塩谷凛 第39話
日が落ちかけて、本番に向かって一層賑わう街の中を、私は新城先輩に肩を軽く支える様に抱かれながら、ゆっくりと駅に向かって歩いていた。
何時間いたかも分からない喫茶店で、無言で過ごした私達は、どちらとも無く席を立ち、こうして歩き出した。
まともに真っ直ぐ歩く事も出来ない私を支える、新城先輩の顔は私と同じようにとても辛そうにしていた。
(これも……私が巻き込んだ所為……)
そんな私達は、街に溢れるカップル達と同じ様に見られる事は無いだろう。
「あ……」
人混みの頭上に、そびえ立つ大きな飾り付けられたモミの木の頂点が見えてくる。まだ日は落ち切っていない、茜色の空だ。
「もうついてるんだな……」
先輩と二人で見るはずだったクリスマスツリー……
私達は自然と人混みを掻き分け、そのツリーに吸い込まれる様に足を向けた。
「キレイ……」
「あぁ………」
私の頬を、私の意思を無視して涙が零れ落ちる。私には涙を流す資格なんて無いのに……
「……俺が全ての責任を取る、お前は何も心配しなくていい」
「……そんな事許される訳ないじゃないですか」
終わったんだ……そう思えば思うほど溢れ出ようとする涙を、自分のしてしまった事への罪の意識が抑え込む。
「大丈夫だ、お前は黙っていろ」
「新城先輩……」
先程までと変わり、覚悟を決めたような強い意志のこもった瞳は、真っ直ぐツリーの星に向いていた。私はそれにつられ、同じ様にその輝き出した星に視線を向ける。
私達はこの時確かに、同じものを同じ様な気持ちで見つめていた……
#
俺は一人、駅に向かって歩いていた。陽子と三井は、車で迎えに来た陽子の母親の車で帰っていった。俺も乗ってく様に言われたが、まだやる事があると言って、断った。
だけど、本当はそうじゃない。今回のこの事件と、凛と別れる前に気付いた自分の中に抱えている矛盾に向き合う時間が欲しかった。
凛にはポケベルにメッセージは送ってあるし、新城からは送っていくと連絡を貰っている。
(今日は会いたくない……)
正直な気持ちだった。
この事件の原因は元を辿れば、あの坂上での二人の関係の悪化だ。だけど、その事件の概要を知らなかったとは言え、凛が計画した三人への妨害工作によって今回の事件は引き起こされた。俺はそう三井から聞いた。
(やっぱりあの時からか……)
凛と新城の接触、やはりあの日に何かあったのだろう。凛の中には本人でも自覚出来ていない不安への恐怖がきっとあったのだ。恐らく、その不安を埋める様に新城に助けを求めていたんだ。
(しかし……一昨日か……)
俺に嘘をついてまで出掛けていた事実。俺はショックは確かにあるが、それ以上にやはり怖かった。
(凛も俺と同じなんだろう……大きな何かの力が働いている。俺自身もコントロールされている。今日それがハッキリした)
そう俺は結論を出した。俺の中の本心とか、何が正解だとか、どうしたいとか、そういうものが何故かその時その時一貫しておらず、繋がらないのだ。
フラットに生きようとして無心になったり、計算して何処かへ舵を切ろうとしたり、考察をして何が正しいのか理屈を付けようとしたり……
その結果、そんな状態のまま俺の取った行動の一つ一つが、予期せぬ方向へと周りを動かしたり、元の道筋に戻りそうとなったり、どちらにしろ大きく変化を生む原因になっている。
(だから、凛を責める事は出来ない……)
あの日、新城と帰る様言ったのは俺だ。新城との事に何かまだあるのなら、ケジメをつけて欲しいって気持ちで送り出した。それだっておかしい、俺は未来を知ってるんだ、もっと不安になるべきなんだ。
(だけど、三井と帰らなければ祥子は……)
そうなのかだろうか? それはそれで事件は起きなかったと可能性がある。
(いや……事件は起きるんだ……もっと前だ……祥子が俺を好きになった所からあの道が生まれたんだ……あの日、俺は祥子を救う道を選ばざるを得なくされていたんだ)
そして、あの事件は俺と祥子をより強い絆で結び、俺と凛との距離を引き離し、凛と新城を近づけた。それは結果論でしか無いかもしれない。だが、それがこの結果を作った事は確かだった。
(やはり運命は変えられ無いって事なのか? やっぱり世界の歴史は修正されるのか?)
