第4話。「Activation」

 コーヒーカップを回しすぎた経験があれば分かると思うけど、あれはキツい。ゆっくり回すだけならなんてこともないただのアトラクションなのだが、高速回転したそれはもう凶器だ。気持ち悪すぎて、吐きそうで吐かないようなギリギリの嗚咽。

 そうそう、こんな感じ。

「オェェェェェッ……」

「あ! 起きた起きた!!」

 何が起きたのか、どうしてこうなったのか分からないし全くと言っていいくらい色々と置き去りにされている。

「なぁ!」

「なになに?」

「……ここはどこ!?」

 現在、高層ビルらしき建物の屋上。轟々と風の音がうるさい、足がすくみそうな最悪の立地!

「建造物の一種だね。ボクもこういう古いタイプの構造は初めてみるよ! わーい!」

 何やらはしゃいでいらっしゃるご様子で。青い髪を揺らして、ビルのスレスレの今にも落ちそうなそこをクルクルと踊っている。

「落ちちゃうぞ!!」

「へーきへーき! ここは〝本物〟じゃないから」

「はぁ!?」

 意味がわからんのだが、この子は何なんだ? この子が恐らくここに俺を連れてきた。それは間違いない。

 最後の光景は、この妙ちくりんなカッコをした少女が俺の手を取って宇宙人がどうとか言ってる映像だ。

 それにしたってスクール水着っていうのはどうなんだよ。そんな古代の遺産、今じゃA○とかでしか見かけないぞ? いやそれにしたって珍しい過ぎるくらいだが。

「なぁ!」

「なになに?」

「MOPOはどうなったんだよ! あの状況からどうやってここまで来たんだ!!」

 そうだ。俺は治安維持隊のMOPOに銃を向けられて絶体絶命だったはずだ。逃げ場なんてない。

 VLも仮想世界も、残念ながらリアルの肉体を通す以上ワープなんて出来ないはずなんだ。どう足掻いたってVLは視覚情報の延長線でしかない。

「だからここにいるんだよ!」

「はぁ!??」

「ん? ……あ、そうか。これはね偽物なんだよ」

「……にせ、もの?」

 少女は少し考えてから顔をぐっと近づけて軽くキスをしてきた。

「ッッッ!? ッ??!」

 何ということでしょう。この童帝王であるカイの口に麗しい少女の唇が触れたではありませんか。

 ぷにっというような感触の後に少し違和感を覚えた。あ、あれ?触れてない。感触だけだ。確かに触れてるのに、触れてない。

「ほらね!」

「な、ななななな!! なにゅおしてるんだ!!」

 触れてないからとはいえこんなゼロ距離でしていい行為ではないのだ! 決して!!

(改めて初めまして宇宙人さん! ボクはティーガーデン星第一惑星から来た���です)

「ふぇっ!?」

 いきなり頭の中から目の前にいる女の子の声が流れ込んできた!? さっきから情けない声しか出していない気もするけど、仕方ないだろ。こんなに意味不明な事ばかり起きて冷静で入れる人間なんているのか?

 ティーガーデン星? 宇宙人? それに名前のところ、何て言ったのか聞き取れなかった……。

(ごめんね……。ボクもここの言葉で適切な表現が分からないんだ。���なんだけど)

 薄らだが、空耳でコノカって聞こえる気もする。

(それでいいよ! それにしよ!)

 さっきからあまりにもスムーズに頭の中でコミュニケーションを取っていて、何だが気味が悪い……。ってこれも聞かれてるということなのでしょうか?

(いえす!!)

 ぷ、プライバシーの侵害すぎる……。

 それならいっその事、エロい妄想しまくってやる!!

(エロいってなに!! 是非とも!!)

 くそ、舐めやがって。見てろよ……。

 そのスクール水着に手を這わせてあんなところやこんなところを……ぐへへ。

(この星のスキンシップなのかな? うぇるかむ!)

 な、なんだと……? こ、ここ触っても許されるというのか? まさかそんな……! いいのか、いいというのか!! いいんだな……いくぞ!!

(なぜ必要に股の間を触るのか分からないけど、そういう挨拶なのかい? )

 あへ……? あれ、そういえば。ここにあるはずの女性にあるはずのものがない。いや、モノは無いんだけれど。

(あ……なるほど、残念ながらボクらの星に性器という部位はもう無いんだ。ごめんね?)

