第2話 前世で国を見捨てた最低クソ夫(予定)が来ましたわ
「さあ、まずはウンコの駆逐からですわ!!」
つい数分ほど前、街の景色を見た私は5年前へと戻れたと確信しました。そして、活気ある街中を見渡しながら、ひとまずの目標としてウンコの駆逐を口にします。
なぜ、過去へと戻れたのかは不明ですけれど、ひとまず私にとって不利益な状況ではないので受け入れるとしましょう。
それよりも、今は確定された未来をどうにかするのを考えた方が有益ですわ。
5年後の未来では国中で疫病が蔓延する。
要因は様々ありますが、ことの発端となったのは糞尿……すなわちウンコですわ。
まず、この国ではトイレは桶やオマルで行い、一定量溜まりましたら窓から投げ捨てるといったスタイル。
ですが、年数が重なる度に人口が増えていき、街中に捨てられるウンコの量も増加。
それに連動するように、人の歩く道もウンコだらけになり、異臭が街中に広がりましたわ。
歩く道はウンコだらけで、異臭も酷かったですから、糞尿を街へと捨てるのは禁止となりました。
ですけど、これが全ての始まりでしたわ。
ウンコを捨てる場所が街の外にある森へと変更となりましたが、桶に溜まった重いウンコを持ち運ぶのは時間が掛かります。それゆえ、近場にある川へ糞尿やらゴミやらを流し始める者が続出。ウンコと一緒に証拠も流してしまおうという考えだったのでしょう。
少しくらいなら糞尿を流しても水が中和してくれますし……などと甘い考えが蔓延してました。
ですが、それを続けていれば必然的に川水が汚染されていきます。瞬く間に川は汚れ、下流にある海も同様の状態になりましたわ。
そして、川水は生活用水としても使われています。人は水が無いと生きていけない。故に民は多少の汚れなど気にせず川水を使用し、体調を崩していきましたわ。
最初は川水から動物や人へ。次は人から人へ。そうして、死に至る病は拡散されていき、人々の日常を一気に崩壊させました。
「まあ、調査を進めていくうちにウンコ以外の原因も山ほど見つかりましたけど」
とはいえ、まずはウンコの問題をなんとかしなければなりませんわ。
全ての生命の源である水がウンコまみれになってはお話になりませんし。
私は寝巻姿のまま袖をまくり、近くにあった金物屋からシャベルと荷車をお借りし、廃棄された
「さあ、ウンコの除去に取り掛かりますわ!!」
そんな意気揚々とした声で宣言し、私はシャベルでウンコをすくい上げ、荷車へと投げ込んでいく。
「どっせい!! どっせい!!」
などと、気合を入れるように掛け声をあげながら作業を進めていきます。
ですが、この作業は数十分と経たないうちに終わりを迎えますわ。
「ぜぇ……ぜぇ……疲れましたわ」
想定を超える量のウンコは除けども除けども減る気配は訪れなかったのですから。
ここに来て、やっと私の思考は冷水を浴びたように熱が引いていきます。
「圧倒的に人手不足ですわ」
そもそも、この広い街にあるウンコを1人で一掃しようなどという考えが無謀そのもの。
過去に戻れたという事態にテンションが上がり、頭が馬鹿になってましたわ。
「まずは屋敷に戻ってから対策を練りましょうか」
そう考え、荷車に乗せたウンコを街外へと捨てる為に引っ張ろうとした瞬間、悲鳴にも似た驚愕の声が耳へと届きます。
「ルイゼお嬢様、なぜ、糞を乗せた荷車を引いているのですかっ!?」
頭より伸びる獣耳を激しく揺らしながら声を上げるのは私の側付きメイドであるレニ。
どうやらレニは私を懸命に探してくれていたのでしょう。栗毛の髪は汗が染み付いており、垂れた横髪が頬に張り付いています。
「お嬢様が部屋を飛び出て、屋敷中を探しても見つからなかったので、街へと来てみれば、その、なんと言うか」
そう口にしかけたレニは私の姿を上から下までまじまじと観察します。
彼女からしてみれば、仕える主がウンコを入れた荷台を引いてるという奇々怪々な状態ですので、事態を飲み込めないのも無理はありませんわ。
ええ、私でさえ自分の今の姿は奇天烈以外、何ものでもないと思いますもの。
ひとまず、レニには事情を説明しませんと。
「あのですね、私がウンコを集めていたのは……」
「そら、行くぞ!!」
そんな私の言葉を遮るように2階窓から声が飛び、私の頭上めがけて生活廃棄物、すなわちウンコが降り注ぎます。
ベチャベチャという湿り気のある音と共に、私の全身コーディネートは茶色へと染まりましたわ。臭い!!
