伊東祥子 第7話
三月に入り、少し暖かさを感じ始めたそんな日。ウチは練習サボったバツで外周を走らされていた。
「だって初日なんだぜ? そりゃ見るわ」
ウチが見ていたのは体育館で練習する祥子の姿だ。
バド部とバスケ部が半々で使うコートでは嬉しそうにラケットを振る祥子の姿。まぁ折れたのは左腕と左指だったから、ラケットを振るのは大丈夫そうだな。でも左腕の動きもとても重要なんだっけ? 祥子が言ってた気がする。
「あ、幸人」
奥のハーフコートでは、ウチと同じ様に手を休めて祥子に視線を向けてる幸人がいた。とても優しそうな顔で祥子を見ている。ウチはその顔に胸が熱くなる、やっぱマジで惚れてるって実感する。勿論あの視線をウチに送って欲しいっては思っちまうけど、でも良いんだ。片想いには慣れてるんだウチは。
「あっ!!」
頭にボールが当たって幸人が吹き飛んだ。
祥子が心配そうにストレッチを止めて、バスケ部の方に視線を移してる。
「よ、陽子か……あのバカ、幸人を殺す気か……」
幸人に向かってボールを投げつけ、倒れて痛がる幸人に、悪びれも無く更に何か叫んでる様に見える。多分、ウチが見てたのと同じもんを見て嫉妬したんだな。
「あ! レナっ!!」
「おうっ! 祥子!! 頑張れよ!!」
「うんっ! 見にきてくれたんだ! ありがとーー」
可愛い親友がウチに気づいて声を掛けてきた。笑顔で手を振る祥子はマジで天使だ。ガサツなウチとマジでは大違いだ。
(そんな天使みたいな親友を助けれなかった……)
ウチの中に後悔が残っている。前日の時点で、もう少し考えりゃウチだけが気付ける可能性があったんだ。
もちろん加賀谷のクソが全部ワリィって分かってる。塩谷も新城にも責任はあんだろうけど、アイツらはなんも分かって無かっただけだ。
(分かってたのはウチだけなんだ……)
それがウチの後悔。
「あ、三井!」
「ん? 松沢? なんだ?」
校庭の内周を走る野球部の集団の中から、ウチに声がかかる。松沢だ。
「新城見なかったか? まだ部活にきてねぇんだ」
「あん? しらねぇよ、あのバカの事なんて」
「そっか、わりぃな? ランニング終わったら探してみるわ」
そう言うと松沢は走り去っていった。だいたいなんでウチに聞くんだっつーの。
「ったく、あのバカも全然立ち直ってねぇみてぇだし。情けねぇな」
後悔が消せないウチが言える事じゃないかもしれねぇけど。
「あ! 先生! レナいたよ!!」
「こら! 三井っ!!」
「うわっ、やっべ……」
こうして今、ウチは走りたくも無い校舎も含めた外周を走らされている。
「はぁ、はぁ、はぁ、ったく松沢が声かけるから目立ったんだろが……」
そんな恨み節を唱えながら、ウチは正面の校舎前を抜け、角を曲がり体育館裏に向かう裏道に入る。
「あん? あれは……新城? と……先輩達?」
体育館裏では煙が何本かの柱の様に伸びていた。そこには幼馴染と、小学校も一緒だった二人の先輩。
(確か双子のなんとかって先輩達……)
ウチは一旦脚を止めて、側にあった木の影に隠れた。
「どういうつもりだ? 新城」
「お前、もうむかついてねぇのかよ!?」
「本当にムリっす、手伝うつもりねぇっす」
なんの話しだ? 先輩達は新城になんか手伝わしてぇのか? ウチは目を閉じて耳を澄ます。
「てめぇ、日和ったんじゃねぇよな? 俺らがアイツとやってたの見てよぉ」
「……そんなんじゃねぇっす。それに竜さんは知ってるんすか?」
ボゴンッ!!
「っつ……」
「てめぇ、あんまり調子こくなよ? テメェの兄貴の事は尊敬してっけど、テメェにまで偉そうにされる筋合いねぇんだ」
「竜さんはもう学校も変わるし、今度やるチームには入んねぇ、もう関係ねぇんだよ!!」
「ちっ……骨抜きのクソチームじゃねぇか」
バゴンッ!!
