中編

 出会ってから今まで、皇先輩は、いつもこんな感じ。

 私には関係ないから放っておこう。そう思ったこともあったけど、この学校にいる限り、皇先輩が無茶やってる場面は嫌でも目にしてしまう。それで知らないふりをするのは、なんだか目覚めが悪い。


 そんな気持ちになった結果、なんとなく、こうして密かに会うことが多くなった。

 その度に少しは休めって注意をして、時には無理やり休ませている。


「心配かけてすみません。けど、前と比べると、これでもマシになってるんですよ」

「どこがですか?」

「だって、優秀な次期生徒会長が、僕の負担を減らすよう頑張ってくれているんですよ。いつもありがとうございます」


 ニコリと笑いながら、お礼を言ってくる皇先輩。

 次期生徒会長っていうのは、私のこと。

 色々あって、皇先輩と同じ生徒会に入ったのが、二年生になった時。

 それからの働きが評価され、皇先輩が生徒会を引退した後は、私が次の生徒会長ってことになっていた。


「べ、別に、皇先輩のためにやったわけじゃないです。なんでも任せきりじゃ、次の生徒会長の威厳がなくなりますから」

「おや、そうですか。ですが、助かっていることに変わりはありませんからね。いつかきちんとお礼をしたいです」

「皇先輩は普段から人に尽くしすぎてるので、私にまでそれを割かないでください。だいたい、お礼をするくらいなら、さっさと寝てくださいよ。昼休み、終わっちゃいますよ!」


 顔が熱くなったのを悟られないようそっぽを向くけど、皇先輩の含みのあるような笑みは、まだ消えてくれない。

 それどころか、なにか企んでいそうな悪い笑に変わってる。

 普段、学校の人達の前じゃ、絶対に見せない笑みだ。


「はいはい。だけど、少し困りましたね。僅かでも寝て回復したいのはやまやまなのですが、僕はちゃんとした寝具がないと眠れないのです」

「昨日、机の上で寝落ちしたって言ってませんでした?」

「こまかいことは気にしないで。それでしっかり回復できなかったから、今疲れているんですよ」


 話しながら、なんだか嫌な予感がしてくる。

 先輩がこんなことを言い出すのは、大抵が何か企んでいる時だ。


「布団は無理にしても、せめて誰かの膝を枕にできたら、かなり楽にできそうなのですけど」

「なっ────!?」


 飛び出してきた衝撃発言に、言葉を失う。

 ひ、ひ、膝枕!?

 誰かって言ってるけど、この場にいるのは、皇先輩と私の二人だけ。つまり、私に膝枕をしろって言うの?


「む、無理ですよ。膝枕なんて、できるわけないじゃないですか!」


 どうしてそんな恥ずかしいことをサラッと言えるのこの人は!


「できませんか?」

「できません!」


 首をブンブン横に振って、絶対に無理だって伝える。

 それでもしつこく頼んでくるようなら、徹底抗戦。

 そう思ったけど、皇先輩は、実にアッサリと、諦めの言葉を口にする。


「そうですか。それは残念。ですが、嫌がっているのに無理をさせるわけにはいきませんね」

「えっ……? ええ、そうですね」

「白石さんの膝枕。やってもらったら、心身ともに回復すると思ったのですけど。白石さんがどうしても嫌、絶対にしたくないと言うなら、諦めます」


 そうして、残念そうに目を伏せ、しょんぼりとした顔になる。

 ちょ、ちょっと待って。そんな顔されたら、私が凄く傷つけたみたいになるんだけど。


 いや、でも、したくないってのは本当だし……だけどそれは、嫌と言うより恥ずかしいからで、私と皇先輩以外は誰もいないこの場所でなら、ギリギリできなくもない……かも。


「ちょっ、ちょっとだけなら、いいですよ」

「えっ?」

「そうした方が、回復できるんですよね。だったら、昼休みが終わるまでの時間、少しだけならやってもいいです!」


 ああ。どうしてこんなこと言っちゃったのかな。

 さっきまで、心の底から絶対無理って思ってたのに。


「ありがとうございます。では、膝、お借りしますね」


 皇先輩はそう言うと、ゴロンと寝っ転がり、私の膝の上に頭を乗せる。


「ああ、幸せだ……」


 そして次の瞬間には、気持ちよさそうに寝息を立て始めた。


 寝るの早っ! やっぱり、凄く疲れてたんだろうな。

 けどね。眠りにつく時、一瞬だけ、さっきもしてた悪い笑顔になったのを、私は見逃さなかった。


「先輩。ああ言えば私が断れないってわかってやってましたね」


 天下無双の完璧な生徒会長。それが、この学校での皇先輩の評価だ。

 だけど私は、心から思う。皇先輩は、断じて完璧なんかじゃない。


 誰かの期待に応えようと頑張りすぎて、何度もボロボロになっている。たまに、今みたいな腹黒さを見せてくる。こうして、甘えてくる。

 どれも、完璧からは程遠い。


 けど、それを知ってるのは、きっと私だけなんだろうな。

 だからかな。なんだかんだ言いながら、私はこの人をほっとけない。

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