の短い命よりも長い付き合いですから、リア様のことは側近として熟知しております。好みの菓子もリア様も知らないご自分の癖や仕草も、寝起きのリア様の惚けた可愛らしいお姿まで……」

「わぁーーー!やめよ!」

 

 ドヤ顔で語るシャルロッテが、食い気味でそう捲し立てると、途中でアメリアが慌てて制した。

 

 主のことを本当に心底大事に思っている、かけがえの無い存在。そんな思いをシャルロッテから感じる。

 とても長い時を共に過ごしてきたのだろう。お互いの固い絆を感じる。

 

 正直、見ていて微笑ほほえましい。

 吸血鬼ヴァンパイアも、その心根は人と変わらない。

 

 人は吸血鬼ヴァンパイアに対して恐れの感情を持っているが、それは吸血鬼ヴァンパイアという存在がどういう種族なのかを知らないからだ。

 

 この街は実際に、他種族同士の共存を実現している。その中に吸血鬼ヴァンパイアも交わることは可能なのでは無いだろうか。

 そして餓鬼の問題も、同時に解消出来るのではないだろうか、と思ってしまう。


 しかし彼女達が、共存を望んでいるかどうかは別の話である。吸血鬼ヴァンパイアは自分の正体がバレることを極端に嫌う。そんなこと望んではいないだろう。

 

 とは言え、こんな街の少し外れた場所で過ごしていては、逆に目立つのではないだろうか?これでは、吸血鬼ヴァンパイアであることを隠すつもりもなさそうにすら感じる。初めて出会った時だって、安易に姿を現していた。

 

「アメリアはなぜ、街から外れたこの場所で過ごしているんだ?」

 

 そんな言葉がつい口をついてで出てしまった。

 

 他者がどこに住もうが、俺には関係の無いはずである。また余計なことを口走ってしまった……。

 

「それは昨日の続きか?」

 

 アメリアは何を考えているのか、汲み取れない顔をしていた。

 怒らせてしまっただろうか。

 

「いや、ふと疑問に思っただけなんだ。無理に答える必要は無い。失礼なことを言ったな」

「別に怒ってはいない。そうだな……なぜかと問われれば……」

 

 アメリアは顎に手を置き、なにかを考えゆっくりと口を開いた。

 

「恐らく、人間がなんだろうな」

 

 ……ん?どういうことだ?嫌いなのに好き?

 嫌いと好きは、双方に相容れないも言葉だ。どういうことだろう?

 困惑している俺に、アメリアはクスッと笑って続ける。

 

「人間は、面白い生き物だ。親しげにしておったと思えば簡単に他者を裏切り、かと思えばまた親しげに会話する。なんとも滑稽こっけいで醜い」

 

 確かに人の心情はコロコロと変わりやすく、とてももろい。アメリアの言う通りで、返す言葉もない。

 

「しかし、他者を思いやり手を差し伸べ、時に助けを求める。とても弱いが、団結という強さも持ち合わせておる。とてもはかなく、美しい生き物だと思うのだ」

 

 アメリアは終始、慈しむような目でそう語った。

 嫌いで好き。なるほど一言では、言い表せないということか。

 

「それにこの街の風情が好きなのだ。だから、この屋敷で見守ってやりたい。そう思っておるだけだ」

 

 アメリアは最後にそう付け加えた。

 

 本当に目の前に見えている彼女は、吸血鬼ヴァンパイアなのかと時々思ってしまう。実は人なのではないかと……。

 しかし、正真正銘の吸血鬼ヴァンパイアであると、深紅に輝くルビー色の瞳がそう語っている。

 

「アメリアは、人をよく見ているんだな」

「人間観察が趣味なのだ。長く生きると楽しみも減っての。気づいたら人を観察するのが好きになっておったのだ」

 

 一体、どれだけの長い時を生きているのだろう。

 長い時を生きるということは、それ即ち孤独を背負うということにも繋がる。

 

 最古で最強の吸血鬼ヴァンパイア。その異名は、他種族への恐怖を植え付ける。孤独という枷は、彼女に重く伸し掛かっているのではないだろうか。

 

「ところで……」

 

 アメリアは顔を背け、なにか言いづらそうにモジモジとしている。これはこれで珍しい。今日はいろんなアメリアが見られるな。

 なんて考えていると、アメリアはゆっくりと小さい声で呟いた。


「そ、その……リアで良い……長い名前は、好きではない……からの……」

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