第205話 人質
王都ハルガノン。
ジャイルズ王が
公国への侵略戦争において王国は勝利宣言をした。
しかし首都ラフーガやその他の主要都市を攻め落として大公も処刑したものの、公国内にはまだ公国軍の残党が少なからず存在している。
特に公国南部地区では残党らが反撃のために集結しつつあり、戦はまだ終わったとは到底言えない状況だった。
王国軍が公国内の残党を一掃して公国全土を
それだけにこの王都でも軍備を増強すべく軍事工場は連日忙しく、まだ若い訓練兵らの軍事訓練は日に日に過熱していた。
そんな王都の中心にある王城。
その上層階には天空房と呼ばれる
地下にある
ベッドも柔らかな羽毛がふんだんに使われた豪華なものだった。
とはいえ
エミルがこの部屋に
共和国の港町バラーディオから船で
着ている服も
オニユリに捕らわれていた時も食事は
他の食料にそうした薬が入っているのかと思ったが、エミルの
ただ、エミルの体にすさまじい力を与えてくれるあの黒髪の女の存在はあれ以来、感じ取れなかった。
意識の中を探ってみても一切反応はない。
(どちらにしても今の体じゃ無理だし、たとえ力を手に入れたとしてもさすがに
海賊船での戦いで黒髪の女の力を借りたエミルは
左足は骨折し、両腕や右足も肉離れを起こしたり
治療の際は医師と助手、そして数名の拳銃を
またエミルが暴れ出すのではないかと警戒されているのだ。
また、
エミルが思い詰めて自死などをしないよう見張られているのだ。
そうした不自由さはあるものの、部屋の中を自由に歩き回ることは出来るし、その他の待遇については
これは抑圧された生活でエミルの健康状態や精神状態が悪化することによって、獄中死することを防ぐためだった。
「ふう……」
エミルは昼飯を食べ終わると一息ついた。
再び王国に捕らえられたエミルだったが、絶対に希望は捨てまいと食事と睡眠だけは
エミルが気丈にしていられるのは、ここに来るまで
そして姉のプリシラが多くの危機を乗り越えて自分を助けに来てくれたバラーディオでの出来事が大きく影響していた。
(姉様はきっとまた助けに来てくれる。だから……僕も負けない)
きちんと栄養や休息がとれていることで体だけではなく心も安定していることが、エミルを落ち着かせていた。
色々と厳しい取り調べを受けるかと覚悟していたが、ジャイルズ王の前に引き出されたのは初日だけであり、その後は普通にここで過ごしているだけだった。
拍子抜けするくらい
(これに慣れちゃダメだ。僕は……この国にとっての人質なんだから)
とはいえオニユリに捕らえられていた頃に比べると、精神的には格段に楽だった。
オニユリとはここに来てから一度も顔を合わせていない。
彼女の顔を見ずに済むのはエミルにとっても何よりも助かることだった。
しかしオニユリが来ない代わりに、エミルの元へは別の女が毎日通って来るようになっていた。
「ごきげんよう。エミル君。調子はいかが?」
そう言って入って来たのは30代くらいの年の女性だが、その頭髪は真っ白なココノエの女だった。
名をシャクナゲといい、ジャイルズ王の
そのような高貴な立場にある女が、
シャクナゲは決まって昼食後のこの時間にこの場所を訪れる。
その目的はどうやらエミルの状態を確認するためのようだった。
シャクナゲは
「しっかり食べて、しっかり寝て、しっかり元気でいないとね。まだ、あきらめていないんでしょ? エミル君」
自分の胸の内を
だがシャクナゲはそれを面白がるように、品の良い笑い声を立てる。
「うふふふ。もっと子供かと思ったけれど、意外に大人びているのね」
そう言うとシャクナゲは部屋の
「ショーナ。入ってきてちょうだい」
すると黒髪の女が部屋に入って来て
現在、王国で最も優れた
連日のことなので、この後ショーナが何をするかはエミルももう分かっている。
【エミル……】
エミルの心にショーナの声が聞こえてくる。
力の強い
おそらくはエミルの力の状態を観測するために連日このようなことを行っているのだろう。
何のためにそんなことをするのかエミルにもすでに分かっている。
王国は
おそらく自分の
【僕は王国のためにこの力を使って働く気はありません】
エミルは心の声をショーナにハッキリと伝えた。
ショーナはそれをシャクナゲに伝える。
その内容だけではなく、言葉が明確で伝わりやすいという、自身が受けた印象を添えて。
シャクナゲは満足そうに
「かなり力が戻ってきているようね。エミル君。あなたにその力で働いてもらおうとは王陛下も
そう言うとシャクナゲはエミルに笑顔で手を振る。
「じゃあまた明日ね。エミル君」
そう言うとシャクナゲはショーナを
入れ替わりに部屋に入って来たのは、何やら袋を手にしたヤブランだ。
ヤブランは見張りの兵に
兵はそれを確認して
エミルはヤブランの姿に思わず、視線を
ヤブラン。
エミルと年齢が近く、姉のプリシラを
しかし結果としてヤブランは自分をオニユリの元からチェルシーの元へと引き渡しただけだったのだ。
自分にかけてくれた優しさも、すべて自分を王国に引き渡すためだったのかとエミルは落ち込んだ。
それ以来、エミルはヤブランと口を利かず目も合わせなかった。
ただ、それは彼女に対する単純な怒りや憎しみとは違う。
ヤブランに対して怒りがないかというと
「エミル。ここに置いておくわね」
そう言うとヤブランは数冊の本を
そして言葉少なに立ち上がると、部屋を出て行く。
彼女が去った後の
エミルに何かを娯楽を与えようとしてくれているようで、ヤブランはよく本を置いていってくれる。
(ヤブラン……)
おそらく彼女は自分の身の上に同情してくれているのだろう。
ヤブランはどうやら身分は高くないようで、上の者たちの言葉に従うしかない立場なのだ。
そんな彼女に対して冷たい態度を取ってしまう今の自分が、エミルは嫌だった。
(明日は……ヤブランに普通に話しかけられるかな)
そんなことを思いながら、エミルはヤブランが置いていってくれた本の中身に目を通すのだった。
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