第3話 何もしなくていいですよ

 落合楪おちあいゆずりはにお持ち帰りされた私は、彼女が作る手料理からくる優しさに泣かされていた。


 あまりにも彼女の見た目にはそぐわない優しい味。

 見た目は若く、きゃぴきゃぴしているのに、料理の味は故郷を思い出させる母のような味。


 ギャップがありすぎて、本当に目の前の子は年下なのかと思ってしまう。


「ふーっ。食べましたー。今日はこのくらいにしておきましょうっ」

「…………まだ、食べれるわけ?」

「だって先輩が目の前にいるから……これ以上は恥ずかしくて」


 いや、もう一般的な女性としての許容量は十分に超えてるよ?

 豚汁もおかわりしてたし、確かに美味しいけど、私は二杯目を食べられるほど胃袋は大きくない。


 食べ終わり、お片付けくらいはしようと考えたのだが、「先輩は何もしなくてもいいです。ゴロゴロしたり座っててください」と言われた。


 ゴロゴロするのはパンダらしくはあるんだけど。

 でも、服が準備できたら、そろそろ帰らないと。


 食器などを洗い終わった落合さんは、洗濯されたオフィスカジュアルな服をどこからか持ってきて、アイロン台の上に乗せて綺麗にアイロンをかけていった。


「よくそんな綺麗にかけれるね」

「そうですか? でも、私だって最初からできたわけじゃないですよ」

「そうだろうけど……アイロンかけない人だってたくさんいるだろうに。落合さんは偉いよ」

「ふふ。褒めてもちゅーくらいしか出ませんよ」

「ちゅう……っ!?」


 突然昨日のことをネタのように使ってきた落合さん。

 でも、表情から本気なのかどうなのか本当にわからない。


 意識、してしまう……。

 だって女同士だ。そんなのしたことなんてなかったし、落合さんは躊躇いもなく水を私に――


「はい。できましたっ」


 アイロンをかけてくれたシャツやジャケットなどを丁寧に畳んで、私に渡してくれた。

 ほかほかで、シワがまったくない。本当に器用な子だ。


 その技術に目を見張った私は、パンダのきぐるみを脱いで着替えようとした。


「待ってくださいっ!」

「え……」


 半分脱ぎかけていたところ、落合さんはそれを止め、何かを伝えようとした。


「先輩は今日うちにいてください。ゆっくりして、私と過ごしましょう」

「いや……でも……」


 随分お世話になってしまった。

 それに、長居する理由もない。感謝こそあるが、今は返せるものもないし、できることはすぐにでも帰ることだけだったのだが……。


「今の先輩は一人になるとダメです。今日だけで良いですから……何もせず私に面倒を見られていてください」


 なんというおかしな誘いだ。

 でも、彼女の言う一人になるとダメというのはわかる。


 今家に帰って静かなあの空間に戻ったら、昨日までの陰鬱なできごとを思い出してしまうだろう。またそうして月曜日が始まり、色々なストレスに晒されて……。


「ほら、顔がブルドッグみたいになってますよ。だから今日はここにいてください」


 誰がブルドッグじゃい! とも思ったが、なんというか彼女の言葉はトゲがなくて、素直に嫌な表現も受け入れられる。


「でも……何もすることがないっていうのもね……」

「なら私が先輩をマッサージしてあげます!」

「え……」

「疲れ溜まってますよね? 見ればわかります。ですから私がほぐしてあげます」


 その言葉に少し下心を感じた。

 結局昨日の夜のことはわからない。でも、マッサージを通して私の体に触れようとしているのではないか、少しだけそう思ってしまう。


「…………変なこと、しないなら……お願い」


 肩も腰も色々な部分に疲労が溜まっている。

 私も体の疲れは取りたいと思っていた。

 だからまだ彼女を疑って入るが、マッサージを任せてみることにした。



 このあと落合さんもシャワーを浴びてきて、服を着替えると、私はベッドにうつ伏せになって、マッサージが始まった。


 パンダのパジャマを着ているため、フードがあって後ろが見えない。

 気にしてもしょうがないので、私は目をつむって受けることにした。


 落合さんは私のお尻あたりに腰を下ろし、肩からゆっくりとマッサージをしていく。


「お客さん凝ってますねー」

「そりゃパソコン仕事だし……」


 なぜかマッサージ師役をし始めた落合さん。

 先ほど見た彼女の指は繊細なはずなのに、結構力がかかっていて気持ちいい。

 体重をうまくかけているのだろうか。押す度に腰が浮いているようなので、そんな感じがした。


「てか落合さん……仕事大変じゃないの?」

「私はまだ覚えることで精一杯ですから、なんとも。橘先輩に比べたら」

「私がどんな仕事してるか知ってる……ゔぅっ……の?」


 背中を押されると、背中が圧迫されて唸り声が出た。


「何となくですけどね。ずっと根詰めた顔してましたし」

「きたばかりの子にもそう見られてたか……」


 他の社員はどうなのだろう。

 私だけ酷い顔をしていたのだろうか。同僚の顔などはっきり見ていない。見る余裕もない。いつも見てるのはパソコン画面だけ。


「気持ちいい……」

「いーっぱい気持ちよくなってくださいね……」


 しばらくマッサージが進むと、本当に気持ちよくなってきた。

 それに眠たくなってきた。さっきご飯を食べたからだろうか。


 あ、お尻……お尻揉まれてる。

 これ……この子に触らせて大丈夫なんだっけ?

 でも、えっちな感じじゃないし……まあ、いっか。


「………………」


 意識が、遠のく……。


「せんぱーい? 寝ちゃいましたか〜? えっちなことしちゃいますよ〜?」


 もう、落合さんの声は私の耳には聞こえていなかった。








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