「ホーリーシット!!!!」

 何ということだ……。そんな、そんなバカなことがあっていいのか? いくらVLでもリアルの触覚まで偽装できるのか? 触ったものの感触まで弄れる事なんてないはず……ってあれ? ボクらの星?

(そこからなの? うん、ボクはティーガーデンっていう恒星……ここからだと十二光年先にある惑星から来たんだよ。だからボクから見たらカイは宇宙人だね)

 え、宇宙人? いやいやい、何を言ってるんだこの少女は。頭がおかしい子なのだろうか。そんな存在等に地球に到達できないって説が有名になるくらいには不可能な代物だぞ。SF小説の読みすぎのようだ、おおなんて哀れなんだ。

(あれ? 信じてないの? 今聴覚システムに干渉して見せたのに……カイはボクとのやり取りとか覚えてないの?)

 そういえば、何で俺の名前を知ってるんだ? やり取り? ……そういえば、コノカが現れたのは確かあのアプリのマークが宙に浮いて、まさか?

(ようやく分かってくれた?)

「あの迷惑メールの正体はお前かぁーーー!!!!」

「今更すぎるよ! もっと早く気づいてよぅ! せっかく日本語? というのも学習したのに.....」

 びっくり過ぎてすっかりと忘れていた。というか抜け落ちていた、そう言われればそうだ。

 あの膨大なデータ量の謎アプリと、出処不明、現在となっては過去の遺物となった迷惑メール。

 そもそも届かないはずのものが届いた。更にはあのクソデカアプリの重さ、なるほどというか。

(そう! ボクはあのアプリに乗ってこちらに飛んできたの。だから宇宙船? というのもないよ!)

 アンビリーバボーだ。謎が解けた気がする。

 何でMOPOが俺を尋ねてきたのか。今なら明白だ、コノカだ。コイツを狙って襲ってきたのだ。そりゃそうだ。あんなバカでかいデータ量の転送を国が気づかないはずがない。そんなの知らなければ確実に何かしら危険視することだろう。

「なんで……なんで、俺なんだ? どうして俺のデバイスを選んだんだ?」

「別に選んだ訳じゃないよ? ただ送ったメッセージがカイに届いただけ。それだけだよ」

「なんとまぁロマンのないことで……」

「??」

 不思議そうに首を傾げる少女ことコノカさん。

 でも、謎が解けたところで最悪の状況であることには変わらないのだ。治安維持隊にマークされたということはきっと家にも帰れない。それにここまで逃げてきたのか知らんが、いつかは捕まるだろう。

(ありゃ? まだ分からないの? ここは偽物だよ?? それにきっと彼らも偽物だ)

「…………へ?」

「だからね? ここは君たちの仮想世界を視界マスキングしたもので、実際には君はあの場所から一歩も動いてない」

「えええええええええええええ!???!」

(わぁ、びっくりした)

 え、おま、それっちゅうとなにか? 俺たちは悠長にMOPOの前でクルクル踊ったりエロい妄想したりしてたってことか? はぁ!? というかしれっと視界マスキングって……。そんなさらっと違法行為……。

 ありえない事だらけだ、つまりは仮想世界のデータをこの嘘のデータで覆い隠したんだ……。皆の視界から消す、それは確実に個々のデバイスにも干渉しなければ不可能なはずだ。でなければ、あの場所にいた全員ここにいなければおかしい。

 位置情報は変わらないのに、目をくらました訳でもなく、ただ個々の視界から消える。

 それはつまり俺らだけ別空間に来たも同然。相手からしたら突然俺たちはワープしたように見える。さぞMOPOやクラスメイト達は今驚いていることだろう。

「コノカが宇宙人なのは分かったことにする。この場所のことも分かった。でもなぁ!? 治安維持隊に狙われている事実は変わらんのよ!」

 そう、結局その場しのぎだこんなの! 家には帰れないよこんちくしょう!!

「カイは話を聞かないね……。だから、それも恐らく大丈夫だよ」

「何の根拠があって!?」

「それはねぇ……。秘策があるんだよ!」

 そう言うとコノカは手元に小さなホログラムを出現させた。

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