その様子を見つめるレニは鼻をつまみながら告げてきます。
「お屋敷へ戻りましょうか。体を洗う水とお着替えを用意いたします」
「ええ、お願いしますわ」
せめてものプライドを保つために、私は
◇
「はぁ〜〜温かい紅茶が身体に染みますわぁ〜」
屋敷へと戻り、全身に浴びたウンコを流し終え、私は紅茶の美味しさを口内で広げながら幸せを堪能します。
前世では病気による喉の痛みのせいで、白湯しか飲めませんでしたからね。
ちなみに荷台に乗せたウンコは街外へ廃棄し、荷台とシャベルは借りた方へ返却いたしましたわ。
こうして、しばしの落ち着きを取り戻したわけですけど、やるべき仕事は依然として残っていますわ。
「さて、どう説明したものでしょうか」
会食や客人をもてなす食堂には私とレニの二人きり。
10人ほど座れる長方形のテーブルにカップを置くと、潤ったはずの喉が緊張で乾いてしまう感覚を覚えます。
何故なら、私の右隣に立つレニの威圧感が凄まじいのですから。
私は紅茶が入っていたカップの底を眺めつつ、チラリとレニへ視線を移します。
すると、レニは目頭を抑えながら「はぁ……」と分かりやすいくらい露骨に呆れの感情を表に出します。
そんなレニはメイドとしてではなく、やんちゃな妹を諭す姉のように問いかけてきます。
「ルイゼお嬢様、貴方はお幾つになられましたか?」
「14歳ですわ……」
「あと1年経てば15歳。すなわち成人扱いとなるのは?」
「存じております……」
「ハーヴェイ家の一人娘としての責務もございます。結婚を控える貴族の淑女が街中でウンコをかき集める。少々、戯れが過ぎるのではございませんか?」
「言葉もございません……」
私はレニの言葉を只々、受け入れます。
ええ、もう、些か行動が軽率だったとしか言いようがありませんもの。
レニが呆れつつも叱ってくださるのも無理はありません。
なにせ、私はハーヴェイ家のたった一人の娘なのですから。
そしてこれは、私が抱える悩みでもありますわ。
その悩みについて語るには、この国について簡単な説明をする必要がございますわね。
まず、私が産まれ生きる国の名前はオーバードルフ国と申します。
そして、統治する王族も国と同じくオーバードルフ家。シンプルで分かりやすいですわね。
そんな、オーバードルフ国は封建制度を取り入れておりまして……まあ、簡単に説明しますと王様が信頼した者に土地を与えて統治させ、主従関係を結ぶといった政治を行っておりますの。
その国王から与えられた領地を持つ貴族の1つがハーヴェイ家となります。つまりは私の家になりますわね。
さて、
それが跡継ぎ問題。
領土を継承するのに明確な法的縛りはなく、私にもハーヴェイ家の領地を継ぐ権利はございます。
ですけれど、貴族の間では当主は男であるという暗黙の了解があるせいで、事態は簡単に収まりません。
この凝り固まった男尊女卑という価値観は安々と変えるのは難しいというのが現実ですわ。
おかげさまで、現在のハーヴェイ家は窮地に立たされています。
なぜなら、跡継ぎ候補は女である私だけなのですから。
普通の貴族ならば、生まれた第一子が娘と判明したら、二人目の子どもを……と、考えます。
しかし、私の母は元々、体も弱く、なかなか子宝に恵まれませんでした。
そんな苦労の末に生まれたのが私でしたわ。
その事情があるゆえ、父はハーヴェイ家の当主としてではなく、一人の男として母を守ろうと考えましたの。
母に負担をかければ命の危険があると判断し、それ以上の子どもは望みませんでした。
美談と言えば確かなのですが、私の責任は絶大な物になりましたわ。
女である私を跡継ぎとして周囲が潔く認めてくださらないとなれば、実施可能な手段は少ないです。
もっとも角が立たない方法として多いのが、男子を婿入りさせる手立てです。
すなわち、私と結婚してハーヴェイ領へ来てくれる殿方を見つけるという方法ですわ。
現在、私の年齢は14歳。
15歳で成人扱いとなり、結婚が出来る以上、なるべく変な噂を立てたくないというのが実状ですわ。
そんな、由緒正しきハーヴェイ家のご令嬢が、つい数分前に街中でウンコを収集していたとなれば、普段冷静なレニが怒るのも無理はありません。家の跡継ぎ問題は私の行動によって左右されるのですから。
「(とはいえ、その責任を全うしようとしたら、とんでもない目に逢いましたけれどね)」
前世では父の尽力により婿入りをしてくれる殿方を見つけてくださいました。私は無事に結婚し、ハーヴェイ家も名前こそ結婚相手の姓へと変わりますが、領地は守られ安泰。……なんて、簡単にはいきませんでした。
国全体で病が流行り、夫は金銭をいくつか持って領地を逃げ出したのですから。
つまり、このまま指を加えて待っていれば、私は民を見捨てたクソ夫と婚約するはめになります。