俺は凛と生きていくと決めておきながら、これから出会う彼女達に思いを馳せ、そして最後に妻と出会う事を望んでる自分に、今日気がつく事が出来た。
その相反する矛盾した感情の天秤が傾く……
俺は心の奥底では歓迎しているのだ、修正されていく世界を。今度はちゃんとしてあげたい人がいる。今度こそ救ってあげたい人がいる。今度は裏切っちゃいけない人がいる。
そして、最後に出会いたい人がいる……大切な存在達がいる。
その胸の中の本心が、凛への想いをかすれさせていく。
目の前に見えてきたこの駅のバスロータリーに飾られた小さなツリー。
そのツリーに飾られた小さな星は、まるで俺を祝福してるかの様に煌めいていた。
#
車から降りると、目を輝かせる姉が私を出迎える。
「ねぇ! なになにっ、なんかすごい事件だったんでしょ!? 教えなさいよっ!!」
「はぁあ? 話す訳ないでしょ! こんな可哀想な話!!」
「ほらほら、早く家入りな!」
私は家に入ると、靴を脱いで自分の部屋へ向かう。
「陽子? あんたご飯は?」
「いい、食欲ない」
私は二階へ上がると、テーブルに大きな鞄を置いて、自分のベットにうつ伏せで倒れ込む。
事件の事は私は止めに入ったとは言え、第三者だ。今は祥子の容態とか加賀谷の今後とかは考えてもキリがない。私が今考え無いといけないのは……
「あのバカ……なんで乗っていかなかったのよ……」
こんな時に不謹慎かもしれないし、祥子に悪い気持ちもある。だけど、私には今日という日はどうしても譲れない気持ちがあった。
「八時ね……」
ぶっつけで飛び込もうとしてた私と違って、二人は約束を交わしていた。その時点で祥子とあのバカの間には私じゃ踏み込めない何かがある。
「やっぱ……アイツ、祥子の事が……」
気持ちが落ちていく……私が悪いんだ、口も悪いし、スタイルも祥子みたいに良くないし、髪も塩谷みたいにキレイなストレートじゃないし、あんな目一杯アピールをレナみたいに出来ない……
私じゃダメなんだ……
『ダメよーー』
「そうだよね……って、え?」
私はベッドから顔を起こして室内を見渡す……勿論人はいない……
「はは……幻聴にまで言われちゃった……」
『そうじゃないわ、バカね』
「ええっ!?」
私はベッドから飛び起き、室内をグルグルと声の主を探し回る。
「な、何よ!! アンタ誰よっ!! 私じゃダメなんでしょ!? 三嶋には私じゃないんでしょ!!」
答えは帰ってこない……
私はその声の主に、背筋を震わせる。
「お、オバケ……」
『そんな訳ないでしょ!!』
「ひぃっ!!」
『行くのよ!!』
私は両手で自分の身体を抱きしめると、部屋のドアまで勢い良く後ずさり、背中を隠すーー
「なんなのよ……どこに行けって言うのよ」
私はさっき下ろした、大きなショルダーバッグに目を向ける。あの中には私がずっと前から計画して頑張ってきた結晶が入っている……
「……そうじゃない……ダメ……なのがダメ? 行くのよ……」
私は背中をドアから引き離し、テーブルの鞄を自分の胸元に抱き寄せるーー
「ありがとうっオバケさんっ!!」
私は一心不乱に部屋を飛び出したーー
#
私達は無言で家路についた。
新城先輩は時折何かを考えるような仕草をしているが、私にはそれに意識を向ける様な元気は無い。
先輩と歩いた道を、今度は違う人と帰っている。行きはあんなに幸せで、この日への期待で胸がいっぱいで……
今は苦しくて、悲しくて、絶望感で私は満たされている。
辛い……この道を歩くことがほんとに辛い……
もう先輩とやり直す事は絶望的だ、でも本当にそれで良いんだろうか?
