第7話 パンツ その3

 九死に一生を得た俺は自分の家に泥棒に入ったかのようにキョロキョロと廊下を見回すと、そそくさと葵の部屋を脱出し、俺の部屋を挟んで二つ隣の姉ちゃんの部屋に急行した。


 先ほどは部屋に潜入するまではよかったがその後つい油断してしまったのが反省点であるので、一歩踏み入れればそこは敵地だ、姉ちゃんの部屋では決して油断するまい、と固く決心を固めながらドアノブを握って中に入ると、俺は一切無駄な動きをすることなくタンスを捜索した。


 幸運にも姉ちゃんの部屋は机の上から本棚の中に至るまで葵の部屋以上に整理整頓されていて、見渡しやすいことこの上ない空間となっていたのでタンスを見つけることなど造作もなかった。


 タンスの前に吸い込まれるように直行した俺は勢いよく一段目を開けるも、そこはパジャマゾーンだった。


「次だ、次!」


 気を落とす余裕も時間もないほど追いつめられているため、すかさず二段目に手をかけ、中身を確認すると大当たり。


 姉ちゃんの下着類がそこに規則正しく佇んでいた。


「よしっ!」


 嬉しさのあまりぐっと力強く左手を握りしめガッツポーズをするが、そんなことをしている場合ではない。


 パッと見た限りだが葵よりも下着の数、種類ともに多いので、観察するのに時間がかかりそうだったが、この黒い代物が葵のものではないと分かっている以上、ここに入れておけば間違いはないのだ。


 俺はそのタンス二段目の下着ゾーンの中からパンツエリアに視線を落とし、その近辺の適当なところに入れておこうと手を伸ばしたのだが、ピタリと右手が止まる。


「……え?」


 そして、目を疑いたくなるほどの光景に驚愕のあまり声をあげてしまった。


「なん、だとっ……このパンツと『傾向』と『系統』が違う!!!」


 なんということか!


 今、俺が手に持っているこの黒い代物と姉ちゃんの下着との「傾向」と「系統」が明らかに異なっているのだ。


 下着ゾーンの中に似たようなものがないか、手に取って確かめてみたり、下着ゾーンを掘り返して底を探索したりしてみるものの、類似するものは見当たらず、やはりそれらが違うということしか分からない。


 どういうことだ? これは姉ちゃんのパンツではないのか?


 だとしたら葵のものということになるが、その仮説は先ほど否定されたはずだ。


 なら、このパンツは一体誰のものなんだ……と頭を抱えようとした時、プールに沈めたビート板が水面に浮かび上がってくるかのように、脳内にある一つの可能性が浮上した。


「まさか……俺のもの!?」


 そうだ、その可能性も否定しきれない。


 もしかしたら姉ちゃんが俺のパンツのストックのなさを見かねてこれを買ってきてくれたのかもしれない。


 それか俺のボクサーパンツを洗いすぎた結果、生地が薄くなってこうなってしまった、もしくはポケットなモンスターのようにボクサーパンツのレベルが上がり、一定のレベルに達したためにこのペラッペラパンツに進化したのかもしれない!


「ってそんなわけあるか! 落ち着け、俺!」


 自分で自分が何を言っているのか分からなくなったので、ひとまず大きく深呼吸し、考えを整理する。


 よし、とりあえず今持ってるタオルで汗でも拭いて、再度考えてみればきっと答えが――。


「ってこれパンツじゃねえか!!!」


 パンツの呪縛から逃れることができないまま手に持った黒い代物を地面にたたきつけた俺はオーバーヒート寸前の頭でこのパンツが一体誰のものなのか、頭を抱えて悩み続けて――


「春斗……なにしてるの?」


 姉ちゃんが部屋に戻って来たことに気づくことができなかった。

 驚きのあまり目を見開いた姉ちゃんと目が合う。


「あっ……これは……」


 俺はとっさに黒い代物を拾って思わず両手を後ろに隠してしまったが、これが悪手だった。


「今、手に持ってた下着って私の……どういうことか、説明してくれる?」


「違う……違うんだ、姉ちゃん」


 今ので確実に姉ちゃんの誤解を招いてしまった。

 弁明しようにも両手にパンツを持ったまま否定しては説得力の欠片もない。


 どうすればいいのか分からず、押し黙っている俺をどう思ったのか、


「うん、大丈夫。私、怒ってないし、怒らないから。ちょっと驚いただけ。だから事情を話してくれる?」


 姉ちゃんはわんぱく男子小学生を諭す母親のように慈愛に満ちた口調で語りかけてくる。


 内心焦りまくっていたが、姉ちゃんの不気味なほど落ち着いたオーラを感じ取った俺は、おそるおそる視界を上にあげると、


「……説明すると長くなるけど、いい?」


「うん、大丈夫。そこに座って」


 床に座るように促されたので正座をして向かい合う。


「まず最初に言っておくけど、これは誤解なんだ」


 とりあえず一番大事なことを言っておくが、姉ちゃんは異常に優しいまなざしと微笑みを向けてくるばかり。


「私、誤解なんてしてないから。ちゃんと春斗の口から説明してくれる? 覚悟はできてるから」


 覚悟はできてる?


 どうにもその言葉に引っかかったので、確認口調で聞いてみた。


「……あの、ちなみに姉ちゃんは今のこの状況をどう捉えてるの?」


 姉ちゃんは目をぱちくりとさせたあと、森羅万象を受け入れるほどの包容力を持った聖母を彷彿とさせる笑みを顔に張り付けながら包み隠すこともなく告げた。


「お姉ちゃんのパンツを持って興奮してる変態の春斗が、ついに一線を越えちゃったと思ってる」


「めっちゃ誤解してるじゃん!!!」 

 

 

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