これが、私の抱えるもう一つの悩みですわ。
「(結婚したくねぇですわ〜)」
「ルイゼお嬢様、結婚したくないと顔に出ていますよ」
「なっ!! レニは心を読めるのですの!?」
「ルイゼお嬢様に仕えて7年が経ちますから」
そんな私の心の内を見透かすようにレニは目を細めながら睨みつけ、頭より生え出た獣耳をピョコピョコと左右に揺らします。傍から見れば、従者に追い詰められる主人な絵面。威厳がないですわね、私……。
とはいえ、ここで大人しく引くわけにはいきませんわ。
未来を知る私は自由に生き、民を救うと決めたのですから。
それこそ、領地を呆気なく捨て去る男と結婚なんてまっぴらごめんですわ。
そうなると、レニをどう説得するかが重要になってきます。
これから領地の衛生管理活動を行うのに結婚だの婚約だので制限が入るのは回避したいですから。
しかし、レニは中々に堅物なメイド。ハーヴェイ家の未来を考え、私には結婚をしてほしいと考えているはず。
この考えを覆すようなインパクトある出来事があれば良いのですが……。
「うむむ……」
私は人差し指でオデコをトントンと軽く小突きながら思考を巡らせます。
すると、食堂の出入り口である木製の茶扉を挟んだ先から、二人の男性らしき声が聞こえてきます。
どうやら、今日は客人が来ていたみたいですわね。
一人は乾いた大地のようにしわがれた声と、嵐のように豪快な笑い声を使い分ける、テンションの起伏が激しい男性。
これはお父様の声ですわね。
そして、もう一人は対称的に若々しく潤った、よく通る青年の声。
この声……もしやっ!?
その男の名前が脳裏に浮かんだ刹那、私の全身は電流が走ったように身震いをしてしまいます。
ここで鉢合わせしたら面倒ですわ。
などと考えますが、時は既に遅し。
父の吹き荒れるような大声が食堂扉の前まで近づいてきます。
「ハッハッハッ!! ハインツ殿、遠路はるばる屋敷へ来てくれたのですから、是非とも我が家で昼食をいただいて下さい」
「ええ、お言葉に甘えさせて頂きます、ハーヴェイ殿」
そんなやり取りと共に、食堂にある扉が悲鳴にも似た軋む音を響かせながら開かれます。
そして、出入り口から姿を現したのは、白髪混じりの髪と中年特有なポッコリしたお腹を持つ、やや不健康なイメージを抱く初老の男性。ハーヴェイ家の当主にして、私の父ですわ。
その隣に立つのは嫌悪と威厳の雰囲気を同時に纏う10代後半の青年。
身長は私が見上げるほど高い180cmの背丈。太すぎず、細すぎない程よく筋肉がついた体。
身なりは金の刺繍が施された赤のロングコートに、下は膝丈までの長ズボン。遠目からでも身分の高い者だとすぐさま判断できますわ。
髪色は炎を連想させる真紅の赤色。
あご周りは細長く、目は突き刺すようなレイピアを彷彿とさせるツリ目。
おかげさまで威圧感が3割増しになっている気がしますわ。
そんな彼は私が呆然と立ち尽くしているのを見た瞬間、革靴の音を鳴らしながら近づき、目の前に立つと……
「貴様、なにを呆けている。この無礼者がっっ!!」
という怒号と共に私の頬を思い切り平手打ちをしてきます。
パァンという破裂音と同時に伝わる痛みが脳へと走ります。その痛みを通して、嫌悪と憎悪が表へ出そうになりましたが、ここは耐えませんと。
そんな『こいつ殴り返してやろうかしら』という気持ちを殺し、私はひざまずく形で彼に謝罪を述べます。
「分をわきまえず申し訳ございませんでした、ハインツ・プロイレン様」
だから、コイツとは出会いたくなかったですのに。
人と出会い頭に暴力を振るのがまかり通る男。
名をハインツ・プロイレンと言いますわ。
ハインツは隣国のプロイレン王国第二王子であり、凝り固まった階級意識を持つ殿方です。
さきほど、ハインツがビンタをお見舞いしたのも、貴族でかつ女な私が王族と同じ目線に立っていたから。
身分が上な者を前にして、かしこまらなかったのがハインツ的には気に食わなかったのでしょう。
暴力を平然と行使する最低クソ男ですが、残念ながら私と深い縁がありますわ。
なにせ、前世でハインツと私は夫婦だったのですから。
国で病が流行り、感染を恐れ金銭を持ち出し逃げた、私と民を捨てた最低最悪のクソ夫ですわ。
「(この男と結婚をしてしまえば私の自由と国の未来はなくなりますわ)」
そうとなれば、まずはウンコよりもクソな男との婚約を破棄しなければなりません。
痛む頬と漂う怒りを腹底へと収め、私はハインツを退ける方法を考え始めるのでした。
――――――――――――――――
【あとがき】
あと1話ほど設定説明回のためストレス展開が続きます。
メインの領地運営は4話目から始まりますのでよろしくお願い致します。
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