私は心の底から先輩が好きだ。愛してるって言っても過言じゃない。それくらい私の全てを先輩に捧げたいって気持ちを持っている。
この数ヶ月、先輩と付き合う様になってから沢山の色んな事があった。
順調とは程遠い事の連続で、何度も苛立ったり不満に思ったり、不安になったり……
初めてのデートなんて先輩はどこか私の事を引き離そうとして……悲しい気持ちになって……
それでも先輩は変わってくれて……私の事好きだって言ってくれて……
それなのに……私は全部壊したんだ……
自分の中にあった不安に負けて、嫉妬に駆られて、新城先輩に頼って……
先輩が色んな人の事を思って、うまくやろうとしてたのに、私が台無しにしたんだ。
私が一番……先輩の敵だった……
それでもまだ期待する気持ちがあるのはダメな事なんだろうか?
先輩が私をまた一番だって抱きしめてくれる事を期待しちゃダメなんだろうか?
私の罪は大きい……それでもって……そう思っちゃいけないんだろうか?
私は坂の上から見える星に、願いを込める……
もう一度やり直したい……
先輩と一緒にいたい……
叶わなかった、見る事が出来なかった景色を今度こそ見たい……
私はそんな願いを星に込めて坂を下った……
#
俺は今日二人で歩いた道を、一人で自宅へと向かう。
完全に日が落ちた夜の空は、昔いた時代より星が多く見えた。俺は行先に輝くオリオン座を見上げながら階段を下る。
子供の頃良く見ていた星々だ。
俺は確かこんな寒い時期も、親父と喧嘩をして良くこの坂下にある広い公園の中にある沢山のベンチの中で、その日の寝床を決めるのを楽しんでいた。
万引きばかりして、それを更に転売し、金を作り、自分の服飾品や凛へのクリスマスプレゼントに当てたりしていた……
今回用意したプレゼントはあの時あげたものより、全然格下のものだ。
(今の俺じゃティファニーのネックレスはどうしたって無理だ)
階段を降り切ると、右を曲がれば学校へ、真っ直ぐ進むといつもの橋がある。
その道の左側は俺が良く家出をして寝ていた大きな公園で、右側は凛の家がある住宅街だ。
俺はその道を真っ直ぐと、その先にある橋に向かって進む。何度も凛と駅へと向かう時に歩いたこの道。そして何度も待ち合わせたあの橋がある。
俺は自分の本心に気付いてしまった。そして運命という大きな力に敵わないとそう考え出していた。もう……それでもう良いんだと、受け入れ始めていた。
「俺と凛はもう別れるんだ……」
それは既定路線で、変えること出来なかった結末。この後俺達は破局へと舵をきるだろう。この状況下で、俺達が付き合い続けるのがどれだけ罪深い事なのかはバカでも分かる。
(だけど本当にそれでいいのか? 俺はせっかく手に入れた凛を好きだって気持ちを、簡単に捨てて良いのか? それに凛だって俺の事嫌いになったのか?)