「テメェ、マジでふざけてんな? 手の甲出せや! 根性入れ直してやる!」
ジュッ
「んぐ……つぅ……」
!? このなんか火を消した様な音……多分根性焼きだ。新城は今、命令を断ってヤキ入れられてんだ。ウチはこのままこの場から逃げ出し人を呼ぶべきなのか悩む。
「いいか? 他に三人は呼んである。もしかしたらそれ以上集まるかもな。だからあの時みてぇにはぜってぇならねぇ、だからお前も数人は集めてこいや、分かったな?」
「今度こそボコボコにして、素っ裸にひん剥いて、校庭にでも投げ出してやる」
なんて事をしようとしてんだ! ウチはこの卑怯で最低な先輩達に寒気が走った。
「後、塩谷も呼んどけや、アイツの目の前でひん剥いてまわしてやる」
「そうだ、三嶋の目の前でな? お前も俺らの後ならヤラしてやるぞ?」
「クズが……」
バゴンッ!!
ボゴンッ!!
「良い加減しろ、サカらうんじゃねぇって言ってんだろ!!」
「お前もここで一回分からせとくかぁ?」
タッタッタッタッタッ
「あれーー? 何やってんすかぁーー? イジメっすかーー? じゃー失礼しまーーす!」
「!?」
「あん?」
「…………レ、レナ?」
ウチは飛び出した。外周ランニングの振りして、いや本当にしてるけど……。何事も無いよう通り過ぎ、そのまま角を曲がって全力で走って校庭に出るんだ、最悪体育館の中に逃げこめば良い!
「せんせーーーー、こっちでイジメられてる子がいまーーす!!」
大声で、とにかく大声で新城を助ける為に声を張り上げる。
「まっ、まて、テメェ!」
「あ、兄貴、ダメだ校庭前で追いついても声は向こうまで行っちまう!! ここから逃げんだ!!」
作戦は成功だ。
(……後は幸人に伝えねぇと!!)
ウチはこの部活の後、幸人を捕まえる事を決めた。
#
「ーー多分、卒業式の後だろうな?」
「お前、なんでそんな落ち着いてんだよ、ってか落ち着きすぎだろ!」
部活からの帰り道、どうしても話しがしたいって頼んで、今二人で歩いている。祥子は、もう二人がかりで家に送った後だ。
「祥子のいる所で話さなかったのは正解だ。これ以上、心的不安を与えたく無い」
「シンテキ……なんかわかんねぇけど、なんとなく分かる。なんか不安がらせたくねぇじゃん?」
幸人はやっぱすげぇかっこいい……。だけどこのままじゃ幸人はきっとポロポロにされる。塩谷も酷い目にあう……
「うーーん、刀……俺が捕まるか……。あくまで護身のための護身具的なのが、一、二個ありゃいけるかな?」
「な、何のことだ?」
「いや、準備すりゃ勝てない事は無いって話しだ。中坊の五、六人くらいな?」
「ま、マジか? ってか、お前も中坊だろが!」
「だけど、問題があるな……」
そう言うと、幸人は口元に手を当て、何か考え事を始める。そのポーズがまたカッケェ……
「どんなだよ、な、何が問題なんだ?」
「一つは凛が人質となる事だ。目の前で何かされたら俺は手を止めざるを得ない」
「あ、確かに……」
「次は新城だ。その感じだとまず大丈夫だろうけど、二年から何人か集められるとちょっとキツイ」
「そうだよな? 流石にそんな人数いたら……」
「人数もそうだけど、俺の気持ち的に痛めつけるのは申し訳ないってのと、新城やヤッちゃんにはかなりソリースを割く羽目になる……」
「そ、そりーす?」
「その隙に他に入られるとキツイ。三年は竜さんさえいないんなら平気なんだけど……」
そうか、新城も安田も喧嘩がすげぇつえぇって事か。……だけど三年には敵がいないとか、マジでコイツ自信あんだな……
「取り敢えず護身具は明日にでも立川で集めてくる。凛には卒業式は欠席させる。ヤッちゃんには直接参加しない様頼む。これでやり切る」
「お、おぉ……すげぇ……流石幸人……」
「いや、レナ? お前のお陰だよ。ありがとうな?」
「ひゃっ!?」
ウチの喉から変な音が漏れる。ウチがさっき惚れ直してた優しい顔がウチに向けられてた。胸がはち切れそうなぐらい激しく、心臓がウチの薄い胸を叩いてくる。
嬉しい、嬉しいんだ。幸人の力にもなれた、こんなに喜んでくれた、ウチに感謝してくれた。
「さぁ、帰ろうぜ?」
「あ、はひっ!」
この後ウチはどんな話をして帰ったのか全く記憶に残らなかった……
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