「あんなんを先生と呼べやと」

 扉を足で開けて、シャルルルカが教室に入ってきた。

 それを見た生徒達はそそくさと席に着く。

 レイもそれに倣った。

 教壇に立つと、シャルルルカは口を開いた。


「やあ、無能諸君。私は担任教師のシャルルルカだ」

「こら」


 レイは短い言葉でシャルルルカを咎める。

 シャルルルカは気にせず続けた。


「職員室で話は聞いたよ。どうやら君達は落ちこぼれだとか? 魔法を使ったことのない社会不適合者もいるそうじゃないか」


 マジョアンヌは気まずそうに下を向く。


「先生、言い過ぎですよ」


 それを見たレイがシャルルルカを咎める。

 シャルルルカは頭を振った。


「事実を言ったまでだ。学園内の君達のぞんざいな扱いも理解出来る。この世界で魔法を使えないなんて、役立たずと言うより他はない」

「おい、こら!」


 レイはシャルルルカの鼻に膝蹴りを喰らわす。

 シャルルルカは鼻頭を抑えてその場にうずくまった。


「言い過ぎだっつってんだろ!」

「お前、魔法使いより格闘家向いてるよ……」


 シャルルルカは魔法の杖をついて、立ち上がる。


「さて。サボり癖のある落ちこぼれ共、記念すべき最初の授業を始めよう……」

「待てや、シャルルルカ先生」


 エイダンが立ち上がる。


「私の名前はシャルルルカだ。二度と間違えるな」

「すんまへん。〝ル〟が多かったもんやから」


 エイダンは肩をすくめながらそう言った。


「あんたは凄い魔法使いなんやろうけど、あんたを先生と呼びとうないです」

「じゃあ、呼ばなくて良い。私もお前達を生徒だと思っていない」

「なんやて?」

「私はやる気のない奴に教えるほど暇じゃない。腕立て伏せ千回。放課後までに終わらせたら、授業をしてやっても良い」


 エイダンは鼻で笑った。


「魔法を使わない授業やなんてする必要ないやろ」

「始めてる奴もいるぞ」

「え?」


 シャルルルカが指差す方をエイダンが見る。

 そこでは、レイが床に手をついて腕立てをしていた。


「レイはん!? 何しとんねん!?」

「へ? す、すみません。つい癖で……」

「どんな癖!?」


 エイダンとレイが会話している隙に、シャルルルカは教室の扉を開けていた。


「私は職員室にいるから全員終わったら呼べ」

「あ、ちょ、待てや!」


 エイダンの呼び止める声を無視して、シャルルルカは教室を去った。

 生徒達は呆然とそれを見送った。


「何なんや、あん男は! あんなんを先生と呼べやと!?」


 エイダンが叫ぶ。


「想像以上にヤバいじゃん」


 キャスケットの少女ジャーナが呆れたように言う。


「始業式のあれ、演技じゃなかったんダネー」


 仮面の少年ロッキーが困ったように言った。


「レイはんはなんであんなクソを師と仰いでいるんや!?」

「あれでクソなだけじゃないのが、本当にいやらしいんですよ……」

「ぐあー! なんやの、あいつー!」


 エイダンは顔を真っ赤にしながら、綺麗に整えられていた頭をかきむしる。


「もぉ、エイダンくん。あんまり怒るとまたプッツンしちゃいますわよぉ」

「プッツンって、もう怒ってるんじゃ……」


 レイが言うや否や、バタン、と急にエイダンが机に突っ伏した。


「え、エイダンくん!? 大丈夫ですか!?」

「あらぁ。言わんこっちゃないですわねぇ」


 マジョアンヌは至って冷静に言う。


「エイダンくんは怒りが最高潮になると、糸が切れたように眠ってしまうんですわぁ」

「怒ってなくても眠るのじゃっ!」

「居眠り王子と呼ばれる所以ダヨ!」


 ジャーナとロッキーが茶化すように言った。


「ほらぁ、起きて下さいましぃ。授業中ですわよぉ」


 マジョアンヌがエイダンを揺り起こす。


「……ふあっ!? また眠ってしもたか!」


 エイダンは飛び起き、慌てて垂れた涎を手で拭う。


「仕切り直して……」


 エイダンは上着を脱ぎ捨て、襟元を緩めて床に手をついた。


「やってやろうやないか! 腕立て伏せ千回でも一億回でも! あの野郎に一泡吹かせてやるで!」

「えー。嫌じゃ」

「面倒臭いヨ~」


 他の生徒も「そうだ、そうだ」とジャーナとロッキーの二人に同意した。


「良いからやるんや!」

「怒るとまたプッツンしちゃうヨ~」

「やかましいわ! いくで……。い~……ち!」


 半分まで腕を曲げると、エイダンはべちゃっと床に倒れる。

 マジョアンヌがそれを見て笑った。


「エイダンくん、下手くそですわねぇ」

「やかましいで、マジョ子はん!」


 エイダンは息を切らせながら、腕立て伏せを再開する。

 見兼ねたレイが言った。


「エイダンくん、腕に《身体強化エグゼルシス》かけてやると楽に出来ますよ」

「へっ? 《身体強化エグゼルシス》?」


 レイはその反応に首を傾げた。

──あれ? 先生に最初に習った魔法なんだけど。学校では習わないのかな。


「《身体強化エグゼルシス》を使うと、筋力や持久力などが一時的に上がるんですよ」

「それは知っとるで。教科書に載っとるからな」

「あ、知ってるんですね。じゃあ、なんで使わないんです?」

「筋力トレーニングやのに魔法を使うたら本末転倒やんか?」

「腕立て伏せ千回も、《身体強化エグゼルシス》を使うこと前提の課題だと思いますよ」


 元々、人間の体には全ての属性が備わっている。

 得意不得意はあれど、全ての人間は全ての魔法を使えるポテンシャルがあるのだ。

 その人間の体を活性化させる《身体強化エグゼルシス》は、全ての属性魔法の基礎と言える。

 これを使った腕立て伏せは魔力と筋力の両方をトレーニング出来る。


「って、シャルル先生が言ってましたから」


──先生に弟子入りした当初は腕立てしかさせて貰えなかったな。懐かしい。

 レイはシャルルルカの教えを信じて、毎日筋トレをしている。

 それ故、魔力よりも筋力の方が伸びていることに、彼女はまだ気づいていない。


「そうなん? わしが習ったときはそないに重要やなさそうやったけど」


 エイダンはレイの説明にあまり納得していないようだった。


「まあ、ええか。早速使うていくで!」


 エイダンは魔法の杖を取り出す。


「《身体強化エグゼルシス》!」


 エイダンがそう言い終えると、再び両手を床につく。

 が、エイダンはべちゃっと床に倒れた。


「全然楽にならんやん!?」

「魔法は使うことで洗練されていきますから。ドンドン使って腕立て伏せ千回、頑張りましょう!」


 レイは笑顔でそう言い、腕立て伏せを再開した。

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