俺はそんな葛藤の中で橋への道を速度を落として進む。確かに間違いを犯した、だからといって、好き同士の者達を無理矢理引き離していいのだろうか。
「そうじゃない……それはそれなんだ……」
まずは凛は祥子に謝らなければいけない。細かい概要は知らなかったとは言え、彼女達の想いを妨害と言う形で対抗した事は間違いだ。
これはあくまで俺と彼女達の問題だ。
(そう、そしてこれはある意味俺に責任のある事柄なんだ……それを凛はわかっていなかった……)
それならば俺は本来なら、彼氏として、嫉妬に駆られて行動を起こした凛だけじゃなく、その原因を生んだ俺こそが、その矢面に立つべきなんだ。俺はまず、自分の彼女をまず守らないといけないんだ。
「俺がこの先に、最後に何を望んでいたとしても……俺は今、凛の彼氏なんだ……」
俺は橋の上に着くと、振り返り凛の住む住宅街へと視線を向ける。
俺の背負うリュックの中には、凛へのプレゼントと、駅に向かう途中に預かった折り畳み傘が入っていた。
『絶対降らないよー』
そう言って俺に受け取った凛のピンクの傘……そして以前よりグレードの落ちたプレゼント……
俺は道を引き返し、今度は左側になった住宅街へと脚を進めた……
#
「凛っ!!」
私は失意の中で、家の門を開けて自宅へと入ろうとしていた。そんな私を黙って見送ってくれた新城先輩が口を開く。
「俺は……俺はやっぱお前が好きだっ!!」
私には新城先輩の言葉は響かない。
「こんな事……こんな時に言う事じゃねぇって分かってる!」
まったくその通りだ……私の頭の中では今、か細くても良いから、先輩とまた一緒にいられる可能性にしがみつきたいって気持ちしかない……
「だけど……俺はこんなお前を放っておけねぇんだ……」
こんなって……仕方ないじゃん? 私がバカなんだから……
「お前は間違ってねぇ……協力するって約束した俺を頼る事も、ダチの彼氏の加賀谷に頼った事も……なんも間違ってねぇ!」
「…………」
「アイツは……三嶋はすげぇやつだ……レナや他の奴らがアイツに惚れんのは分かる……」
「……だから、私が悪いんじゃ無いですか……」
「違う!!」
「…………」
この人は何を言いたいんだろ? 私には何も分からない。私が悪くないんなら先輩が悪いって言う気なの? 先輩は何も悪く無い……
「……レナは俺の事をずっと好きだった……それを俺は知っていた……だけど俺はそんなレナを都合の良い幼馴染として、側にずっといて欲しいって……恋愛とかじゃなく……側にいて欲しいって、見て見ぬ振りをした……」
「…………」
「加賀谷だってそうだ、アイツもずっと伊東の事を引きずっていた……素直になれず、振り切ろうと他の女子に目を向けて……関戸を見つけて……それでもやっぱ好きだって気持ちを捨てらんなくて……」
それは新城先輩の考えであって、想像だ。
だけど……どこか私にも刺さって……
「俺がレナの気持ちに応えてればっ!! 加賀谷が自分の弱い心を克服できていればっ!! お前がこんな目に遭う事なんて無かったんだ!!」
「あーーーーーー」
やっと……何が言いたいのか……私の胸に伝わった……
この人は一生懸命、私と罪を分け合おうとしてくれてたんだ……
「だ、だからさぁ……そんな顔……しないでくれよぉ……」
その場で両膝をついて、体制をそのまま前に倒して肘をつく新城先輩の瞳から、溢れ出る大粒の涙は、コンクリートにシミをつくっっていった……
「俺は……俺は、お前のこんな顔が見たくて……こうして我慢……してたんじゃねぇんだよぉ……」
胸が締め付けられる……
かつて私に、校庭で声をかけてくれた優しい笑顔の先輩は……今、私の苦しみにこれだけ悲しんでくれている。
「先輩……」
私のは一歩を踏み出す、この人は私の事でこれだけ苦しんでくれてたんだって……私はそれだけは、確かに私の救いになってーー
「ありがとう……」
私はそんな先輩の頭を、そっと胸に抱き寄せた。せめて、泣き止むまだはこの人の側にいようと思ったーー
#
私は走った、走って走って走りまくった!
家にオバケが出たからじゃない!!
