わたしを救った百合迫る後輩との同居生活は想像よりもずっと甘い。

藤白ぺるか

第1話 転職してきた顔の良い後輩

 私は橘志暮たちばなしぐれ、二十七歳。

 大手IT系企業に務めるしがない一般OLだ。


 大学を卒業し、必死になって就活し入社した会社では、将来への希望を持って仕事に励んでいた。

 新入社員の頃はまだ良かった。でも、次第に理解していく世の中の理不尽さ。


 残業で遅くなる帰宅時間。上司からのパワハラや取引先から受けるストレス、男性社員からのセクハラの数々。疲れが溜まっていたことが理由である時やってしまった仕事での大失態。様々なことが重なり、私の精神状態は壊れ、限界に達していた。


 積極的に恋人も作ろうともせず、年齢だけを重ねていった結果、残ったのは灰色のような日常。

 家族は片親で遠い北海道の地で暮らしている。殺風景な一人暮らしの部屋で過ごす私は空白の生活をしていた。


 寂しい。寂しい。寂しい。


「もう……戻ろっかな……ははは……」


 最近は涙も枯れて、うまく泣けない。


 なぜわざわざ上京までしてまで東京で就職したのか……今ではよくわからなくなっていた。しばらく実家にも帰っていない。お母さんに会いたい。死んだお父さんにも会いたい……。