怖かったとかじゃない!!
走らないといけないって! 祥子の分まで走らないといけないって!!
私達の、この想いは! きっとアイツが幸せになる為のものなんだってっ! 私は知ってる気がするからっ!!
走れ走れ走れっ!! もう二度と動かなくなったって良い!! 肺がはち切れたっていい!!
私はこの日……自分が何かの壁をぶち破ったような……
そんな気がしたーーーー
#
「凛……」
俺はこの日の事を二度と忘れないだろう……
「せ、先輩……」
抱きしめ合う二人の姿に、声なんて出さなければ良いのに、俺はバカみたいに口を開いてしまう。
「ま、まて! 三嶋っ!!」
「せ、先輩っ!!」
踵を返し、その場から立ち去ろうとする
俺に、二人が呼び止めようと声を上げる。
だけど、そんな事はどうだっていい。俺は振り返る事はない。
(運命なんだ……やっぱり歴史は変えられない……)
「先輩!!」
(それなら良いんだ……俺は、あの人ともう一度……)
『ダメよっ!!』
頭の中に直接声が響いた…
(なんだ!? でもこの声は……)
「三嶋っ!! 違うんだ!! これは俺が今回のーー」
「黙れ……」
「せ、先輩……」
『そうじゃないわ、バカね』
(!? なんだ? この声は……)
「き、きいてくれ……俺が反省して泣いちまって……それを凛が……」
「せ、先輩……」
(声が聞きたい……俺はもっとこの声が聞きたい……)
「せ、先輩っ!! 私まだ……そうだっ! プレゼントがっ!!」
必死で俺に駆け寄る足音と鞄を漁る音とが背後から聞こえてくる。
「あ、あぁ……俺も……それに傘が」
俺の心はあの声にだけ向いていた。凛や二人の事なんてまるでどうでも良い、あの声がもう一度聞きたい、そんな思いが俺の血が上って熱くなった頭を冷やし、脚を止めさせる。
(そもそも、ちょっと抱き合ってたぐらいなんだ……冷静になれ、俺は大人だ)
距離を詰める俺達。手に持ってるのはお互いへのプレゼントと傘……
凛はどこか苦しそうに、辛そうに俺にそれを差し出す……俺はそれを受け取ると、プレゼントと傘を渡した。
「悪いな、ティファニーじゃなくて」
「てぃ、ティファニー? なんの事?」
「……なんでもないよ、開けて良いか?」
「う、うん!! 私もみるっ!!」
俺は手渡された紙袋の中にあった包みを取り出すと、それを丁寧に開けていく。
「あ……ネックレス……うそっ……嬉しい……」
先に開け終わった凛が、喜びに満ち溢れた声を上げる。俺は最後の包装紙を開く、そして軽く指に引っかけていたリボンが知らぬ間に滑り落ち、音も立てずに地面に紋様を描くーー
「これは……」
雪が降ってきた……
「先輩? それ好きなんだよね?」
「…………」
今度こそ俺を運命という絶望が俺を包み込む。今の俺はこんな物使わない。凛に好きだなんて一度も言っていない。
俺は自分が渡された香水のパッケージに落ちる雪が自分の未来への想いの過ちに気付かせる。
(ダメだ……)
「み、三島? お前前にーー」
(ああ……わかった、分かったしまった。理解した、理解させられたよっ!)
「せ、先輩??」
「三嶋??」
(また、きっと巡り会うだろうさ!)
俺の頬を、希望と絶望をまるで分けたような、同じ目だけど左右で同じじゃない歪んだ瞳から、雫が滑り落ちる……
俺は二人に背を向けると、自宅に向かおうと雪の降り出した中、一人歩き出す。
「待ってよっ! 先輩っ!!」
(俺にとってもう凛の事がどうのとか、二人のこれからなんてどうでも良い……自分のこれからの事を一人で考えたい……)
「三嶋っ!! お前が前にソレーー」
何度も呼び止めようと掛けてくる言葉は最早うざったいだけだ……俺にはもう彼等の声はノイズでしかなかった。
凛が俺に渡したプレゼント。それは寸分違わず……
かつて一度貰ったものだった。
俺は引き留めようとする二人に振り返る事無く、橋の上に辿り着く。
「このままここから飛び降りたって……死ねねぇか……」
低すぎる高低差……飛び降りたって運悪くても捻挫程度。
「無理なんだ……俺には絶望しかないんだ……だけどそれならまた出会える……だけど出会って最後に、俺は、俺は……」
「先輩っ!!」
「み、三嶋っ!!」
誰の声も聞こえない、暗い暗い闇の中で、壊れた心がただ悲鳴をあげている……少しだけでも修復されたと思った心は、再び粉々に崩れ去っていく……
(俺はもう一度、不幸になる為だけにここに来たんだ……苦しんで死ぬ為だけにもう一度この世界に来たんだっ!!)
さっきまで、また繰り返されるであろう出会いに想いを寄せていた自分。そんな自分はなんてバカだったんだろうか。彼女達と再び巡り会うのなら、その結末はもう分かっていると言うのに……
『そんな訳ないでしょ!!』
「違うっ!! そうなんだ!! 俺は変えれないんだっ! 変わらないんだよ運命なんてっ!! 俺は死ぬんだっ!! 何も変える事なんて出来ないでっ!! たった一人で……俺は……俺は……死ぬべきなんだ!! 俺は一人で苦しんで死ねばーー」
「そんな訳ないでしょ!!!!」
「!?」
強い衝撃が俺を襲ったーー
その衝撃は正面から始まり、尻、背中と順に、俺を襲った。そして首筋に回された腕、頬とから感じる熱い熱が、俺を現実へと引き戻すーー
「そんな……そんな訳ないじゃない……」
俺はそんなまるで泣いているかの様な震える声と、目の前に広がる晴れ渡った空に浮かぶ満点の星空に心を奪われる……
「雪……は?」
雪は何故か、もう降っていなかった。
「先輩っ!! 私ーー」
「黙りなさいっ!!」
「あ……」
「お前にはもう資格は無いの……お前の番は終わり。これ以上コイツを苦しめないでっ!! お前は充分救われたじゃない!! 幸せな気持ちをいっぱい貰えたじゃない!!」
「あ……」
俺にはこの子が、何をもってそんな事を言っているのかまったく理解出来ない。だけど二人にとってはそれが決められてた約束事だったかのようで、凛はなにも言い返せず口を閉ざした。
「幸人、これで良いの……ダメよ? 同情なんかしちゃ。貴方だけが苦しむ未来なんて、そんなの絶対おかしいの。貴方が死ぬべきだなんて誰が決めたのよ? 貴方は今、辛くて悲しくてそんな風に思ったのかもしれない。だけどそうじゃないわ……バカね……私がそんなの許すと思う? そんな訳ないじゃない……」
俺に飛びつき、いま俺に覆い被さっている幼馴染の、その言葉の節々に込められた台詞。それは俺にさっき届いた言葉と同じでーー
「私がついててあげるから! だからーー」
陽子は、俺の体にに抱きついていた体を起き上がらせると、両手で俺の頬を挟むーー
「行くのよ!」
『行くのよ!』
二つの声が重なるーー
俺が聞きたくて、縋りたくて、求めた声。その声と目の前の彼女が、先へ進めと、そう訴えている。
彼女は俺の手を引き起き上がらせると、自分の持っていた鞄から茶色い何かを引っ張りだす。
「さぁ帰るわよ、そして変えるわよ!!」
彼女はそれを俺の首に巻きつけると、俺の腕を掴んで引っ張り起こすと、迷いなく歩きだす。
俺は自分の目から涙が零れ落ちてる事にも気付かない。
ただ彼女に腕を引かれるがまま、俺は晴れ渡る星が煌めく空の下、家路についた。
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