 そんなことを考えていた金曜日。

 今日はつい先日転職してきた後輩社員のための飲み会が開かれていた。


「「かんぱーい!」」


 彼女の名前は落合楪おちあいゆずりは。私より三つ年下の二十四歳の女性だ。

 明るめの髪色をしたボブヘアがよく似合い、可愛らしい容姿に加えて、人当たりも良い。転職してきてまだ一週間にもかかわらず、すでに同僚たちの輪に自然と溶け込んでいた。


 いつからかうまく人とコミュニケーションを取れなくなった私と比べれば、彼女は正反対のような人物。少し羨ましい部分もありながら、正直どうでも良いとも考えていた。


 だから、人生最後の飲み会でたらふく酒でも飲んでやろうと次々とドリンクを頼んでいった。


「ちょっと橘さん飲み過ぎじゃない?」

「いいんれす……いいんです……ヒック」


 左側に座る優しい女性の同僚に心配されるもお構いなし。

 グビグビと許容量以上の酒を飲み、思考を放棄した。


「………………」


 一瞬、落合さんがこちらに視線を送り、心配そうな顔をした……ような気がした。

 多分見間違いだろう。ほぼ初対面の私を心配する理由は彼女にはないし、飲みまくって女を捨てただらしないヤツだと思われているのだろう。


 そう、それが今の私だ。


 最近は化粧も簡単に済ませ、最低限のお洒落しかしていない。

 オフィスカジュアルな服装の職場のため、それに合う服装はしているが、コーデだって全身一万円ちょっとで購入できるようなもの。


 人生を捨てた私は色々な部分で頑張ることをやめた。

 だからそんな無防備な私がさらにセクハラを受けるのは当たり前のことだった。


 右側に座る年上の男性社員に肩を掴まれ、その手がどんどん下に……。

 そのまま私のお尻を揉みしだき、性欲のはけ口にする――


 そんな時、私の後ろに小さな影ができた。


「こんにちはー! 私、橘先輩とお話してみたかったんです! お隣良いですか!?」

「あ……あぁ、もちろん。じゃあ俺はあっちに行くよ」

「ありがとうございますっ」


 影の正体は落合楪だった。


 男性社員を押しのけて隣に座った彼女はニコニコしながら、ビールが入ったジョッキを可愛らしく両手で持って、私に挨拶をした。


「橘先輩っ。ちゃんとお話するのはこれが初めてですよね? よろしくお願いしますっ」

「…………よろしく」


 セクハラを阻止してもらったのに、感謝の言葉すら言えない私は本当にクズだ。

 でも、いいんだ。どうせ今日で会社は辞める。辞表は提出しない。提出することも怖い。だからそのままいなくなって――。



 それからのことだ。


 彼女は積極的に私に話しかけてくれた。

 飲み過ぎな私を心配して水を頼んでくれたり、背中を擦ってくれたり、とにかく色々と気遣ってくれた。


 後輩としてもできる女の子だと感じたが、飲みすぎたせいで会話の内容はほとんど覚えていなかった。



「――――」



 いつ飲み会が終わったのかわからない。

 気付いた時には、駅のホームの黄色い点字ブロックの奥側に立っていた。すぐ目の前には線路が見える。


 ふらふらしてまっすぐ立てない。

 頭がボーッとして顔が熱い。


 あと一歩前に進めば、簡単に死ねる。


 そして、駅を利用する大勢の人に迷惑をかけることになる。

 それを考えると、少し申し訳ない気持ちになった。ただ、精神状態が限界だと周りのことなどどうでもよくなるのだ。


 自分勝手な私……さよなら……お母さん……最後に一度は顔見たかったな……。


 ホームが電車のライトで照らされ、レールが擦れる大きな音が聞こえたタイミングで一歩前に踏み出した。


 ――バイバイ、世界。


 体が前に倒れる。


 ふわっとした浮遊感。私は肉体と精神を放棄し、無の世界へと魂を投げ出した。




「――――ナイスキャッチ私っ♪」



 少し高めの可愛い声が、私のすぐ後ろで聞こえた。


 羽交い締めするようにお腹に手を回されていて、ぎゅっと力強く抱きしめられていた。私はそのまま引きずられるようにベンチまで運ばれ、強制的に座らされた。



「おちあい……さん?」

「はい。落合楪ですよーっ。もう……せっかく仲良くなったんですから、いきなり死のうとしないでくださいっ」


 ムカつくほどに明るいテンション。今死のうとしていた人にかけるような言葉ではない。でも、その気の遣わなさがどこか嬉しい気もした。


 彼女はカバンから水の入ったペットボトルを取り出すと私に手渡す。

 でも、私は飲む気になれなかった。


 今、感情が死んでいる。

 死のうとして死ねなかった。そして、今になって死ななかったことに安堵し、体が震えている事に気づいた。


「ぁぁ……ぁぁ……」

「もう、しょうがない人ですね――お口開けてくださーい」


 すると私にあげるはずのペットボトルのキャップを回して、そのまま自分で水を飲み始めた。

 この子本当に何をしてるのだろうと思ったが、次の瞬間、私の思考は停止した。


「――――んぅっ!?」


 ごくごくと喉に通される生暖かい水。


 飲み会に行ったはずなのに、未だに良い匂いがする爽やかな香水の香り。睡眠時間を十分に取れているのかツヤツヤに光る肌。そして――接触する柔らかな唇からゆっくりと注ぎ込まれている水。


 優しく、力強い接吻に思考を奪われ、私はその水を喉に通していく。


 しばらくすると、ぷはっと唇を外した落合さん。どこか表情が恍惚としていてエロく感じた。


「ななっ……ななななっ!?」

「ほら、帰りますよ〜」

「えっ!? えええええっ!?」


 何をされたのか理解が追いつかない私は、ただ慌てふためくことしかできず、彼女に手を引かれるまま電車に乗った。


 この後のことは覚えていない。

 ちゃんと家に帰れたのか。いつ寝たのか。


 覚えているのは、女性である落合さんからの口移しの接吻。

 私の思考が彼女の唇で支配され、その行為を強く脳裏に刻み込まれた。



 

 

 ――チュンチュン。



 優しい朝を感じさせるスズメの鳴き声が聞こえる。


 ああ……ちゃんと家に帰ったのか。

 二日酔いで頭が少し痛いけど、今日は土曜日。しばらく寝ていよう。


「んん……っ」


 隣で声がした。

 私は顔を動かし、隣を見る。


 落合さんがいた。

 同じベッドで、そして裸で。


 下を見下ろす。


 ――私も裸だった。


 それによく見ると、この部屋は私が知らない部屋だった。


「ふわぁぁぁ…………あ、おはようございます、せんぱいっ」


 大きなあくびをしたあと、彼女のまだ眠たそうな瞳が私の瞳を貫いた。


「は……え? ………え、え…………え?」

「昨日は先輩、凄かったですね……♡」

「はああああああ〜〜〜〜っ!?」


 彼女の驚愕の言葉に翻弄され、驚くことしかできなかった。


 私はつい最近転職してきた顔の良い後輩に、いつの間にかお持ち帰りされていたらしい。






====


本作品をお読みいただきありがとうございます。


本作品は、社会人×先輩後輩×百合のラブコメになります。

基本的には主人公視点のローテンションで進んでいきます。


暗い話が多くなりますが、通勤通学、ベッドの中などでお気軽に読んでみてください。


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